第37話

 話は少し前に遡り、シルアートが部屋を飛び出して直後のこと。

 保健室では今にも後を追い飛び出そうとしていたレンフォールドが動こうとしない他の面々を見て顔をしかめていた。


「何で誰も追いかけようとしないんだ?シルアートが心配じゃないのか?」

「心配だからよ」


 リーシャが一拍置いて続ける。


「彼女は、シルアは今とてつもない葛藤に押し潰されそうになっている。……けど、それは私たちにはどうしようもできない。それどころかむしろ逆効果よ。だから、少しでも気持ちの整理をさせてあげるためにも今は一人にしてあげた方が良いの」

「……で、でもよぉ!?シルアートがその間に学校を抜け出していたらどうするんだ!?」


 叫ぶように言うレンフォールドの肩をトントンと叩いたのはリュークだった。


「落ち着け。この学校からは生徒は退学、卒業以外の方法では出れないことはウォンバスター事件の時に改めて強く知ったはずだ」


 ウォンバスターは伯爵なだけあってかなりの権力者だが、彼でさえシルアートを連れ戻そうとする際は退学という正規の手段を用いようとしていた。それは逆に言えば、正規の手段以外にこの学校から生徒が出ていくことができないことを意味していた。


「……でも……でもよぉ……。やっぱオレ追いかけてくる!それでもって、どこにいるか場所だけ突き止めてくる!それならいいだろ!?」


 理論は分かっても納得は出来ない、とレンフォールドが立ち上がるが、


「その必要はないわ。場所ならもう分かってる。ね、エティカ?」

「……うん。ちゃんとリーシャとアリスの言うとおり『はっしんき』を抱きついた時に付けた」

「で、これが『はっしんき』の場所を表示する『レーダー』だよ!」


 自身を持って胸を張るアリスの手には楕円形の機械があり、『はっしんき』の場所―――もといシルアートの場所を示しているのだろうか、ピコンピコンと赤い光が点滅していた。


 それは一体何なんだ!?と目を剥く事情を知らないヴィリック、ユリウス除く男達にアリスは頬を紅潮させながら自慢げに語る。


「これはシルアートちゃんに教えてもらった『げんだいぶき100』の1つ、『たんちき』って言ってね。さっきも言った通り『はっしんき』をこの『レーダー』に表示させることで座標を正確に読み取る迷子探し機なんだよ。まぁ、シルアートちゃんに教えてもらったものだから、私が抱きつくと怪しまれそうだったから『はっしんき』を付けるのはエティカちゃんに頼んだわけだけど!」

「……うん。けどシルアートは抱きついてこない貴女に逆に驚いていた様子だった」

「ま、まぁ結果オーライなら全て良しだよ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


 楽しげに会話する女子達に、リュークが口を挟む。


「何ですか先生?」

「あ、アリス。お前今『げんだいぶき100』って言ったよな。ってことは『たんちき』みたいな革命的な道具がまだあるのか!?」


 そう。何を隠そうこの世界には探知機と呼ばれる物は存在していなかった。それどころか無線なんてものは個人魔法でしか見たことがないような代物だった。

 それを、そんな神がかりな器具があと99。

 リュークが若干悲鳴混じった声で叫ぶのも無理もなかった。




 しかし、一番困ってしまったのはアリスだ。


 ―――え、これ言っていいのかな……。


 思い出していたのは、初めて『ハンドガン』を作ったときの約束。


 非常事態以外では使わない。


 それはシルアートに教えてもらった武器の情報を隠すための約束だった。

 今回、シルアートが逃げ出すかもと聞いて緊急事態だと判断したからこそ『たんちき』を使ったのだが、『たんちき』ならまだしも、他の武器の情報をさらけ出すことは果たして良いことなのだろうか。


 暫し考え、アリスは唇に手を沿えて言う。

 

「秘密です!知りたければシルアートちゃんに聞いてください」

「そうか……分かった。後でアイツに慰謝料ってことでキッチリ教えてもらうとしよう……フフフフ」

「「「う、うわぁ…………あ―――」」」


 ヤバいやつを見る目で先生を見つめていた教え子たちだったが、視界の端に映る『レーダー』の赤い光が一瞬にして消失したことに気付き、唖然と声を漏らした。


「え……うそ…………十キロ先まで探知できるんだよ。これ……」


 皆が固まるなか、ぼそりと呟いたアリスの一言に、ヴィリックとリーシャ、エティカ、ユリウス、リュークの五人は一斉に駆け出した。


「リーシャ!最後に映っていた場所は分かるか!?」

「座標的に闘技場Бよ!」

「……Бってどこだっけ」

「僕がシルアートにコテンパンにやられた場所だね」

「それお前が言っても良いのかユリウスよ……」


 呆れたように眉をひそめるヴィリックにユリウスは苦笑する。


「良いんだよ。あの戦いのおかげで僕は世界を知ることが出来たのだから。あの戦いがなければ、僕は今でもきっと自分が一番だと信じてやまなかっただろうしね」

「そうか。お前が納得してるなら別にいい」

「格好つけてるとこ悪いけど、着いたわよ!」


 先頭を走っていたリーシャが足を止め、閉まっていた巨大な扉を手で押した。


「確かに、鍵は開いてるわね」

「そこをどけ!」


 僅かながらもギギと音を立て動く扉にリーシャが頷くと、リュークが叫ぶ。

 慌てて一歩下がると同時に暴風が吹き荒れ、扉は勢いよく開いた。


「シルア!」

「シルアート!」

「シルア!」

「シルアート!」

「シルアート」


 すぐに闘技場Бの中に入り込んだリーシャ達は、皮膚に突き刺さるような冷気を物ともせず叫ぶが反応はない。


 辺りは暗く、先まで見えない。


 そのため、隅っこに膝を抱えているのでは、と微かに希望を抱いたリーシャ達は、そのまま歩を進めようとして―――


「待て!これは―――」


 リュークが何かに気づいたように足を止め……そして苦虫を噛み潰したような表情で呻いた。


「この魔力は間違いない……【ワープゲート】……それに【独裁者ディクティター】」


 独り言のように紡がれる二つ名に、全員は息を飲む。

 【ワープゲート】こそ知らないものの、【独裁者ディクティター】の名には嫌なほど聞き覚えがあった。


 顔を青ざめる教え子たちを傍目に、リュークは呟いた。呟かずにはいられなかった。


「ついに動いたか独創魔法団。……くそったれが」


 独創魔法団。全くの聞き覚えない単語に、ヴィリックが恐る恐る訊ねる。


「リューク先生……」


 それは一体何ですか、そう言おうとしたところで、リュークが遮った。


「悪いが、お前ら……」


 そして。その言葉に全員は口の空いた石像と化す。


「シルアートは諦めろ」

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