第20話

「それじゃあ、早速だが数学を始めたいと思う……とその前にだ。 お前らの現実力を知らなきゃならん」

「? 魔物学や魔法・武器学ならともかく数学は入学試験の時にチェックしたのではないですか?」

「あぁ、お前らはな。 だが例外がいる」


 リュークは頭を掻くとさぞかしめんどくさそうに言う。


「リーシャ、ヴィリック、シルアートの三人は満点だったからな。 実力が測れてないんだ 。だが生半可な問題だとまた満点っつー可能性があるからな。 ってことで今年の教師採用試験の数学の問題を持ってきた。 ほら三人ともやれ! 他の者は自由時間とする!」


「ええ!?」

「シルアはともかく何故俺たちまで!?」

「ヴィル、そのすぐ人を売る癖やめようね?」


 というわけで。

 真なる実力を測るため三人は追加テストをやることになった。

 

 そして三十分後、テストを回収し採点を終えたリュークは一人ずつテストを返していった。


「あー、70点……。 入試と比べると大分劣るわね」

「習ってない割り算が出てきたし、まぁ仕方ないんじゃないか?」

「なんでそんなに上から目線なのよ。 ヴィルは何点だったの!」

「50点です……」

「うるせぇお前らテスト貰ったらさっさと席に座れ! 掛け算全問正解の時点でお前らも大概だ!」


 先にテストを貰った二人は大人しく席に座る。


「じゃあ次シルアート、取りに来い」

「はーい」


 適当に返事しつつ教卓の前に行くと、リュークはピクピクとこめかみを動かして頭を掻きむしった。


「あーくそ! 実力測るためって言ったじゃねぇか! なに満点取ってんだよ! それ絶対満点取れないように出来てるんだぞ!」

「あっ、だから最後の問題がちょっと難しかったんですね」

「だから普通は解けないって言ってるじゃねぇか! これより難しい問題を探すのなんて流石に骨が折れる……まてよ。 良いこと思い付いたぞ」


 これが漫画だったらニタァッと効果音が書かれるだろう笑みを浮かべるリュークに背筋がゾクゾクした。嫌な予感がする。


「あの? 手を離してくれません? テスト貰えないんですけど」


 一刻も早くリュークから距離をとらなくてはいけないのに、この野郎全然離してくれない!むしろ力が強くなってるんだが……って、あぁ、クシャッてる!テスト、クシャッてるって!


「なぁリーシャ、ヴィリック。 お前ら、なんで六年から習う掛け算が出来たんだ? 誰かに教えてもらったのか?」

「「「…………」」」


 俺はリーシャとヴィリックに素早くアイコンタクトを交わす。


(余計なこと言わないでよ)

(……言わないわよ)

(……ちょっとは俺たちの絆を信じろよな)


 この場で本当のことを言うリスクについて、全員が理解していた。


「……言わないとお前ら今日帰れんぞ?」


 俺達の絆が強固だと分かると、リュークは少しトーンを落として脅してきた。


 柔でダメなら剛で。流石先生。良い作戦だと思う。

 ……だがそんなものでは俺たちの絆は破れないぜ!?


「やれやれ、それじゃ言わざるを得ないね」

「そうね。 そこまでされたら言わないなんて出来ないわね」

「おーい?」


 観念したように、二人が両手を挙げる。


 っておい。破れるの早ぇーよ。脆すぎだろ絆!?もうちょっと頑張れよ!?


 目で訴えると、二人は申し訳そうに手を合わせ、俺を指差した。


「「シルアに教えてもらいました」」

「…………」

「な、中々良い友達を持ったじゃないかシルアート……」


 言ってはみたがまさかこんなに早く折れるとは思ってなかったのだろう。リュークが笑いを堪えながら馴れ馴れしく肩を叩いてくるのがスゲームカつく。


「……にしても掛け算まで覚えさせるなんて凄いじゃないかシルアート」

「……ぐ……。 何を企んでるんですか……」

「企んでるなんて酷いこと言うなよ。 俺はこれでも教師だぜ? だからさぁ思うんだよ。 お前たちのためになることなら何でも導入していきたいってな」

「ど、導入?」


 追い詰められた俺は思わず聞き返してしまった。リュークは待ってましたとばかりに表情を輝かせる。


「あぁ、シルアート。 お前が数学の授業を担当してくれ!」

「な……」


 なに自然な感じで授業押し付けようとしてるのこの人。教師が生徒に授業を押し付けるなんて前代未聞なんですけどーッ!?


