第34話

 ―――体がダルい。


 何かが無くなったような喪失感。

 そんな強烈な違和感に……私は目を開けた。



「……うっ。……ここは?」


 目を開け横たわっている自分の体を起こす。

 並列するベッド、そして微かな医療品の匂いから保健室なのだと察した。


「……私は何でここに…………」


 ズキン。頭が痛む。

 まるで、思い出すなと言っているのかと思うくらいに、何があったか思い出そうとするほど激痛が走った。


「く……」


 状況がわからない。だが思い出そうにも、激痛が。

 もどかしいような気持ちになりつつ、どうにかして状況を把握できないか思案していると、部屋の扉が開いて人影が入ってきた。


「し、シルア!!気づいたのね!」


 手に持っていたお盆が落ちたのも気にしないで、そのまま私の胸にダイブしてきたのはリーシャだ。スリスリと匂いを擦り付ける犬のように頭を動かしていたリーシャは、次第に自分が何をしているのか気づいたのたか、顔を赤くして距離をとった。


「……ったく三日間も目を覚まさなかったから心配したわよ」


 ぶっきらぼうに、クールっぽく言うがさっきの姿を見てしまった以上全くクールっぽさはない。


「って三日!?」


 ええ。私は一体何してたんだ!?

 流石に驚いた。


「記憶が戻るのに時間がかかっちゃったのよ。無理もないわよ」


 しれっと今非常に重要なことを言われた気がする。えっと、何だって?記憶が戻る?……記憶が失われていたのか?

 記憶を遡ろうにも、痛みがそれを妨げてくる。何かイライラしてきた。


「ねぇ、リーシャ。一体私に何があったの?」

「……そうね。それを言わないとね。じゃ、ちょっと皆を呼んでくるわね」


 そう言ってリーシャは保健室を出ていった。その足取りは、微妙。軽くも見えるし重くも見える、そんな感じだ。軽く見えるのは、私が目覚めたからだとしたら、重く見えるのは一体何なのだろうか。もしかして記憶を失ったことと深い関わりがあるのだろうか。


 ……まぁ、今考えても仕方ない。どうせ思い出そうにも思い出せないんだ。なら、大人しく皆を待つのが賢い選択だろう。


 そう考え、上半身をベッドに沈めようとした時だった。隣のベッドにいた人―――全身包帯ぐるぐる巻きの人と目が合った。


「……ひぃい。ミイラ男!!」


 思わず、氷柱を打ち出そうと魔力を込めると、


「誰がミイラ男だ!?俺だ!リュークだ!!洒落にならんから氷柱はやめてくれ!」


 なんと驚き。隣の怪物は先生でした。


「って、何でそんな怪我してるんですか?」


 階段から落ちたとか?首をかしげると、リュークは気まずそうな顔をして、


「それより、お前記憶の方は大丈夫なのか?皆のことをちゃんと思い出せるか?」


 あからさまに変えてきた話題に、違和感を感じつつも、何か深いわけがあるのだろうと乗っかる。


「はい。多分大丈夫かと……」


 クラスメイトの名前は全員言えるし、関わりのあった先生の名前も覚えてる。宿屋のルーベや、馭者のベイル。その辺もしっかり覚えている。


「そうか?……いや、やっぱ変だな」


 しかし、リュークは首を横に振り否定した。


「えっ、どこがですか!?」

「いや、何か……お前、女っぽくなってる。前はどこか男っぽかったのに」

「え……」


 その言葉に私は唖然とした。


 何を言ってるんだコイツ、と。

 私は元々女だろうが……


 そう叫ぼうとして、あれ?となった。


 私は元々女だった?いや、この体になる前は……あれ?私の性別って何だっけ。

 そもそも私って第一人称私だっけ?


 ……これも記憶が失われたことに関係するのだろうか。ならば一刻も早く情報を教えてもらわないと。


「……お前が気にすることはないからな。気を病むなよ」


 えっ、記憶が失われたのって私が何かしたからなの!?

 リュークの気遣いが、私の不安を更に煽った。

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