第33話

「……」

「……」


 暫し沈黙の後、先に口を開いたのはジジイだった。


「すまなかったのう」


 頭を垂らし謝罪する姿に俺は動揺する。

 そりゃそうだ。目の前に立っているのはただのジジイではなく神。俺みたいな一般人に頭を下げるなんてして良いはずがない。

 ましてや、これは俺の問題だ。尚更謝罪なんておかしい。


 そんな俺の内心を察してか、ジジイは徐に口を開いた。


「今回の件は全て儂の責任じゃ。まさか主が転生する前に【命令】をかけられているとは思わなんだ」

「アレは仕方ないだろ」


 ウォンバスターの常識外れな思考なんて読める方がおかしい。


 ツゥーと深く噛み締めた唇から血を流すジジイに慌ててフォローを入れるが、ジジイは顔を横に振った。


「気休めはいい。……それより、お主はこれからどうするのじゃ?」

「これから?」


 これからどうする?とはどういうことなのだろうか。

 一度しか転生は出来ない。そう前回ジジイは言っていたはずなのだが。


「……ちょっと質問の意味が分からないな。転生は一回しか出来ないんだろ?だったらもう消えるしか選択肢はないんじゃないのか?」


 言うと、ジジイは驚いた顔をして、すぐに納得したような表情を作った。


「そうか。お主は知らなかったのだな」

「ん?何を?」

「お主は死んでおらんよ」

「え」


 自分のとは思えないほど凄い間抜けな声が出た。恐らく顔も声に比例して間抜けな表情になっているだろうと察する。

 だが、それでも俺は驚きを隠しきれなかった。


「死んでない?じゃあ俺は何でここに……」

「ふむ。それも説明が必要か。……簡単に言うと、主の精神が一時的に消滅したので儂が召集したんじゃよ」


 精神が……消滅?

 そうか。ウォンバスターの謎の攻撃は俺の精神に直接ダメージを与えていたのか。


「って一時的?」


 途切れる前の最後の記憶。ウォンバスターの言動からしても一時的と言うよりは永続的みたいな感じだったのだが……。


 疑問を口に出すよりも早く、ジジイは告げる。


「今、お主の友人達が主を救い出すため頑張っているからのぅ。見た感じ優勢だったから主の精神が戻るのも時間の問題じゃ」

「……そっか」


 友人。その単語に、俺は目頭が熱くなるのを感じた。

 人には当たり前にいて、だけども俺にはいなかった特別な存在。

 憧憬すら抱いていたそんな存在が俺にもいた。


 視線を落とし目一杯に溜まった涙を、乱暴に腕で擦る。


「……その様子じゃ主の進路は決まっているようじゃのう」

「……進路?そういえばさっき、これからどうする、とか聞いてたけどそれと何か関係があるのか?」


 微笑ましい物を見る目で穏やかに笑うジジイに、やや強引に涙を拭き取った俺は訊ねた。

 途端、ジジイの顔が真剣なものへと変わる。


「正直に言おう。主はまだ【命令】がかかった状態じゃ」

「俺の友人達がウォンバスターから解いてもらおうとしてるんじゃなかったのか?」


 【命令】を解かないと精神は戻らないのでは?そう考えた俺は口に出すが、ジジイは首肯も否定もせず、一言。


「主にはウォンバスターからのものとは違う、『独裁者』の【命令】もかかっておる」

「『独裁者』?」


 聞き覚えのない言葉だ。俺の……認めたくないし自分で言うのも恥ずかしいが、『氷の美少女』的な二つ名だろうか。


 ……だが、まぁ大体ジジイの言いたいことはわかった。


「【命令】の危険性があるから、ここで消えるか?ってことか」


 【命令】は絶対且つかなりの苦痛だ。あれを受けるならば死んだ方がマシだと考える者もいると思えるぐらいに。

 これからどうするとはこの事だったのだろう。


 ここで消えるか、戻るか。


 まさに究極の決断を突き付けられた俺に、ジジイは追い討ちをかけた。


「問題はもう一つある。魂を強引に消滅させられたことにより、主の魂とシルアートの魂は完全に分離してしまった。おそらく、今までみたいに男としての心を保つことは不可能じゃろう。もしかしたら男を好きになってしまうかもしれん」

「……なるほど。それは中々辛いな」


 そう言いながら苦笑する俺だが、既に選択肢は決まっていた。

 ジジイもそれに気づいていたのか、再度問いかける。


「本当にそれで良いのか?」


 どこか懐かしさを感じるやりとりに俺は笑いながら、高らかに謳う。


「心配は嬉しいが、俺はもう決めたんだ」

「お主、大分変わったのう」

「そうか?」

「うむ。以前より活気が出ておる。と、そろそろ時間じゃな」

「だな」


 ポワポワと体が光の粒に変わって行っていた。

 後数十秒もしたら俺はここから居なくなるだろう。

 そして戻るのだ。帰るべき場所に。


「じゃあなジジイ。次会うときは、土産話をタンと聞かせてやるよ」


 真っ白な視界の中、ジジイが微かに笑ったような気がした。

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