第1話 脳裏に浮かぶ記憶

冬の空に気高く伸びる枝。枯れ果てた枝はまだ明けきらない空にぼんやりと影を映していた。吐き出した白い息は空に溶けて儚く消える。耳をすますと手水舎から清めの水を貯める手水鉢に、水が流れる音が静寂に包まれた神社に微かに響いた。早朝の凍てつくような冷気は、ひしひしと身に伝わり、纏わり付く。巫女服を纏い、腰まである黒髪を横に緩くリボンで結わいている私、蘇宮 美優奈(そみや みゆな)は蘇宮家先祖代々から伝わる巫女の血が流れているので、こうして早朝から神社の掃除をするのが日課となっている。


「今日はここまでかな」


掃除用具をもとにあった位置に戻し、暫時神社を眺めた。ここ最近、神社で清掃をしていると不思議な力がより一層自分に宿っているように感じることがある。脳裏に浮かんでは消えていく誰かの残像。一瞬だが、巫女服を纏った20歳くらいの女性が脳に映った。時よりその女性は、どこか諦念を滲ませた寂しそうな表情を浮かべて目を伏せる。まるで、何かの未練があるように。


––––誰なんだろう。


巫女として、未練がある者を放ってはおけない。せめて姿が視えれば話を聞くことが可能だと思ったが、不思議な体験をすることは幼い頃からあったものの、18年間生きてきた中で一度も記憶に出てきた人の''姿''を見たことが無い。


「おばあちゃんはあったって言ってたけど私はまだ無いな」


お母さんはどうなんだろう。


ふと、疑問がよぎった。祖母も巫女ならその血を受け継いでいる自分の母親も同じ体験をしたことがあるのだろうか。無性に知りたくなり、私は祖母から貰った紐リボンを解き握り締めた。帰宅してから母に聞こうと決めて、紅く塗られた鳥居を潜ろうとしたその刹那。脳内で雫のようなものが弾けて周りの音が聞こえなくなった。深海の底に沈んだような錯覚。祈るようにそっと両手を組んで徐に目を閉じる。五感を研ぎ澄ませると水が滴る音と共にライトアップされた神社が瞼の裏に広がった。鳥居の側に咲いている枝垂れ桜が闇を微かに彩っていて、灯篭は参拝道に沿って建ち並び、辺りを柔らかく照らしている。誰かの目線で移り変わってゆくその映像には全て見覚えがあった。


これは今私が居る神社?


間違いなかった。若干現在とは神社の所々が違う気もしたが、手水舎の場所と神社の雰囲気が一致していることから私は確信した。


–––––きっとこれは昔の神社で、誰かの''記憶''だ。


恐らく、最近頻繁に出てくる女性が過去に見た景色そのものが、私の脳裏に映像となって映っているのだろう。幼い頃に聞いた祖母の言葉を脳内で反芻する。当時の私は祖母の言葉の意味がいまいち理解出来なかったが今なら何となくわかった。


音のない風が私の髪を靡かせる。さらりと揺れる微かな髪の音だけが時を刻む。柔らかな空気に包まれながら違う世界にゆっくりと落ちてゆく感覚だが、決して嫌ではない。寧ろ、心地よく感じる。


––知りたい。これは誰の記憶?


脳に映る景色は広い本堂から石段に変わった。奥に続く長い石段の傍に立ち、光を灯してる灯篭。階段は暖かな光に照らされていて明るいはずなのに何処か儚く、哀愁を帯びている。刻がゆっくりと流れ、可憐に咲き乱れている桜が言い知れない切なさと虚しさを余計に漂わせていて、映る風景が私に何かを伝えているように感じた。ふと風が吹き、その風に溶け込むように映像がふっと途切れた。目の前に広がるのは先ほどの景色とは違う冬の早朝の神社だ。暫く神社に立ち止まっていたはずなのに組んだ手は暖かく、熱を帯びていた。


「…私はまた不思議な体験を…」


うまく思考が回らない。まだ意識がぼんやりとしている。あまりに幻想的な景色だったから夢現つの状態なのだろう。これから学校だと言うのに授業に集中出来なそうだ。

やしろを一瞥して鳥居を後にする。心なしか私を見送るように背後から柔らかな風が吹いた気がした。

____________________

《作者から》

更新できました!まさかこんな早く更新出来るとは思いませんでした。自分でも驚いています。でも、プロローグだけだと物語があまりわからないと思ったので…更新できてよかったです。フォローや応援ありがとうございます(*^^*)

あ、更新なのですが毎週土曜日に更新したいと思います。土曜日なら学校もないので…笑

次の更新は来週の土曜日になると思いますm(_ _)m

(次の話は書き終わっています!)

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