第28話

「け、結婚だと……。そ、それはどういう意味で?」

「そのままの意味だが?……その説明もした方がいいのか?」


 ポカンと口を開けるウォンバスターに、レグルスはそんなことも分からないのかと皺を刻んだ。


「い、いや説明は必要ない。結婚の意ぐらいはわかってる!」

「じゃあいちいち聞き返すな。反応するのもめんどくさい。……話を続けるが、どうせ政略結婚だろう? ならより高い地位を狙った方がお前にとっても得という訳だ。そしてこの国において最も地位が高いのは王族。つまり王族の俺より良い案件はないと思うのだが、許可してくれるか?」


 足早に告げられるスケールの大きな話に、ウォンバスターの思考はグワングワンと揺らされるが、それでも即決せず、唸るように言葉を発する。


「……この学園に通っている時点で王族としての地位は棄てられてるはずですが。それはレグルスもさっき仰られましたよね」


 すると、レグルスは一瞬目を丸くした後、大きく笑い声を上げた。


「ははは……。何を言ってるウォンバスター。貴様は知ってるんだろ?」

「……質問の意が分かりかねますが」

「では何故貴様は俺と同じく地位を棄てたシルアートを政略結婚に使おうとしてる?それも地位が同等に近い家と。まさか『伯爵家の娘』という地位を棄てたままで嫁がせる訳ではあるまい。そんなことをしたらシルアートに利はあっても『伯爵家』には一利もないからな。当然だろう。シルアートがこの学園に入学して地位を棄てた今、伯爵家とシルアートは赤の他人と言っても過言でない関係なのだからな。つまり利を得るためにはシルアートを伯爵家に戻す必要がある」


 コイツ……本当に学生か!?


 淡々と、それでも的確に痛点を突いてくるレグルスにウォンバスターは驚くどころか恐怖さえ覚えていた。レグルスと話していると、まるで大人とやり取りしてるような感覚に陥るのだ。

 まだ十そこらのが、自分と同等以上の知恵を持っている。それだけで十分に驚異であり脅威であった。


「―――と、以上の理由から貴様は失われた地位を復興させる術を知っていると俺は考えたわけだが、違うか?」

「……」


 ここで肯定する必要はあるか。いや、ない。肯定したらきっとレグルスはその方法を聞いてくるだろう。そしたら面倒だ。


 レグルスは間違いなく優良物件だ。端麗に整った容姿、自分とやり取りできる頭脳、僅かだが溢れだす魔力。それに王族と、そのどれを見ても、不良物件なわけがない。

 しかし、だからこそシルアートをレグルスにはやれない。


 シルアートには自分が最も不良物件と思える者に嫁がせる。地位ばかりの豚どもに嫁がせるつもりなのだ。愛玩用の婚約者として。玩具として。

 豚どもに弄ばれ食われ壊れる。

 それこそが化物の末路に相応しい。


 ウォンバスターはそう考えていた。


「図星だな」


 押し黙っていると、レグルスは確信を得たのかコクりと頷き、フッと息を溢した。


「安心しろ。それを貴様から聞き出そうとは思ってもいない」

「え……それは一体どういう……」

「俺もその方法を知っているからな。全く、王命を定めたのは誰だと思ってるんだか」

「ッ!?」


 思考が驚愕に染まるが、逆に何故伯爵である自分が知れて王族であるレグルスが知らないと思ったのかと自分を罵倒することで表情に出すことなく押し止める。


「一応俺も父上からこの学園に通うと決めた時色々教えてもらったからな。この学園は入学時に、『校内にいる間は地位を棄てる』ことを、卒業時に『完全に地位を棄てる』ことができる。要するに、卒業せず学園を抜ける―――退学してしまえば地位は必然的に戻ると。簡単な理屈だな。まぁ、殆んどの者は気づかないが。で、それを踏まえて俺はシルアートを嫁に娶りたい、そう考えてるわけだが許可を出してくれるか、義父上?」

「……」


 相手に政略結婚だとバレている以上結婚相手として最上位の地位を有するレグルスの求婚を断る理由はない。成り上がるのに利用するだけなら。だが、ウォンバスターの目的は成り上がることではない。もちろん、成り上がるのも目的の一つではあるが、一番の目的は化物にこの上ない苦痛を与えること。

 己が産み出した化物を最大限に利用して処分する。それが彼の目的だった。


 そのためウォンバスターは目先の利に軽々頷く訳にはいかず、既にかなり減らされた言い訳の一つを何とか掴みとった。


「なるほど。レグルスが私の娘を思う気持ちは分かりました。……ですがそれを公表する手段は?まさか口約束だけとは言いませんよね?」


 普通、貴族の婚約は数人の証人を交えて行う。一方的に約束を破棄されない為の契約みたいなものだ。そして、その契約は王族も同じで適用される。

 現在この場にいる者は、自分とレグルスともう一人の女子生徒のみ。

 当事者二人に証人が一人。契約など交わせるはずがない。


 何とかこの場を言いくるめれれば、話し合いは後日ということになる。

 この際格下でも良い。その間にシルアートをどこかの貴族に押し付けよう。


 久しく見えた勝機にウォンバスターが口元を歪めると、レグルスは小さく唸って、


「ふむ……。ソフィヤ、頼めるか?」

「お任せください」


 そう言うと、ソフィヤと呼ばれた女子生徒は魔力を解放させ、部屋は緑の球円型に覆われた。


「……なんだこれは?」


 部屋の中心。つまりは球円型の中心にいる、ウォンバスターが不思議そうに首を傾げると、レグルスがニヤリと笑い告げた。


「『音魔法』だ」

「音……魔法?」


 聞いたことのない魔法に、一体どういう効果なのかウォンバスターが疑問を浮かべると、すかさずソフィヤが補足を入れた。


「球円型の中での会話は全てこの学園中に響き渡ります。音の大きさの倍率は1.7倍ですので大声を出すのはご遠慮願います」

「なっ……」


 今度こそ完全にウォンバスターは固まった。

 この少女はこう言ったのだ。『学園の生徒全員が証人になる』と。


 ここまで徹底的にやられてしまえば打つ手はないだろう。

 認めるしかない。


 ……完敗だ。これではシルアートを確実に娶られるだろう。


 だが、それで思考を止めるのかと言われたら答えは否だ。どうせ負けるならこっちにも利がある話に持っていく。転んでもただじゃ起きない。それがウォンバスターのやり方だった。



 ……シルアートを餌に、条件を色々飲ませてやる。



 そんなウォンバスターの心境を気づかずとも、事態は進んでいき、そして……。


「よく聞け、皆の者。私レグルスは今日限りで学園を退学し、王族としてシルアートを嫁に娶ることをここに宣言する」


 レグルスが宣誓を終えると同時に、『えええ!!?』という声が学園中から響き渡った。

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