第22話

その日の夜の消灯時間。

 寮の明かりが消え、皆が眠りにつく時間帯の中、俺はアリスと共に決闘場 α の前にいた。


 決闘場を使うには先生の許可が必要だが、時間が時間だったので先生の許可は貰っていない。

 だが、先生に見つかれば間違いなく説教が待っていると知りながらも俺とアリスは決闘場に足を踏み入れた。


 やはり、やると決断しても不安があるのだろう。

 アリスの顔には緊張した面持ちがにじみ出ている。

 俺はアリスの青い瞳をまっすぐに見つめて、リラックスさせるために笑いかけた。


「やっぱり寮の部屋でやる?」

「大丈夫。 それに部屋は狭いからダメって言ったのはシルアートちゃん」

「……出来る?」

「あ、あたしに任せて」

「アリス、あまり緊張すると失敗しちゃうよ。 落ち着いて、さっさと終わらせて帰ろう」


 震える声で言うアリスの肩を優しくポンと叩く。

 するとアリスは、まだ表情は固いものの、大きく頷いた。


「うん、早く終わらせて帰る! じゃあ行くよ!」


 アリスは目を閉じると、その手から魔力を放出していった。

 初めは形も色もなくバラバラに、ただユラユラと浮遊していただけの魔力だったが、数秒もすれば変化が起こった。

 バラバラだった魔力が徐々に合体していき、形を作り上げていったのだ。

 そして、僅か十秒ほどでハンドガンが完成した。


「ふぅ……完成したぁ……」


 ……やっぱチートすぎるだろ。創造魔法……。

 最近引き続きの戦闘で氷も中々良いと思い始めてきたが……。何よりこれだけの力奮っといて代償が無いところが羨ましすぎる。

 あ"ー。羨ましい!!!


「?どうしたのシルアートちゃん。 険しい顔して……」

「う、ううん何でもないよ。 とりあえず第一工程はクリアだね。 じゃあ次の工程に行こうか」


 俺は誤魔化すように笑って、氷で的を作り出した。


「銃の使い方は説明したよね? じゃあ撃ってみて」

「うん!」


 そして、アリスは引き金を引き……。

 乾いた銃声が夜の学園に響き渡った。


「……はぁはぁ……凄い音だったね」

「くっ、まさかあそこまで音が出るなんて……サイレンサーを次から付けるべきかな……」


 場所変わってアリスの部屋。

 そこで俺達は反省会をしていた。


「サイレンサー?」

「うん、銃音を無くすための道具だよ」

「え、なにそれ凄い!!」


 アリスが興奮気味に声をあげる。


「しーっ、アリス。 今は消灯時間だよ」

「ご、ごめんなさい。 けどホントに凄いことだよ! あの威力を音無く撃てるなんて!ハンドガン?があるなら誰にも負けないね!」

「あ、その事なんだけどちょっと良いかな?」

「ん? 何?」


 アリスは何故か期待の満ちた目を向けてきた。


「何でも聞くよ!」

「じゃあ言うけど……決闘とかでハンドガンを使わないで欲しいんだ」

「え? 何でなの?」


 もちろん、「異世界の技術だからさ!」……なんて言うことは出来ない。よって他の理由を適当にそれっぽく言わなければならないのだが……。


 ……純粋な目が痛い。まさかここまで視線で罪悪感を感じるなんて思わなかった。いやマジで。…………その曇りなき瞳で汚れた俺をこれ以上見ないでくれっ!?


