第27話

「……遅いな」


 応接室の椅子に腰を掛けていたウォンバスターは、ここに来るよう『命令』したのにも関わらずまだ現れないシルアートに苛立ちを覚えていた。


 『命令』は抵抗できるものじゃないのだが。……あいつは怪物だからな、抵抗できるかもしれん。


 考えられる可能性は三つ。『命令』を下したとき、シルアートが遠くにいた。シルアート自体が『命令』に逆らっている。もしくは誰かに邪魔をされているか……。


 あれは怪物だ。それは父親であるウォンバスターが一番理解している。四歳に危険度Aと認定されている魔物を倒したあれが怪物じゃないはずがない。怪物は人間には止められん。妨害など出来るわけがない。


 当事者の事実、記憶を全て揉み消したためそれはウォンバスターしか知らぬ情報だった。そしてその情報が誰かに妨害されている可能性を選択肢から外すことに繋がった。


「早く来い。寄り道せずに一直線で、だ」


 『命令』を再度かける。

 これでもうすぐ、怪物―――シルアートは来るはずだ。


 複数の『命令』だと瓦解するのだが、同じ意味を持つ『命令』は重複する。それは単純な二倍ではなく累乗となり強固なペナルティーを供えた『命令』となるのだ。

 仮にさっきまで逆らえたとしても、急激に増えたペナルティーを前に、例え怪物であろうと抵抗できないだろう。


 にしても、まだまだ時間はかかりそうだな。


 確信したウォンバスターは、小さく息を吐いた、その時。


 コンコンと扉がノックされた。


 やけに早いな。すぐそこまで来ていたのか。なんにせよ、時間が早い分には損はない。むしろ幸運だ。


「どうぞ」


 必要ないと分かりながらも最低限のマナーとして、そう呼び声をかけると、ギイッと扉が開いて、猛烈な寒気が部屋に流れ込んできた。


「な、なんだ!?」


 寒気と共に流れ込んでくる吹雪を前にして、ウォンバスターは腰掛けから立ち上がった。


 攻撃されたのか!?『命令』が重複されているのに!?


 応接室は、たまに来る上級階級の人々が、その者に恨みをもった生徒に襲われないためにと、対魔の結界が至るところに備え付けられている。そのため、『魔法』が原因である吹雪や寒気は一切応接室に入ってはいなかったのだが、扉を開けたことにより結界に穴が空いた状態になり吹雪や寒気が流れ込んできたのだ。


 しかし、その事実を知らないウォンバスターは驚きのあまり目を見開いた。そして真っ白な世界の中、うっすらと映る人影を見て、言葉を失う。

 それはシルアートのものじゃなかった。背丈が違う。そう、体格が良い少年のような……。

 

 ―――ッ!?私は何を考えていた!?こんな寒気の中歩ける者など……怪物であるシルアート以外にいるはずが……。


 きっと見間違えたのだ。目をごしごしと擦り、再度人影を見る。

 しかし、人影は一回り縮んでシルアートの体躯になる……なんてことにはならず、大きいままだった。


 これは認めざる得ない。別の者が……怪物が来ている。


「だ、誰だ!?」


 『火』の魔法を展開したウォンバスターは、それを扉に向かって撃ち込んだ。

 まさか攻撃されるとは思っていたなかったのだろう、「うおっ」と間の抜けた声が聞こえた。


「あっぶねぇ!?いきなり撃ってきやがったぞ。なぁレグルス、ホントに二人で大丈夫か?」

「あぁ。多少心配だが、寒気が強まって来ているこの状況でシルアートの方に向かう人員を削るわけにはいかん。打ち合わせどおりヴィリックとリーシャはシルアートの足止め……且つ捕縛に向かってくれ」

「……悪いわね。じゃあレグルス、ソフィヤ。武運を」

「ええ、リーシャさん、ヴィリックの武運をお祈りしますわ」


 轟ッと冷風が音立てる中、微かに会話が聞こえたと思うと、その人影は部屋に入ってきた。

 人数は二人。入室と共に扉を閉めたことにより、吹雪はシャットアウトされ、世界は色を取り戻した。


「こんにちは、ウォンバスター」


 ウォンバスターは息を呑んだ。

 それは見たことがある、否―――シルアートをこの学校に入学させた目的たる男。

 太陽の如く輝く黄金の髪に白銀の雪を積もらせ、深い海の色の目で自分を見据えるのは王族―――第二王子であり、8歳の若さでSクラス魔物である『赤竜』を討伐した伝説を持つ男。


