第25話

「おう、リーシャ。 お前面談は終わったのか? あれ、ならシルアは? ん、どうした? 何かあったのか?」

「……ど、うして?」


 開口一番に声をかけてきたのはヴィルだ。


 涙は拭いたはずなのに何でなにかあったと分かるんだろう。不思議に思っていると、ヴィルは私の頭をクシャクシャと撫でてぶっきらぼうに。


「今どうしてって思っただろ。 はぁ、お前はいつまでもおっちょこちょいだな。 俺はずっとお前と共にいたんだぜ? そんな俺が気づかないとでも思ったのか?」

「え……」


 い、今の何?

 ドクン、心臓が高鳴る。顔がカァーット熱くなっていく。


「なんてな。 目が充血してるんだよお前。 大方涙拭いたからバレてないと思ってたんだろ? ホントいつまで経っても抜けてんな」

「馬鹿ッ!」

「痛ってぇ!? ま、まぁ、落ち着いただろ? で、何があったんだ?」


 言われてみればさっきまで今にも張り裂けそうだった心は落ち着きを取り戻していた。


 ……ホントこういうところは敵わないな。


「……ありがと」


 私は小声で礼を言うと教卓の前に立ち、周りを見渡した。


 良かった。皆いる。


 そして全員がこちらに注目してることを確認すると、スゥッと息を吐き。


「皆……助けて!」


 その言葉を初めに、私は詳細を説明した。


「そんな……シルアートちゃんが……」

「酷い! 酷すぎるよ」

「くぅう……なんて奴だウォンバスター! オレがぶっ潰す!」

「……非道。……許せない」


 説明を終えると個々が口々に喋り始めた。


 言葉は違えどもその全ては『シルアートの心配』と『ウォンバスターへの非難』だったことに一先ず私は安堵する。


「……にしても記憶を失う魔法ですか。わたくしはそのような魔法を初めて聞いたのですが、レグルス様はどうですか?」

「心当たりは……ないことはない」


 その台詞に私を含め全員の視線がレグルスに移る。

 視線に気づいたのかレグルスは慌てて弁明をした。


「いや、そんなに期待されても困る。 あくまでも可能性の話だ」

「可能性でもいいわ! 今はただ情報がほしいの。 教えてレグルス!」

「……分かった」


 レグルスは小さく頷くと、全員を見て問いかけた。


「初めに聞くが、お前ら『独裁者ディクティター』って知ってるか?」


 独裁者?