 だ、だが、ここで引いてはダメだ。

 目を背けたい気持ちを必死に抑え、予め考えてきた言い訳―――じゃなくて理由を告げる。


「アリスがそれを大っぴらに使うとどうなると思う?」

「どうなるの?」


 ……少しは考えてほしいものだ。いや考えなくても、せめて考える素振りとか見せてほしかった。

 咳払いをして続ける。


「ごほん……。 そんな画期的な武器があったら皆欲しがるよね。 しかし、作れるのはアリスだけ。 ……そうするとアリスの自由時間がどんどん消えていっ―――」

「うん! わかった! 絶対に使わない! たとえこの命が消えようとも!」

「いや非常事の時は使ってね!」


 少しオーバーだが、まぁ何がともあれ説得は成功したみたいだ。よかった。


 と、不安要素が除かれ、ホッとしたからか途端に眠気が襲ってきた。


 まさか、女子部屋で寝るわけにはいかないので、別れを告げ自分の部屋に向かおうとすると……アリスに裾を引かれた。


「ん? どうしたのアリス?」

「……ハンドガンは絶対に使わない。 でも、その代わりにお願いしたいことがあるんだけど……良い?」

「お願い?」

「うん! 私に週一で新しい武器を教えて!……ダメかな?」


 絶妙なタイミングでの上目遣いに心臓がドクンと高鳴った。そして眠気もあい極まって冷静な判断が出来ず、いつもなら『めんどくさい』と断るはずのその誘いを……。


「了解。 じゃ、私はもう寝るから。 おやすみアリス」


 ―――俺は了承した。


「うーん、平和だなぁ……」

「いきなりどうしたのシルア? ジジ臭いわよ」

「いやぁ、最近平和だなって思ってね……」

「なに? ハプニングでも起こってほしいの?」

「ま、そんな感じかな。 暇だしね」


 時が過ぎるのは早く、入学から十一ヶ月。


 毎日、授業+アリスへの武器講座をしていたものの初日以降決闘することなく、俺はそれなりに平穏に学園生活を過ごしていた。


 ちなみに今は数学の時間だが、勉強をしている者は誰もいない。


 理由は単純、数学の範囲全てが終わったからである。

 というのも……どうも、俺の教え方が特別分かりやすいらしく二週間もすれば全員割り算まで覚えることが出来たのだ。

 しかも、この世界では割り算が最高難度とされているため、これ以上進むことは意味がないと散々リーシャとヴィリックに言われたので、やむを得なく因数分解やら証明やら平方根やらを断念して……結果的に数学の時間は無くなったのだった。


 そのため、もうかれこれ十ヶ月は「個々のしたいことをする」状態が続いていた。

 だから、ほんの一ヶ月前までは数学の時間は皆揃って決闘場に向かって自主練という形になっていたのだが、最近はどうも一年の終わり---つまりもうすぐ行われる学年全員参加の決闘行事、『校内戦』に興味が移ったのか、全員が全員移動することなく教室でだべっていた。


「『校内戦』、もうすぐね……」

「うん、そうだね」

「私は必ず貴女を倒すから……シルアお願いね」

「うん……全力で向かえ撃つよ」


 数学の授業も残り少しとなった時―――だった。


 突然教室のドアが開いたかと思うと、リュークが血相を変えて入ってきた。

 その、あまりの慌てように教室が静まる。


 ……どうした、不審者でも出たのか?


「おい、シルアート!」


 ん?俺?


「はい? どうしたんですか。 先生が数学の時間に教室に来るなんて珍しいですね」

「いつもは寝てるからな!」


 胸を張って言うことじゃないと思う。


「……じゃあなんで今日はなんで起きたんですか?」

「非常事態が起きたからだ!」


 真剣そのものの表情で叫ぶリュークに俺は眉をひそめる。


「良かったじゃないシルア、ハプニング起きたわよ」

「あれは言葉の比喩だからね? 確かに暇してたけど実際求めてないよ!!!」

「おい、俺の話を聞けよ。 「何かあったんですか?」とか聞けよ」

「……何かあったんですか?」

「うわ……棒読みかよ。 ま、いい。 シルアート、お前にお客さんが来たんだ」


 お客さん?一体誰が……。

 記憶を反芻してみるもここに訪れそうな人は思い出せない。


「……心当たりはないのか?」

「はい。 ないです。 誰ですか?」


 聞くと、リュークはガシガシ髪を掻きながら言った。


「お前の父親だ」

「……はぁ? ウォンバスターが? もう縁を切った筈なのに何故? ……いや、彼はなんて言ってるんです?」

「……『娘を返せ』って一点張りだ。 話が通じない。 今日は何とか帰ってもらったが、帰り際に『何度でも来る』とか捨て台詞吐いてった。 ……正直めんどくさいんでどうにかしてほしいんだが」

「……」


 『どうにかしてほしい』ってどうすればいいんだよ……。くっ、ウォンバスターめ。今まで音沙汰無しだと思ってたら急に現れやがって……。ホントどうするんだよ!?


 頭を悩ませて画策していると、リーシャがつまらなさそうに髪をクルクルさせながら口を開いた。


「……いいんじゃないシルア? 会ってみれば」

「え」

「来てる人父親なんでしょ。 だったら、きっと寂しいから見に来ただけよ。 元気な姿を見せておけば大人しく帰ってくれるでしょ」


 ……とてもじゃないがウォンバスターが寂しいなんて考える奴に思えないんだが。どう考えても、利用価値がある俺を駒にしようって目論んでるだろ……。


「……」

「大丈夫! 私も付いてってあげるから、ね? 明日も来るんでしょ? なら明日、会うだけ会ってみましょ!」


 いやそういう問題じゃないんだけど……、まぁいいか。論より証拠、リーシャにウォンバスターを見てもらおう。そうすれば俺の気持ちが少しは分かる筈だ。


「…………うん、そうだね。」


 メリット少々、デメリット膨大のリーシャの案だが、俺は乗ることにした。


 その結果、俺が消えてしまうとはこの時は誰も思ってもいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る