第29話
「よし、もういいぞソフィヤ」
「分かりました」
レグルスの呼び掛けにソフィヤが答えたと思うと、緑の球円型のドームは徐々に小さくなっていき消失した。
「あー、あー。よし、大丈夫そうだな」
完全に『音魔法』がその効果を失ったことを確認すると、レグルスはウォンバスターの方を向いてフンと鼻を鳴らした。
「これで学園生全員の証言はとれた。ここまでしたんだ、異論反論は受け付けんぞ」
元より王族に戻ったことで異論反論など出来やしないのだが、保険をかけたということだろう。
……言われなくても分かってる!
今すぐにでもこの生意気なガキに怒鳴り散らしたい、そんな気持ちを押さえて、ウォンバスターは神妙な顔を作った。
「もちろん、異論反論などありませんよ。私の娘が王族に嫁ぐ。条件としても最高な案件に口を挟むほど私も愚かではありません」
「そうか?」
レグルスが呆れたように笑う。しかし、目は笑っていない。嘘だろ?口挟もうとしてたよな、と言いたげな目付きである。
……感情を圧し殺すのに時間がかかりすぎたか。
おそらく、気づかないうちに怒りが表に出てしまったのだろう。
自分もまだまだだ、そう反省すると共にウォンバスターは作り笑顔を浮かべ笑う。
「異論反論はありません。……ですが、私としても色んな貴族の方達に娘の縁談を紹介してた手前、説得等に時間や手間がかかりそうなのですよ。私も一応伯爵。仕事があるため、時間というものはとても貴重なのです。こうしてこの場にいる余裕を作るのにも、八ヶ月ほどかかりました。……ですからその辺の補償はしっかりと頂きたいのですが」
嘘だ。本当は数組の貴族にしか声はかけていない。その数組以外の貴族はどれも馬鹿な真面目ばかりでシルアートを不幸に貶めることができそうになかったからだ。
けれども、そんなことをレグルスが知る術はない。とはいえ、王族の力を存分に発揮して調べれば判明してしまうかもしれない。
だから、『これからは会えないほど忙しい』ことをアピールしてこの場でレグルスに色々な条件を吹っ掛けすべて呑ませる。
「却下だ」
だが、ウォンバスターの目論みは一刀両断された。
「何故です?時間は悠久なのですよ。その分の補償はしっかりと払ってもらわないと割に合わ―――」
「そうだな。確かに時間は悠久だ」
ウォンバスターの言葉を遮ってレグルスがしみじみと言う。
「では―――」
「では、ウォンバスター。俺がお前を国家転覆罪で処刑するまでの資料を整える時間の代金を払ってもらえるだろうか?」
「は?」
素頓狂な声がウォンバスターから洩れる。
「失礼ですがレグルス様。私はそのような罪を犯した覚えは―――」
「いやいやとぼけるなよ。『独裁者』に関与、及び実の娘への『命令』の付与。立派な罪じゃないか」
「!?」
ゾクッと背筋に寒気が走る。
と同時に確信を持った目から言い訳しても無駄だと悟った。
「な、なぜそれを……」
レグルスの歳からして、『命令』はおろか、『独裁者』の存在すら知らないだろうと思っていたウォンバスターは驚愕するが、対するレグルスは冷めた表情でつまらなさそうにあくびをした。
「馬鹿か?俺は王族だぞ。立国から国で起こったことは全て把握してるに決まっているだろうが」
「……ははは。そうか。つまりはそう言うことだったのか。君がここに来たときから、私は既に袋のネズミだったというわけか」
事実自分の要望は全て拒否られ、相手の要望は全て通っている。
ここでやっとウォンバスターは自分が詰んでいたことに気づいた。
「まぁ、そう落ち込むな」
「誰の所為だと!?」
十歳に言い負かされた挙げ句、処刑されるなど恥以外何者でもない。
怒りに身を任せ怒鳴り声をあげた。
どうせ処刑されるのだ。身分もなにも関係ない。
「貴様の……貴様の所為で!!!」
「ほう、それが本性か?王族の前だというのに大分偉そうに話すんだな」
「阿保が!今更取り繕っても処刑は免れんだろ!」
「……要望がある。それを叶えてくれたら、『命令』『独裁者』の件の告発はやめてやろう」
ウォンバスターは目を見開く。
王族が犯罪者を見逃すと言ってるのだ。無理もない。
「要望を詳しく聞かせてくれ。何でも聞こう」
命どころか地位を失われずに済むならば、何でも飲んでやる。
……一度底辺まで貶められたウォンバスターの思考回路は極端になっていた。
「俺の要望は二つ。シルアートの記憶を戻せ、そして『命令権』を破棄しろ」
『命令』は『独裁者』以外に解くことは出来ないが、『命令権』の破棄ならば出来る。
「わかった、それを飲もう。」
レグルスが言うと、ウォンバスターは二つ返事で頷いた。
そして、
「私が命じる。シルアートの記憶を還元せよ。そしてその命令を最後にして私は命令権を破棄する」
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