第40話

「おお。竜に乗って……」

「ドラゴンすら従えるとか……。流石は『氷姫ヴァイドル』だな」

「竜を従える人間とか……八百年前に二代目『勇者ブレイバー』が赤竜を従えたって話は聞いたことあるけど……あれってお伽噺の類じゃなかったのか」



 最強と謳われる【シュダルタル】の王族『雷皇ルヴェーリウス』が婚約者の悪の貴族によって洗脳された娘『氷姫ヴァイトル』を救い出すことに成功するが、乱入してきた『独裁者ディクティター』によって拐われ行方不明になってしまった。


 婚約者と聞いて頬を上気させながら馴れ初めを聞いてきた受付嬢に金髪の少年―――レグルスが渋々と答えたそんな物語のような話。

 聞けば今すぐ『氷姫ヴァイトル』―――シルアートの後を追いかけるというレグルスに……付いていかない者はギルドにはいなかった。

 誰もがその物語の結末[]に興味を持ったのだ。

 野次馬根性丸出しである。


 そんな野次馬達は三つの派閥に別れた。


 一つ目はレグルスの愛にシルアートが答え、恋愛小説のような幸せな結末ハッピーエンドを期待する『純愛派』。これは主に結婚して身持ちがある四十代過ぎのシルアートを娘のように見ていた人が多かった。


 二つ目はレグルスが振られることを望む『決別派』。こちらは若い男ばかりで構成されており、あわよくばとシルアートを性的な目で狙っていた者達だ。シルアートを是非自分の嫁に……と考えてるらしく、レグルスが婚約者だと発覚した瞬間から振られろ振られろと怨念隠った目を向けてきている連中でもある。王族であるレグルスにそのような目を向けるのは不敬罪だが、レグルスはそれを咎めようとはしなかった。それを見て『純愛派』は「大した器だ」「流石はシルアートちゃんの夫」と褒め称えていた。


 そして最後。レグルスという才色兼備な高嶺の華を射止めているにも関わらず若い男性から注目を集めるシルアートを面白くないと思っている女性だけで構成された『さっさとくっついて帰れ派』である。くっついてほしいという概念では『純愛派』と似ているのだが、『二人の幸せのために』と『自分のために』応援するのは大分違う。何より、冒険業の所為で婚期を逃した人が多かったため、その迫力は多派閥と比べ物にならないほど凄かった。張り合えるとしたら、普段は表情を変えることのないレグルスの横に立っている桃髪の少女―――エティカがあからさまに嫌そうな顔をして目を合わせないようにしていた『決別派』の一部過激者達だけだった。


 閑話休題それはさておき


 『純愛派』『さっさとくっついて帰れ派』は、ともかく逃げられてほしいと考えていた『決別派』までもが本当に逃げられたレグルスに同情の目を向けていた。気まずさから誰も何も発さない。


『おい、誰か何か言ってやれよ』

『ここで慰めたらそれこそ不敬罪になりそうだろ。年頃の男の子なんだ。ソッとしてやれ』

『お前、めっちゃ不敬だぞそれ。聞こえてたら死ぬぞマジで。さっき『雷皇』が緑竜に撃った魔法見ただろ?撃たれたら跡形も残らねーよ』

『……今の『雷皇』は一触即発の地雷。誰も声かけんなよ!?』


 バラバラだった三派閥が無言で意識を通わしあい、手を取り合う。これで誰も声をかけずこの話は終了。『雷皇』が帰るまで沈黙を貫いて終わりなだけの簡単なものになるはずだった。

 だが、この場にはそんな意図が通じない者が一人いた。


「……レグルス……シルアート、逃げちゃったよ」


 派閥間で結ばれた不可侵条約―――否、不会話条約を破ったのはレグルスの付き人のエティカだった。


『えっ……』

『ちょっ!?』

『ごめん母さん。僕はここまでのようだ……』

『おい何悟ってんだよ!?諦めんなや!』


 野次馬達が予想していたのはレグルスの大激怒。いくら大人ぶっていても所詮は思春期の子供。心の成長はまだできていないくらいの年であるレグルスが振られて荒ぶった感情を抑えられるとは誰もが思っていなかった。

 だから皆驚いた。


 レグルスが大笑いした。


「ふふふ。ふははははは。ここで逃げるとはな。しかも緑竜に乗ってか……面白い。やはりお前は最高の女だ、シルアート」


 魔力の制御が出来ていないのかバチバチと電撃を走らせながら笑い出すレグルスに「壊れた!!!」と皆が思い、巻き込まれないよう静かに反転。脱兎のごとく駆け出そうとして。


「「「なっ―――」」」


 いつの間にか迫っていた大量の魔物とそれを率いるようにして立っていた炎獅子に驚き足を止める。

 結界の張ってないフィールドで大人数且つ長時間同じところにいたことが仇となったのだろう。

 普通の者なら絶体絶命。だが彼らは普通の者にあらず。冒険者だ。

 現に魔物に恐れを抱くものはほとんどいなかった。囲んでいる魔物はほとんどが雑魚。一対十でも倒せるレベルだったからだ。……中央に立っている炎獅子以外は。


 炎獅子は竜に続くとされている獅子の姿を持つ最強クラスの魔物だ。

 シルアートが竜を同時に四体相手にしたことから、その程度かと思うかもしれないがそれは大きな間違い。竜は一騎当千―――いや一騎当国とまで呼ばれる超生物兵器。サシで勝てるどころか複数対一で勝てるシルアートがおかしいだけなのだ。

 そして竜に続く力を持つ炎獅子に勝てる者はいなかった。


 当たり前だ。そんな者がいたらすでに王都に行っている。こんな偏狭な地に残っていたシルアートがおかしいだけなのだ。そうシルアートがおかしい。彼女が関わる事案はそれで全て説明が付く。

 なんて考えてしまうのは心が絶望に圧し殺されないための生物としての機能だろう。仕方がないことだった。


「何で絶望しているんだ……お前達は冒険者だろうに」


 その言葉を聞いて誰もがハッと顔を上げた。

 炎獅子に勝てる者はいない。―――ギルドには。

 だが、ここにいる少年はどうだ。

 『雷皇』は過去に赤竜を単独で倒したことで名を上げた英雄だ。赤竜を倒したことのある彼ならきっと……。


「うお……少し数が多すぎるな。エティカ、でっかいのを頼めるか?」

「……うん」


 エティカが炎獅子に突っ込む。

 てっきり炎獅子はレグルスが倒すと思い込んでいた者達は、一斉に悲鳴を上げる。

 彼らには華奢でか弱そうなエティカが炎獅子に勝てるビジョンが見えなかった。

 だが、それはあくまで彼らの主観であり、レグルスと当の本人であるエティカには逆に負ける要素が見当たらなかった。


「……遅い」


 炎獅子の大振りの爪をステップで避けると一閃。銀の輝きが炎獅子を頭から真っ二つへと切り裂いた。

 同時に宙を踊る頭ほどの黒い雷球が囲っていた一匹に辺り、その電撃は止まることを知らずバチバチと近くにいた魔物に感電し―――。

 ほどなくして魔物は全滅した。


「……ん」

「よし、終わったな……ってどうしたんだお前ら。さっきから本当に……」


 あんぐりと口を開く冒険者たちに、心底驚いた表情を作るレグルスは、一拍してからぱちんと指を鳴らし頭を垂れた。


「悪い。横取りしてしまったな」

「「「ちゃうわアホ!」」」


 全員の突っ込みが響いた。

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