 レグルス=フォン=セントレア。


「なぜ貴方がここに……」

「決まっているだろう。シルアートの友人だからだ」


 当たり前のことを聞くな、とレグルスは鼻を鳴らす。


「なっ……。そ、それでレグルス様は何用でしょうか?」


 確かにクラスメイトとは聞いていたがここまで交流があるとは思わなかったウォンバスターは唖然としかけたが、流石上級貴族。すぐに取り直すことに成功した。


「様付けは止めろ。この学校にいる以上、俺はただのレグルスだ」

「し、しかし」

「やめろ」

「わかりました。それでレグルスは何用でここに?」


 これ以上否定を重ねても意味を為さないどころか相手の機嫌を損ねるだけだ。ウォンバスターは簡単には折れると、論点がずれてしまった質問をし直した。


 するとレグルスはフッとどこか遠くを見つめて、何かを覚悟したように切り出した。


「シルアートの退学をやめてほしい」

「……すみませんが家庭の事情がありまして」


 王族の命令に逆らうのはこの国においてタブーだが、さっき元王族とレグルス本人が言った以上従う義理はない。

 具体的な話は濁しつつ断ると、レグルスは極めて残念そうな顔をして口を開く。


「家庭の事情か。それはお見合い―――政略結婚と見て間違いないか?」

「……ええ」


 おそらくあの赤髪の少女が話したのだろう。せっかく言葉を濁したのに、あの小娘が……、ギリッと歯を鳴らす。


「ちなみに、どこの家と見合いさせるつもりなんだ?」

「……貴方にそんなことを言う必要はないだろう?」

「ええ、確かにそうだな。だが、友人がどこに嫁ぐのか気になって気になって。このままじゃ父上に相談してしまいそうだ」


 おろおろと泣き真似をしたかと思うと、爆弾投下。

 父上―――つまり国王に相談なんかされてみろ。知られて良い情報どころか余計な情報まで流出してしまうかもしれない。ここで情報を教えないわけにはいかない。


「……予定ではジャンスティン伯爵家を筆頭に見合いさせるつもりです」

「見合いさせるつもりの家を全て詳しく教えろ」

「ジャンスティン伯爵、リューグラン子爵、ブラネート子爵、エグロティク子爵の四家です」

「見事に子爵以上だな。それとブラネート子爵、エグロティク子爵には息子がいなかったはずだが?まさか歳の離れた親と結婚させるなんて言うまい」

「ブラネート子爵とエグロティク子爵には息子がいなかったのですか。初耳です。候補から外しときましょう」

 

 勿論知ってた。親に嫁がせるつもりだった。

 とは到底言えず、知らなかったの一点張りでやりすごす。


「……そうか。知らなかったなら仕方がないな」

「ええ。仕方がありません」


 やがてレグルスが諦めたように、笑みをこぼすと、クルリと一転、表情を変えた。


「単刀直入に言ってやる。相手の家族構成も知らぬ家に嫁がせるつもりだったなんて貴様は馬鹿か?」

「……」


 返す言葉もない。実は知ってたなんて発言したら、親と結婚させるつもりだったとバレてしまう。


「反論も出来んとはな。もういい、貴様にはシルアートは任せておけん。よって見合いは全て中止させろ」

「は?ちょっと待ってください!そんなことをしたら……」


 せっかく金が手に入り、怪物を捨てられる政略結婚の意味が―――。

 様々な言い分けを瞬時に思考する。思慮する。考える。


 その数おおよそ150通り。数秒にも満たない時間で出来た嘘と真の言い訳は、ウォンバスターの自信へと繋がり、そして。


 次の瞬間、ウォンバスターの考え付いた言い訳たちは粉々に消し飛んだ。


「俺が代わりに結婚してやる」

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