第23話
翌日の朝。
応接室へと先導するリュークの後を追いつつ、変に凝った肩をほぐしながらため息をついた。
「大丈夫……じゃなさそうね。 目にクマが出来てるわよ。 ……昨日寝た?」
「寝てない……」
「そう……」
「……」
会話が続かない。緊張しているためか続く言葉が浮かんでこないのだ。
しかし無理もないだろう。
俺は世界で一番嫌っている奴と、リーシャは全く知らない赤の他人とこれから面談するのだから緊張しない理由がわからないってもんだ。
だが、こちらの雰囲気を気にすることもなく、リュークは室の扉をノックした。
「さぁ、お前ら入れ」
「え、先生は入らないのですか?」
「当たり前だ! 誰がそんなめんどくせぇことしてられっかよ。 俺は今から二度寝するんだ!」
「いや、授業しなさいよ」
堂々とサボる宣告したリュークにリーシャが白い目を向ける。
「二度寝したらするさ!」
「ホントになんで教師になれたか不思議でたまらないわ。 ……ま、いいわ。 行くわよシルア」
「うん」
そして、俺とリーシャは応接室の扉を開いた。
「……来たか」
ソファーに腰掛け座っていた40代前後の男性がどこか貫禄を感じさせる声を響かせた。
間違いようがない、ウォンバスターだ。
「……シルアート、そちらは?」
「わ、私の学友のリーシャです」
「は、はい。 初めましてリーシャです」
リーシャが珍しく丁寧な物言いで頭を下げると、ウォンバスターは静かに言葉を吐いた。
「リーシャさん、か。 私はソレの父親のウォンバスターだ。 ソレと仲良くしてくれてありがとう。 礼を言う」
ソレって……俺の物扱いが露骨すぎない?
「ソレってシ―――」
「ソレに付き合うのは大変だっただろう。 だが、安心してくれたまえ。 それももう少しの辛抱だ」
ムッとしたリーシャの言葉を遮り、ウォンバスターは俺の方へと鋭い眼光を向けると本題を切り出した。
「私が来た用件は一つだ。 学校を辞めなさい」
「ご丁重にお断り申し上げます、お父様」
「何故だ?」
逆に何故断られないと思ったんでしょうね。……って何かデジャヴだぞ。前にもあった気がするこういうの。
「……退学する理由はありません」
「それはお前にとってはの話だろ。 だが、私にとってはそうではない。 私にはお前が必要なのだ。 それに良い見合いの案件もある。 戻ってこいシルアート」
なるほど。見合いの案件か。やっぱ相変わらず俺を駒としか考えてないな。クズ具合が健全でなによりだ。
まぁ、なら
……今、俺は何を考えていた!?何故戻るなんて考えた!?
自分の思考回路に動揺を隠し切れない。
「戻ってこいシルアート」
ズキン。
くっ……なんでだ。この男に名前を呼ばれる度、命令される度、……頭が痛くなる。この現象は……一体……。
と、そこで俺は最悪な結論を思い浮かべた。思い至ってしまった。
……こいつ、俺の転生に気づいていたのか?だからこんな方法を……いや違う。俺の記憶が目覚めてからはウォンバスターが俺に近づいてくることはなかった……。まともに話したのも書斎の時だけだったし---てことは……ま、まさかこいつ。目覚める前から俺の身体に既に何かを施していたのか!?決して自分を裏切らないようにと、道具にするつもりで!!!
「………いや、です……」
もうほぼ声が出せなかったが、辛うじて捻り出すと、一瞬ウォンバスターは驚いたような表情を見せた。
が、すぐに笑いを浮かべて、連続で文字通り言葉攻めを……
「戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート戻ってこいシルアート」
「……う…………あ……………………」
頭が割れるように痛み出す。彼の言葉を否定する度に激痛が走る。脳の中に虫がいて蠢いているような……脳を噛られているような……杭を脳に直接叩きつけられているような何ともいえない激痛が。
痛みで言葉は出せずただ呻き声が漏れるだけ。
「ちょっとシルア!? どうしたの!? ……ウォンバスターさん! シルアに何したのよ!」
「はて? 私は何もしてないが? 君は……魔法使いなのだろう? なら魔法を使ったかどうかは分かってる筈だが?」
「くっ、シルア!? シルア! 聞こえてるシルア―――」
「あッ……ああ…………」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………楽になりたい戻れば楽になるのかな楽になりたい楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に楽に…………
---殺して……。
「さて、気が変わったかね。 シルアート」
「あ……あれ……?」
ウォンバスターの声が聞こえた……そう思った瞬間、あれほど自分を苦しめていた痛みが瞬時に消えてなくなった。
間違いない。さっきの頭痛はウォンバスターの仕業だな……。
「シルア! 大丈夫!?」
「り、リーシャか……。うん……今は大丈夫だ……」
「よかった……」
よほど心配してくれたのだろう。リーシャが抱き付いてくる。
女の子に抱きつかれるとか嬉しい以前に心臓に悪い。だから普段ならすぐ振り払うのだが今の俺にはそんな余裕は無い。
一体何をされたのか真相を知らなきゃいけない。
俺はリーシャに抱きつかれたまま、心眼を使うためウォンバスターを睨み……
「シルアート」
「……ああ、ああああああああ!!?」
「シルア!?」
再び激痛が俺を襲った。
しかし、それも少しの間。すぐに痛みは消えた。たぶん二回目のコレは脅しだったのだろう。「抵抗するとこうなるぞ」って。
「さて、気が変わったかね。 シルアート」
「う……」
正直気は変わってない。だが、俺は言葉を詰まらせてしまった。
断りたい。見合い?冗談じゃない。確かに最近、元の持ち主の心の影響を受けているのか女子に対して恥ずかしさはなくなったけど、まだ男と結婚なんて抵抗がありすぎる。
……だが、断るとまたあの激痛が……。
どちらも嫌だ。……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌---
「ふむ。なるほど……大分学園生活がお前に悪影響を与えたようだな。 もういい---」
沈黙を貫いていると、ウォンバスターは早々に結論に達した。
「---ここ一年の出来事を全て忘れろシルアート」
途端、痛みが恐ろしいくらい膨張して、今まで考えていたことは幻のように全て瓦解していった。
古いものから記憶が消えていくのが分かる。
記憶の消失は止まらない。いくら抵抗しても止められない。時間に差はあろうとも、それは遅い速いの問題で確実に一つ一つ消されていく。
感じるのは喪失感……ではなく恐怖。
ああ。悪いなリーシャ……約束は守れそうにない……。
やがて思考は暗闇に染まり、俺の意識は途絶えた。
---あれ?
目を覚ました
…………
「お……お父…様……私…………」
「か、帰るわよ! シルア!」
お父様の命令は絶対。所有物である私が逆らうなんておこがましい。そう考え肯定しようと口を開こうとしたところで、見知らぬ赤髪の女の子にグイッと腕を引かれた私は、まだ余韻残る痛みから抵抗できずそのまま応接室を後にした。
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