「あの―――」

「心配するな、二人をここまで育てたお前なら出来る! それにお前の学力は俺より断然上だからな! 安心して任せられる!」


 す、すげぇ。弁解する余地もなく言葉続けられた……。

 言葉を妨げられ唖然としていると、話を聞いていたのかクラスメイト達から、おおおおお!と歓声があがる。


「ええ! シルアが教えてくれるの! やったぁ!!!」

「おい、先生の前でそれは失礼だぞ。 まぁ、シルアの教えた方は分かりやすいから気持ちはよく分かるけど……」

「シルアートさんが先生をしてくれるのですか! それは楽しそうですね」

「おー、首席の人だ!首席の人ね!」

「シルアートが勉強教えると満点取れるってマ!?」

「……それホント? ……是非教えてほしい」

「シルアートちゃんすごーい!」

「教えた二人が満点とは、実績も凄いな。 俺もご教授をよろしく頼む」


「………………」

「だそうだ。 皆お前を待っているんだ。 これを聞いてまだやらないと言えるか?」


 くそっ、リーシャを巻き込みやがって!リーシャがいなければ断れたのに!今断るとチュドーンされるじゃねぇか!何も言わないユリウスが唯一の救いだよ!ホントにもう!


 もはや選択肢のない俺は、それはそれは大きく大きく溜め息を吐くと、片手を挙げて、投げやりに言った。


「……わかった。 やります、やればいいんでしょう!!」


 瞬間拍手が沸き上がる。


 なんだか気恥ずかしい。


「……じゃあ数学はシルアートが先生と決まったことだし、次は魔物学、魔法・武器学の先生でも決めてみようか!」


 ピタッ。あっ、拍手が止んだ。

 誰もがリュークの視線から逃れるように明後日の方向を見ている。


 てかいつの間に先生を決める話になったんだよ。お前がやれよ!サボり癖覚えてんじゃねぇよ!


「……誰もやらないのか。 ……仕方ない俺が教えることにするよ」


 俺の心の叫びが通じたのか、リュークは残念そうにそう呟いた。


 いや元々お前の仕事だからね!?


 昼休憩。寮の食堂で昼食をとったSクラスの生徒はリュークに連れられて屋外決闘場 α に来ていた。


「一応ここが今年の一年Sクラスに与えられてる実技場所だ。六年間使ってく予定だから覚えおいて損はないと思う」

「……一応ですか? ……ああ理解できました」

「聞き返すのも今更って感じだよね……」


 なんかこっち見られてる気がするんだが?え?俺の所為せい


「……ま、理由は皆分かってると思うが、近々ここじゃなくて闘技場に移るかもしれないってことは覚えておいてくれ」


 あっ、はぐらかされた。……いや、はぐらかされてねぇな。おい!はぐらかせてねぇぞ?その言い方じゃ俺の所為だって丸分かりだよ?


 半眼で睨み付ける。


「……」

「……よし、実技やるぞ! さて、二人組でペアを組め!」


 スルーかよ。

 しかし、まぁペアか。前世は友達いなくて作れなかったけど今は友達いるからな。若干楽しみだ。


「皆―――なんですか?」


 トコトコ寄って行こうとするとリュークに肩を掴まれた。


「お前は見学だ」

「はぁ? 何でですか!」

「逆になんでやれると思った!?」

「逆になんでやれないんですか!」

「お前、それマジで言ってんのか? 入学試験では屋外決闘場を、昨日は闘技場を氷漬けにしといてよく言えたな! 知らないと思うが決闘場も闘技場も今絶賛修復中なんだよ。ただでさえめんどくさいのにまた新しい決闘場を使うだって? 許すわけないだろ」


 ご、ごめんなさい!

 勢いよく頭を下げる。


「分かってくれたならいいんだ」

「だ、だけど。 先生」

「ん? なんだ?まだ何かあるのか?」

「私が抜けたら人数が九人になるのでペアが作れない人がでますよね? どうするんですか?」

「…………あっ」


 なんだ今の不自然な間は。


「せ、先生?」

「も、もちろん知ってたとも……俺は先生だからな! そ、そうだなレグルス! お前も見学しろ」

「分かった」


 呼ばれてレグルスが俺の横で腰を下ろした。

 釣られて俺も腰を下ろす。


 改めて決闘場を見ると既にペアは完成していた。

 リーシャ&ヴィリック。ソフィヤ&アリス。リリー&エティカ。ユリウス&レンフォールドだ。


 しかし、ユリウス&レンフォールドは意外感を隠しきれない。あの二人仲良かったのか?話してる姿は見たことない気がするんだが、やっぱ単に男子同士組んだだけなのか。


 俺が考察していると、リュークが大声で言った。


「これからそのペアで模擬決闘を始める! で、勝者は勝った者同士戦い優勝者を決めてもらう。 もちろん、優勝者には素敵なご褒美を贈ろう。 ただし---」


「魔法は使用禁止だ!」

「おい!」


 俺は思わずツッコミを入れた。


「なんだシルアート?」

「魔法無しなら私もやって良いのではないですか!?」

「…………っ!? あー、そうだな! よし、お前らも混ざってこい!」


「……なんだったんだ一体」

「……あの人色々大丈夫かな」


 天然なのか狙いなのか。

 よく判らずまま、背中を押された俺とレグルスは決闘場へと入った。

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