第31話

 それは曲がり角を曲がろうとした時だった。

 凄まじい爆音と共に何かがすぐ横の壁に激突した。


 まずい。横にはリーシャが……。まさかリーシャ……。

 

「リーシャ!」

「大丈夫、ギリギリ当たってないわ!」


 呼び掛けると、すぐに返事が帰って来た。

 どうやら避けることが出来たようだ。

 ホッと胸を撫で下ろす。


 が、そんな安堵も束の間。


 何が飛んできたんだと壁を見た瞬間、全身の毛穴がブワッと逆立った。


「……リーシャ、見るな」

「この赤いの血よね……。それにこの包帯。リューク先生が使ってたもの―――」

「見るな!」


 強引にリーシャの目を手で覆い隠して塞ぐ。


 ひび割れた壁には、赤い氷の塊が転がっていた。

 ちょうど人の大きさぐらいの。


 同時に、風の結界を作り上げていた魔法が消えた。魔力が探知出来なくなったのである。


 それで全てを察せないほどヴィリックは馬鹿じゃなかった。


 ザッザッザッ、と足音が聞こえた。


 その足音の持ち主は、自分ではさっき勝てないと思い知らされたリューク先生を破った者。


 少なからず恐怖が湧き出してくる。


 その正体は、大事な友達だと分かっていても、呼吸の乱れ、足の震えは止まらない。


 逃げ出したい。今すぐにここから離れたい。そう本能が告げる。


 震えが手まで伝染していたのだろう。


 リーシャは俺の手をどけて、……告げた。


「ヴィル。ありがと。逃げても良いよ」

「ッ!?」


 そう言い残すと、リーシャは氷の嵐へと駆け出していく。


 逃げて良いか……。

 そうだな。じゃあ逃げるか……なんて言えるわけないだろうが!!!


 これはリーシャだけの問題じゃない。俺の問題でもある。なのにリーシャだけに任せるなんて。


 動け!動けよ!俺の足!!!


 すっかり硬直してしまった足に少しずつ熱が隠ってきた。


 もう大丈夫だ。走り出せる。


「うおおおおおおおおおお!!!」


 俺は、土魔法の要領で、氷を巻き上げ鎧を作り上げると氷嵐の中へ突っ込んだ。


 中はとんでもない冷温だった。先程までもやばかったが、それの2倍くらい寒くなっている。

 リーシャの魔法があってこそ、凍傷レベルで押さえられているが生身で入っていたら一瞬で凍死していた。そう思えるほどの、まさに極寒。地獄だった。


 そんな地獄の中、二人の少女は戦っていた。


 キラキラと吹き荒れる雹塊を真っ赤な炎で瞬時に水に変えて、と思ったら冷気でまた凍って炎までも凍る。戦況は明らかにシルアに傾いており、リーシャは防戦一方だった。

 だが、防戦一方でもリーシャが負ける気配はなかった。戦いかたが上手いのだ。

 溶けた雹が再び凍る僅かなラグを器用に活かして全ての攻撃をいなしていた。


 このままじゃ拉致があかない。シルアもそう判断したのだろう。


「私の邪魔をしないで」

「……却下よ!」


 そう告げるが、リーシャは即答で却下した。


 ってまずい。急に魔力の流れが変わった!?

 ……嘘だろおい。まだ上昇するのかよ!


「凍てつく氷よ。その姿を剣に変え、標的を討ち滅ぼせ」


 シルアの言葉に反応して、氷が形を変え、剣となっていく。

 その数―――数えきれない。とにかくたくさん。

 その全ての剣が宙に浮き、リーシャに剣先を向けていた。


「これは……まずいわね」

「今さら後悔しても遅い。放て」


 合図とともに剣が発射される。

 リーシャを串刺しにするために。


 リーシャは何もできない。

 溶かしても一瞬で戻る剣を対処する方法がリーシャにはない。


 リーシャが来る痛みに備えギュッと目を閉じた。 


 ここでシルアがリーシャを刺殺したらどうなるのだろう。ただでさえリューク先生を……だから記憶が戻ったときシルアは自殺してしまうかもしれない。

 まぁ、さらさらリーシャを殺させる気なんてないのだが。


「させるかぁああ!!!」


 俺は勢いよく飛び出すと、残り全ての魔力を使い、土魔法を起動させた。


 俺とリーシャを包むように、ドームができる。

 刹那、ガッガッガッガッガッガッ。何かが大量に突き刺さるような音が聞こえた。おそらくドームの外壁に剣が突き刺さったのだろう。

 

「これでひとまず安心か」

「ヴィルなんでここに……」


 ふうーと息を吐くと、リーシャが目を丸くしながら聞いてきた。


 だから言ってやった。


「馬鹿か。お前を一人で行かせるわけないだろ。死ぬときは一緒だ」

「え。ちょっ……こんなところで何言ってるの!?そういうのはちゃんとムード作ってからにしなさいよぉ!」


 何故か顔を赤くしたリーシャに怒鳴られた。

 変なこと言っただろうか?

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