第24話

シルアの様子がおかしい。

 私がそれに気づいたのは、シルアが父親であるウォンバスターと話を始めてから数分後のことだった。


 確かに初対面で分かるほどウォンバスターの性格は破綻していた。それは実の娘であるシルアを「コレ」呼ばわりした時から把握済みだ。

 まるでシルアを道具としか思っていないような言動に私も腹を立てたものだ。


 だが、それらを踏まえても、シルアがおかしくなるなんて考えられなかった。せいぜい後で愚痴を聞かされるくらいだろうと楽観していた。


 だから、シルアが不意に頭を押さえたかと思うと苦しそうに身を捩らせた時には、私は絶句しざるを得なかった。


 突然のシルアの奇行に、私は即座にウォンバスターを睨み付けた。この場には私とシルアとウォンバスターしかいない。だから何かを仕掛けたのだとしたら消去法的にウォンバスターしかいないのだ。

 証拠はない。しかし、規格外こんなことをできるのは魔法だけ。

 魔法ならば魔力の流れを追えば証拠を掴める。今シルアは身分を捨てた身、謂わば親子の縁を切っている状態と言っても過言ではない。

 それなら、手にした証拠の使い方次第で、この男を二度とシルアに近づけさせなくすることも可能だ。


 そう考え、苦痛に悶え苦しむシルアを他所にウォンバスターの周囲の魔力を目を凝らし調べたのだが……そこに魔力の流れはなかった。

 それはすなわち、ウォンバスターが犯人では無いことを示す。

 その事実に私が呆然としていると、横から普段の彼女からは想像の出来ない弱々しい声が聞こえた。

 

「………いや、です……」


 ッ!?

 私は自分を無性に殴りたくなった。

 苦痛に苦しむシルアがまだ諦めてないのに、何故友人である私が先に諦めているんだ!

 私がすぐにシルアを苦しみから解放させてあげなければ!


 しかし、そう意気込んだ刹那、視界の端でウォンバスターの顔が破願したのを捉えた。

 そして、怒濤の言葉攻めが始まった。


 一語一語に声にならない叫び声をあげるシルア。それを見て愉悦に笑うウォンバスター。


 貴族の世界では、実の娘を道具として扱う親は多い。

 私はその事を知っていた。しかし、いくら道具として使えども、国令がある程度の規約を掲げている今世、そこまでのことはしてこない。はっきりとシルアの口から拒絶すれば諦めて帰ってくれるだろう。そして、そうなればシルアの心に根深く刺さった枷は無くなり『校内戦』の時には、いつも通り『最強』であり『越えるべき目標』であるシルアと戦えるはずだ。


 昨日シルアに面談を持ち掛けたのもそう考えたからだった。


 しかし、どうだ。蓋を開けてみればこの有り様だ。大切な友人は苦しみ、その親は笑っている。

 原因はなんだ。ウォンバスターか?シルアか?いや、間違いなく私だ。


 事の原因は私が『全力のシルアと戦いたい』という極めて自己中心的な考えを持ち、枷を無くそうと画策して二人を会わせたことから始まった。

 元々シルアは乗り気じゃなかったし、私が変な提案をしなければウォンバスターに会いに行くこともなかっただろう。またウォンバスターも認めたくはないが一応国が定めた貴族だ。よって何日も領地を空けておくことはできない。つまり放っておいてもいずれは帰っていたのだ。


 未来のことなど誰も分からない。

 が、『もしかしたら』という考えが鎖のように私の心に絡み付き、蝕んでいく。


 私は視界が徐々に暗闇に染まっていくのを見た。壊れかけた精神が完全に破壊される前にと強制的に外部との接続を途絶えさせようとしているのだ。


 抵抗はしない。する理由がない。

 全てを諦め、私は意識を手離そうと……。


「……う…………あ……………………」


 ―――離れかけた意識を掴んだ。


 私は馬鹿か!何が「抵抗する理由がない」だ!シルアがまだ抵抗している、理由なんてそれだけで良いじゃないか!


