第42話
「じゃあ、約束の手筈で。来なかったら恨むからね」
『うむ。じゃが、お前さんが掴まってたら無論無視するぞ。我とて竜麟を穿ち焦がす相手には勝てんからの』
「うん。まっ、あくまで私が狙われる可能性が高いだけで竜さんが真っ先に狙われる可能性もあるけどね。その時は約束破ってもいいから逃げ切ってね」
『ぶっちゃけそうなったら逃げ切れる気がしないがのう』
ははは。と笑い合う一人と一頭。
空の旅を終え、地面に降り立ったシルアートは緑竜に向かって手を上げた。
『なんじゃ?』
「ハイタッチ。知らない?人はよく別れるときにする仕草なんだけど、手同士をパチンッてやるんだ。また会おう的な意味があるんだよ」
『ふむ、そうか』
緑竜はその巨大な手をあげ、叩こうとして一瞬躊躇。指の先で少女の手を壊れ物をつつくように触れた。
その行動にシルアートは苦笑する。
「やっぱ、優しいね竜さんは。もしかして他の竜達も優しかったのかな」
緑竜は赤竜達も言葉を話せたと言った。
魔物だからと言って初めから倒すつもりで会わなければ……対話を試みていれば……。
共存は可能だったかもしれない。
『同族には優しかったが、奴等は人を恨んでいたからの。分かり合うのは無理があろうて』
「そっか」
『じゃあ、我はそろそろ行くぞ』
緑竜はそう言うと、バサッと翼をはためかせた。
「うん。ありがと」
『達者でな』
「そっちこそ」
緑竜はもう一度大きく翼をはためかせると、そのまま身体の体勢を変え、トップスピードでどこかに飛び立っていった。
みるみるうちにその姿は小さくなっていき、数秒で完全に見えなくなった。
見えなくなってからも少しの間緑竜が飛んで行った方向を見つめていたシルアートは、やがて両頬をパンと叩くと、回りを見渡した。
緑竜が運んでくれたここは町のすぐ近く。
どこの国の町かは分からないが、とにかく大きな町だ。
これだけ大きければさぞ人が多いことだろう。
シルアートの作戦はこうだった。
―――人混みに紛れて期日ギリギリまで逃げる。
マーキングがされている以上、隠れるのには最適な場所である森は使えない。
と言うのも、森のような急斜の激しい場所は、隠れる選択肢がない今、女子であるシルアートにとって不利な場所なだけだった。
体力の面からしても男であるレグルスから逃げ切れるとは思えない。
だから偶然見つけたこの町を降りる場所に選んだのだ。
人は最大の障害物に為りうる。それが他国の者なら尚更。そして、レグルスは国の王子だ。一国の王子である彼は他の国の国民を傷つけるような真似はできない。つまり、強引に人混みを突破することはできないということ。
―――一週間逃げ切れる勝算はある。
シルアートは思索を止めると、そのまま真っ直ぐに町へ向かう。
町にはかなり大きな門があり、検問が行われていた。
遠くからやり取りしている人たちを見てみると、どうやら通行証が必要なことがわかった。
勿論、シルアートはそんなものを持っていない。
「仕方ない……よね」
自分を納得させるような呟くと、シルアートは地面に手を置いた。
瞬間、置いた手から氷が吹き出し、その反動でシルアートの体は吹き飛び宙を舞う。
「あー……結構飛んだ」
ようやく勢いが止まったときには、雲が横にあるくらいまで飛んでいて、眼下に見える町はかなり小さくなっていた。
重力に従い、ガクンと頭から地上へとまっ逆さまに置いていく。
「よっ……と。おお、出来た出来た!」
地面から百メートル……と言ったところでシルアートの落下は止まった。
シルアートが手から交互に氷を打ち出し、その反動をコントロールすることで待機することに成功したのだ。
「一発本番だったけど、成功してよかった」
町に入るためシルアートが選んだ手段は空を飛ぶこと。
だが、翼が生えていないシルアートには緑竜のような真似はできない。
だから、と。独自に考えた方法が反動による飛行だった。
飛ぶのに、そして維持するのに大量の魔力を費やすので長時間飛行は出来そうにないが、誰にもばれず町へ侵入くらいだったら容易く出来そうだ。
ふと、門へ視線を落とす。
門兵達は突如現れた巨大な氷柱に驚愕していたが、どうやら自分の姿を見られたわけではなさそう。
ふぅ、と安堵の息を吐くと、そのままシルアートは町へと入っていった。
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