第38話

 セオライン大陸には四つの王国がある。


 『炎の一族イグナイト』『雷皇ルヴェーリウス』『嵐の一族サイクロン』など国外でもその名を轟かせる英雄を数多く所有する【東の国 シュダルタル】


 シュダルタルには及ばぬものの『神速シュナイッツア』『勇者ブレイバー』がいる【西の国 ザブラッヘア】


 『海の一族マーメイディス』『希代の発明家アクタヌアルマ』『代行者ミカエル』の【北の国 セアナーム】


 そして、そんな三強国に囲まれながらひっそりと建つ英雄のいない国【南の国 リューナイツ】


 


 東、西、北が尋常じゃない勢力なため『竜の争いに立ち入った子犬』と蔑まれることがよくあるリューナイツだったが、二年前からことあるごとに名を上げていた。


 シュダルタルの精鋭でも攻略できなかった巨大なダンジョン『アスガルムの荒城』の完全攻略から始まり、『赤竜討伐』『水龍アガナシア討伐』『鳳凰捕獲』などなど。



「―――独創魔法騎士団が力を貸しているのでは?」



 一月に一つのペースで巨大な成果を上げるリューナイツは今やそんな噂をされるようになっていた。



 国に入られなくなった個人魔法使いだけで構成された悪の象徴―――独創魔法騎士団。

 入団した者の殆どが元英雄、または英雄候補と称されていた者ばかり。

 人数は百名に満たないと少数派で少ないが、一国とも争える戦力を持っている。


 尤も、独創魔法騎士団が力を貸していると本気で怪訝しているのは階級の低い謂わば兵士たちだけであり、彼らの目的を知っている上層部の者はあり得ないと考えていたが。


 だが、それでもリューナイツが急激に力を増してきたのは事実である。


 それゆえに三国はリューナイツの行動を注目していた。






 そんなリューナイツの外れにある街、シャアラの中央区に建てられた巨大な建設物、通称冒険者ギルドは今日も賑わっていた。



「おねーさん。これ受けるわ~」

「……はい!確かに依頼受注できました。では気をつけて」

「ところでおねーさん美人だね、今日夜ひま?よかったら食事でもどうかぐへほぉっ!?」


 カウンターに腰を掛け受付嬢にナンパを始めようとした男が吹き飛ぶ。


「て……めえ!?なにしやがる!?」


 設立されてる机を薙ぎ倒しつつ派手な音ともに倒れた男は、切ったのか唇から血を流したまま拭うこともせずカウンターの方へと目を向け、硬直する。


 灰色のフードを被った小さな少女がいた。


 そう相手は少女……だというのに男はみっともなくその身体を震わせる。

 顔面を蒼白にしながら生まれたての小鹿の如く足をガタガタさせる男に、フードの奥から隠しきれない美貌を覗かせた少女は呆れたように息を吐いて言う。

 

「ナンパなら他所でやって?目障り」

「す、すみませんでした!!!許してください!!」


 大の大人が自分より小さく華奢な、それも女の子に本気の謝罪懇願。頭を地面につけて土下座ポーズをとる男。


 しかし、その姿を笑う者はいない。


 皆知っていたからだ。

 ここにいる者は職員も冒険者も含めて全員が知っていた。


 最近のリューナイツの活躍は独創魔法騎士団なんかじゃなく、この少女のおかげなのだと。

 喧騒は消え思い沈黙で包まれる。


 心なしか今は夏場なため暑いはずのギルド内の温度は数段と下がっていて、若干肌寒い温度になっていた。


 男が土下座を初めて一分くらいだろうか。

 静かに鋭利な瞳を向けていた少女はやれやれと首を横に振ると興味が失せたのか視線を男から受付嬢へと移動させた。

 と同時に気温が上昇していくのがわかる。


 どうやら助かったらしい。

 様子からそう判断した男は逃げるようにしてギルドから出ていった。

 男が逃げ出せば、それまで注意を向けていたもの達も、巻き込まれるのは却下と少女から視線をずらし斯々個人で思うことを話始めた。



 視線が散乱したことに少女はばれない程度に安堵の息を漏らすと、向き合った受付嬢に依頼書を渡す。

 自分を助けてくれた自分より幼い少女に見とれていた受付嬢だったが、自分が一体何者なのか思い出したのか小さく咳払い、顔を赤らめて依頼書を見る。受付嬢は絶句した。


「さ、さすがにこれは無理ですよ」


 少女はギルドが任命したSランク冒険者だ。


 だが、そんな少女でもこの依頼には命を落とすだろう。

 それほどまでに難易度が高い依頼だった。


 その内容とは……


「……赤竜、青竜、緑竜、黄竜の同時討伐って馬鹿なんですか?」


 確かに少女は過去にネームド持ちの水龍を討伐している。だが、一対一と複数対一は難易度が違う。

 思えば『アスガルムの荒城』を攻略したとき、『赤竜』『水龍アガナシア』を討伐したとき『鳳凰』を捕獲したとき……少女はどれも一人で挑み、ボロボロになりながら帰ってきた。

