点と滅。消と滅。

 車が静かに停止した。薄暗い公園が街灯に照らされ、誰もいないのに、子供を呼んでいるような気配がする。ここが、今回の目的地。接触する予定の《老鼠》が現れる場所だと、書かれていた。

 まだ、誰の気配もないけど、出る準備をしないと……。未だ、私は先の出来事で不安になり、拳銃を硬く握りしめていた。緊張で汗ばんだグリップの力を緩ませる。どうしようか悩み、デニムと腰回りの隙間に挟むことにした。その間、窓を開けた時に迷い込んだ空気が、肌を撫でた。

 隣の席に置いておいたスマホをクラッチに突っ込み、見ないようにしていたウィッグを、念のため被る。前髪を整えるためにバックミラーを覗き込むと、無数に指紋が付着しているが見えた。汚い。少し見にくいけど鏡で、自分の姿を確認する。メイクの取れかけている瞼に、色彩を付け足し、アイライナーでほくろを目元に描く。一番印象に残りやすい箇所だから、念入りに。迷った末、リップも塗り直し、完成。


 扉をスライドさせ、「拜拜bàibai」プラムの濃くなった唇を震わせる。

 つまらなそうにしている金色の豹を地面に付着させ、運転手にお別れをする。少し伸びをすると、背後から——気をつけてください——との声が届いた。

 しつこい人は、嫌い。ひらりと手を揺らし、真っ赤なスニーカーをひと蹴りし、外へ出る。一人で帰るからと、言葉を付け加え、スーツケースは車内に置いたまま、キムさんの匂いに包まれた服装のシワを伸ばした。

 ——仕事だ。

 むさ苦しさが立ち込められていた車内から出れた喜びと、不意の欠伸を噛みしめると、ひんやりした風が吹いた。その反対の温度をした生暖かい吐息が、口を塞ぐ両手にまとわりつく。眠い。目尻に溜まった涙を拭き、忘れ物がないか、クラッチの中身を確認する。


 持ち物は、充電がなくなりそうなスマホ、お気に入りの財布、散乱しているメイク道具、ケースに入ったマガジンと、キムさんのネクタイピンのみ。

 マガジンは家に戻ったときに弾丸ブレットを入れる練習ができるようにと、マガジンは持ち帰って良いと言ってくれた。拳銃本体も強請っていた私に「小猫ちゃんはすぐ怒るから、マガジンだけ」と笑いながら、頭を撫でてくれた。随分と、昔のこと。

 武器はもう一つ。左脚の裾に隠してある、フォールディングナイフ。初めて使い方を覚えた道具で、刃も全てマットブラック。ピンと同じ龍の紋章が、ハンドル部分に描かれていてダサいけど、愛着が湧いちゃっている。全くもって、不快。

 よく考えてみると、私の持っている武器はポリマー製のものが多い。自分の意思で選んだスマホケースだって、真っ黒で拳銃と同じ素材をしている。これも、昔からの愛着心かもしれない。いや、ただ便利なだけかも……。


 忘れ物がないことを確認し終わり、ざざっ、音を放つ。その間も龍と睨み合い、真後ろではワゴン車が走り去っていた。こいつも、不快な存在。お守り代わりにキムさんは私に持たせるのだけど、何ひとつ幸運なことなんて起こらない。嫌なこと、ばかり。

 周囲に人がいないことを確認する。遠くで小型犬を散歩する老人と、カップルが手を繋ぎながら歩いているほか、見当たらない。スーツケースを残したワゴン車も、消えていた。ただ、エンジン音が近づいてくるのが聞こえてくる。車で見るなと言われた時の音と、同じ。妙な恐怖が襲ってくる。靴紐を結び直しながら、ナイフを取り出す。コートの袖部分に隠し持ち、立ち上がると、先の音がすぐ近くで止まった。

 ——大きいタイヤ。

 女性の声。

「動かないで、袖に入れたナイフを出しなさい」

 冷静な指示。誰も周りにいなかったのに……。

「何のこと……でしょうか?」

「惚けないでちょうだい」

 エンジンの停止音。

「……わかった」

 取り出すふりをしながら、ロックを解く。ブレードが見えないように、地面に置く動作を行う。そして、瞬時に視界が揺らいだ。衝撃、あたまに。揺れる、ぐらり。黒いものが横切り、もう一度。打撃。持っていたナイフを声のした場所へ投げる。

 ——シュッ。

 風を切る。音が消える。視界が、暗くなりかける。かすかに見えるものは、降ろされたデニム生地、淡いオレンジ色の光、飛び散る赤。そして、近づいてくるアスファルト。いや、自分が、近づいているのだと気付き、意識が、消滅した。

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