 初めて聞く言葉に私は首を横に振る。

 声があがらないところを見ると、私以外も誰も知らないようで暫し沈黙が佇む。


 その沈黙を破ったのはヴィルだった。


「『独裁者ディクティター』? それは『命令系』の個人魔法使いって認識で良いのか?」

「ああ、その認識で合ってる」

「それが今回の話とどう繋がるっていうんだ?」

「そうだな。 まずは『独裁者ディクティター』について説明すべきか」


 そうして。レグルスは、『独裁者』について語り出した。


「『独裁者ディクティター』、『命令』の魔法使いであるソイツは元々この国の魔法使いだった」


「あの、話に横やりを刺すようで悪いのですが、『命令』魔法とはどのような魔法なのですか?」


「その名の通りあらゆる『命令』を強行させる魔法だ。 例えば魔法を掛けた相手に「パンを買ってこい」と命じれば「パンを買ってくる」みたいなものだ」


「随分と可愛い魔法なんだな」


「それは誤解だレン。 そうだな、「跡形もなく爆発しろ」と命じれば「跡形もなく爆発」するし「死ね」と命じれば「死ぬ」と言えば分かるか?」


「「「……ッ!?」」」


「しかし、どんな魔物でも魔法をかければ一撃で傀儡に出来る……そんな強力な魔法使いなら名前はもっと広まっていると思うんだがそこら辺はどうなんだレグルス?」


「簡単な話だ。 国が隠蔽した、それだけだ」


「い、隠蔽?」


「あぁ。 確かに『独裁者ディクティター』は凄かった。 『賢者』に次ぐ英雄とまで呼ばれるまでにな。 だが、ソイツはやってはいけないことを犯した」


「やってはいけないこと?」


「『独裁者ディクティター』は人に『命令』を掛けたんだ」


「人に!?」


「話を聞くところによると初めはある貴族の依頼だったらしい。「自分の息子が反抗期で困ってる。だから『命令』をかけてくれないか?」ってな」


「……『命令』を掛けた所で、その『独裁者ディクティター』しか『命令』出来ないのに?」


「これもまた簡単な話だ。 『その人の命令を聞きなさい』って『命令』したんだ」


「……なるほど。……やっぱり非道」

 

「まぁ、何がどうあれそれがきっかけになったのは間違いない。 それに続くように『独裁者ディクティター』に『命令』を依頼する貴族が続出した。 いや、まだそれだけなら良かったんだ。 あくまで身内のトラブルだったからな。 だが、ある時とんでもないことを画策した貴族が現れた」


「王族の支配……」


「そうだ。 幸いにもそれは貴族の側近だった男からの情報の流失によって未然に防がれた。 それから一連の事件で『命令』魔法に怯えを抱いた王……つまり俺の父上は『独裁者ディクティター』を捕らえ、命を助ける代わりに二つの条件を出した。 一つは『命令』の解除。 もう一つは国外永久追放。 『独裁者ディクティター』は条件を飲んだ。 そして『命令』解除を施して国外に追放されたはずなのだが……」


「……なぁ、ヴィリック、リーシャ。 お前達に聞くがシルアートは貴族だな?」


「……ええ。シルアはレシアンテ家の長女よ」

「おいリーシャ!? 勝手に話したらシルアに怒られるぞ!?」

「それで記憶が戻るなら喜んで怒られるわ!」


「そうか……よりによってレシアンテ伯爵家か。 それなら納得がいく。 十中八九シルアートは『命令』で縛られている」


「……どういうことだ?」


「さっき王族の支配を目論んだ貴族がいたと言ったよな」


「まさか……」


「あぁ。 目撃証言ばかりで直接的な証拠は出ていないが……ウォンバスター=フォン=レシアンテ。 彼が犯人だと言われている」


「なっ!?」


「元々ウォンバスターは他の貴族よりも『独裁者ディクティター』とのパイプが強固だった。 だから『独裁者ディクティター』が国外追放した後も連絡を取り合っていた可能性は高い」


「じ、じゃあ私が魔力を感知できなかったのも……」


「あくまで『命令』を掛けてるのは『独裁者ディクティター』だからな。 その所為だろう」


「……なら魔法を解く方法は?」


「残念ながら『独裁者ディクティター』本人に解除してもらう以外はない。 そして『独裁者ディクティター』は国外追放された身。 奴の居場所を知る方法もない」


「そんな……じゃあどうすればいいのよ!? シルアは一生このまんまなの!? そんなの……そんなのってないよ……」

「リーシャちゃん……」

「う……うう……」


「……なぁ、レグルス。 本当にもう方法はないのか?」


「ない。……『命令』を解除する方法はな。 だがシルアを戻す方法はある」


「! それって……」


「ウォンバスターはシルアートを政略結婚に使おうと目論んでるだよな、リーシャ」


「……え、ええ。帰ったら見合いさせるって言ってたわ」


「なら簡単だ。 その見合い相手より良い家柄の相手を出せばいい」


「簡単に言うけどね……、そんな相手が一体どこに―――ってまさか……」


「この国において最上位の家柄。 それは王家……つまり俺が婚約者になればいい話だろう? さて話は終わりだ。 まだウォンバスターは帰っていないかもしれん。 さっさと俺を応接室へ案内しろ……反撃開始だ」

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