 なのにも関わらず、誰かもがパーティーに誘っても断る。


 まるで、死に場所を探しているかのように。


「……貴女……自分の命を捨てる気ですか?」


 そういう冒険者はごく希にいる。

 少女もその類いなのでは……。


「……それよりも早くその依頼を受注してくれる?」

 

 冒険者の業務を妨害する権利は受付嬢にはない。

 渋々といった形で依頼書に判子が押され受注が出来たのを確認すると、少女は身を翻してそのまま入り口に向かって歩いていく。


「……まだ罪は償えてない。まだ死ねない……」


 そんな呟きは誰の耳にも届かず、少女はギルドを出ていった。


 それと同時にギルドにいた冒険者達の話題は少女へと変わる。




「あの嬢ちゃん……相変わらず殺気が強かったな……」


「ゲルドが吹き飛ばされたとき、俺アイツ死んだかと思ったよ」


「【氷姫ヴァイトル】の二つ名は伊達じゃないってことか」


「あれ確実に英雄と同格だよな……なんでこんな辺境のギルドにいるんだ?王都から誘いだって受けてるだろうに」


「そもそもどこから来たんだ?あれだけの強さだ。もっと話題になっててもおかしくないのに」


「ていうかさ、俺のパーティーに入ってくれないかな~。俺あの娘、結構好きなんだけど。マジで嫁にしたいぐらいは」


「でもあの娘ほぼ無表情だぞ。俺あの娘のことを二年前、ここに始めてきたときから知ってるが笑ったこと一度もないんじゃないかな」


「ばっかやろう!それがいいんじゃねぇか。夫の俺にだけ見せる笑顔。くぅう!!萌えるねぇ!」


「おお……そう考えると俺もあの娘が好きになってきたぞ」


「ばっ、やめろ!?ライバルが増えるのは却下だ!」


「うるせぇ!お前のものじゃねぇんだし、誰があの娘を狙おうが自由だ!」



 ワイワイガヤガヤといつもの賑やかさを取り戻すギルド。

 そこの扉が開いた。


 一瞬、【氷姫ヴァイトル】が戻ってきたのかと押し黙る冒険者達だったが、入ってきたのが、金髪の少年と桃色の髪の少女だったことに少し安堵してから、怪訝な顔を作る。

 両者かなり身なりがいい。


 何故ここに?


 そんな疑問が生まれた冒険者達は、野次馬根性からか一斉に口を閉ざし、少年と少女の会話を盗み聞こうと耳を澄ませる。


 少年と少女は急に静かになったギルドに不思議そうに首をかしげるが、そのままカウンターまで歩いていった。


「あの、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ここに【氷姫ヴァイトル】と呼ばれる冒険者が所属していると聞いたのだが、どこにいるか知っているか?」



(((何だ、ただの追っかけか)))


 過去に王都の貴族が【氷姫ヴァイトル】の美貌に惚れ、わざわざここまで来て求婚した事案がある。今回もそれに似た類いなのだろう。

 そう思っていた。



「……失礼ですが、あなたはどちら様で?得体の知れない人に冒険者の情報を与えることはできません」

「ああ!……俺はこういうものだ」


 少年のポケットから出された何かに受付嬢は思わず二度見、すぐに頭を垂らした。


 何を見せたんだ!?


 野次馬根性を発揮して横から覗き込むようにして見た冒険者達もいたが、その冒険者達は一斉に顔を青ざめさせた。


「……あなた様ほどの方がリューナイツ……いやシャアラにどうして……?」

「さっきも言っただろう。俺は【氷姫ヴァイトル】を探しに来たんだ」

「……あなた様と【氷姫ヴァイトル】はどういう関係ですか……?」


 どういう関係。そう言われて言葉がつまる少年。


「……学友、友人、親友、ライバル、戦力……どれも違うな…………一番近い呼び方は」


 少年は爆弾を投下した。


「婚約者だな」

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