 クラりとふらつく体を強引に起こし、私はウォンバスターを視界に捉えた。

 そしておそらく返答が返ってこない、そう知りながらもシルアに声をかける。


「ちょっとシルア!? どうしたの!? ……ウォンバスターさん! シルアに何したのよ!」

「はて? 私は何もしてないが? 君は……魔法使いなのだろう? なら魔法を使ったかどうかは分かってる筈だが?」


 素直に吐くわけがない。分かっていたことだが、イラつきが隠せない。


 私は必死にイラつきを抑えながらシルアを呼び掛けた。


「くっ、シルア!? シルア! 聞こえてるシルア―――」

「あッ……ああ…………」


 予想以上に事態は深刻なようだ。シルアの限界も近い。約一年間共にいたのだ。そのぐらいは分かる。だが、どうすることも出来ない。


 私は無力だ。無力な自分に腹が立つ。いや……それ以上に悔しい。


 私はこの一年でかなり強くなったつもりだった。

 しかし、それはエティカという『剣の化け物』とレグルスという『才能の塊』、そしてシルアという『最強』がいたからだ。またクラスメイト達も誰もが誰も自分には持っていない才能を持っていてお互いに苦手な部分をフォローしあったから得れたものだと、今更になって気づかされた。


 結局私の力は個人ではどうしようもない虚構の力だったのだ。


 自分の瞳からボタボタと大粒の涙が溢れる。


 と、次の瞬間、タイミングを見計らったようにウォンバスターは言葉を口にした。


「さて、気が変わったかね。 シルアート」

「あ……あれ……?」


 するとシルアは何事も無かったかのようにムクリと起き上がったではないか。

 何が起こったのかは分からない。考える間もなく私はシルアに抱きついていた。それは涙を隠す目的もあっての行動だったが、いつもなら頬を赤くして強引に引き離そうとするシルアは何故かすんなり受け入れてくれた。


 しかし、事態はなにも変わってはいなかった。

 再び私の腕の中でシルアは苦悶しはじめた。


 もはやどうしていいか分からない。


 幸いにも二回目はすぐに終わったようで数十秒後には落ち着きを取り戻していたが、私の目から出た涙は止まらなかった。


「さて、気が変わったかね。 シルアート」


 二度も激痛を経験すれば考えも変わる。なんてことを考えたのかウォンバスターは再度同じ質問をシルアにした。


「う……」


 そしてやはり彼の目論見通りシルアは、さっきまでなら即座に断っていたはずの質問に言葉を詰まらせる。

 沈黙が暫し続く、がそれも束の間。


「ふむ。 なるほど……大分学園生活がお前に悪影響を与えたようだな。 もういい―――」


 早々に結論を出したウォンバスターが続く言葉を紡いだ。


「―――ここ一年の出来事を全て忘れろシルアート」


 ゾクッ。背筋に寒気が走り、気付いたときにはあれほどまでに動かなかった私の体はシルアの手を握っていた。


 人間の記憶は簡単に消えるものではない。ましてや人の言葉で消えるわけがない。そう理解していても、この男ならもしかして、という嫌な予感が私の本能と理性を支配した。


「お……お父…様……私…………」


 そしてその予感が当たっているような、シルアが決して使わない口調を耳にした私は焦ったようにシルアの手を引いて、


「か、帰るわよ! シルア!」

「あなた……誰?」


 うぐ……。だめだ。泣いてはいけない。……強く、強くあれリーシャ!!、


 私は涙を堪え応接室の扉から飛び出した。


「ん、やっと出てきたか……ってどうしたんだリーシャ、シルアート?」

「せ、先生……」


 室を出ると、リューク先生が欠伸をしながら目の前に立っていた。


「先生は二度寝してたはずじゃ……」

「い、いやー、寝ようと思ってたんだけど寝れなくてさ。 暇だったから来たぜ」


 嘘だと思った。リューク先生はどんな状況だろうが寝ようと思えば寝れる人だと一年を通して分かっていた。

 きっと彼はずっと扉の前で待っていたのだ。何かあったらすぐ飛び出していけるようにと。


 色々とひねくれている点があるが根はとても優しい頼りのある先生だ。

 だが、だからこそ……信じられる!


「先生、シルアをよろしくお願いします。 今シルアは敵の攻撃で混乱状態です。 だから何を言っても必ず止めてください」

「え? ちょっ、敵!? お前何を言って!?」


 私は先生にシルアを託すと、Sクラスへと駆け出していった。


 私一人じゃどうにもならない。ウォンバスターを害することは出来るかもしれないが、害してシルアが戻る保証はない。一生戻らない可能性だってあり得る。

 だが、足りない所を補ってきたクラスメイト達と共になら攻略法を見つけ出せるかもしれない。

 協力を得るためにはシルアの過去を話すことになるかもしれないが、そこは後で彼女に嫌われてもいいから話そう。どんなに嫌われたとしても私にとっては元に戻らない方が辛いのだから。


 私はそう決意して、眼前に迫ったSクラスの扉を勢いよく開いた。

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