第19話

「ちーす!おはよー!」


 足をそわそわさせ周囲の目線を気にしながら早足で寮から校舎に移動した俺が教室に入ると、先に教室にいた同級生から声をかけられた。


 時間は登校時間の一時間半前。視線を浴びるのが嫌だったのでかなり早く来たつもりだったから先着がいるとは思わなかった。


 反応して視線を上げるとそこには黒のブレザーを着た黒髪の男子生徒がいた。


 確か名前は……


「ああ、レンフォールドか。 おはよう!」

「ムッ、レンフォールドは堅苦しいからやめてくれよ! レンでいいぜ! 『氷の美少女アイスティル』!」

「オーケー、レン。 ……ところでそのラブコール流行ってるのかな? 昨日から結構な人に言われてるんだけど……」

「ラブコール?」

「ほら『愛してる』って……」


 言うとレンフォールドは腹を抱えて笑いだした。なにが面白いのだろうか?


「ハハッ……違う違うぜ! 『愛してる』じゃなくて『氷の美少女アイスティル』だ」

「? 違いがよく分からないけど」

「『アイスティル』! 氷の美少女って意味だよ。 通り名みたいなもんだな!」

「なっ!?」


 ということはあの大歓声は猛烈なラブコールじゃなかったのか!?

 うわー、恥ずかしい。ラブコールかと思って手を挙げちゃったよ……。


「―――って氷の美少女!?」


 なんで俺が王道青春系アニメのヒロインみたいな呼ばれ方してるんだ!?

 

「ハッハッハッ……その様子じゃマジで知らなかったんだな。 『氷の美少女アイスティル』は面白いな!」

「あの……レン。 『氷の美少女アイスティル』はやめてシルアートって呼んでくれない?」

「……他のクラスの奴とかは皆そう呼んでるのにか?」

 

 はぁ!?どこまで広がってんだその通り名!?

 もういっそ全員氷漬けにしてやりたい。

 そんな気持ちをグッと抑えて、レンフォールドに頭を下げる。


「……シルアートでお願い」

「おう、そこまで言うならわかったぜ! シルアートだな! うん !覚えたぜ! なら友達だな!」

「へ? 友達?」


 おかしい。俺の記憶では友達というのはこんなに簡単に作れるようなものじゃなかった筈なんだが……。時間を膨大にかけるか金を費やすかによって増えるものだったはずだが。


「何驚いた顔してるんだ? お互い名前を覚えたんだから友達に決まってるだろ! それともシルアートは俺と友達になるのが嫌なのか?」


 その聞き方はズルいと思う。それにその上目遣いもやめろ!もともと女の子か間違えるような容姿だっていうのに……そんな方法とられたら嫌なんて言えないじゃないか!


「い、嫌なはずないでしょう! よろしくレン!」


 自他者認めるチョロさである。


「おう、よろしくなシルアート! さて友達になった記念に一つ質問良いか? 何でシルアートはこんな早くに教室に来たんだ?」


 普通、一つ質問良いか?の時点で会話を止め答えを聞くだろ……なんで続けてるんだよ。


 文字通り有無も言わせぬ質問に唖然としていると、レンフォールドはバンバンと背中を叩いてきた。

 何気に痛い。


「痛っ!?」

「痛っ!? じゃなくて! ほらっ、今って登校時間にはまだまだ早いだろ?だからなんで来たのかなぁって気になってさ!」

「いや、え、強行だね……」


 ちょっと……いや大分迷惑かもしれない。どこまで強行する気なんだ。


「とりあえず吐けば楽になるぞ?さぁ、吐いちまえ!親御さんを悲しませたくないだろ?」

「その言い方! 私が犯罪者みたいな言い方しないでくれる!?」

「……友達のオレにも教えてくれないのか? シルアート……」

「今度は泣き脅し!?」


 こいつめんどくせぇぇえええええ!!!!

 ううう……と演技臭くヘタリ込むレンフォールドに、なんでこんな奴と友達になっちゃったんだろうという後悔しかやってこない。


「……逆に聞くけど、なんでレンは早く来たの?」

「ん? オレ? いやー、明日から授業が始まるって思ったら昨日寝れなくてさ! で、もうどうしようもないから教室にやってきたんだよ!」

「子供か!」

「おう! 十歳だぜ!」

「…………」


 ダメだ。嫌味が通じない。純粋ってのは時にここまで力を発揮するのかよ。

 まぢ強すぎる。勝てなぃ。ラスボスかょ、レンフォールド。


「じゃあオレは答えたから次はシルアートの番だな!」


 しかも抜け目ないときたか。まるでメタルボディに自動HP回復が付与したモンスターが現れた時みたいな絶望感だわ。しかも逃げられないっていうね。

 うん、降参だ。リタイヤ、二度とやるかこんなクソゲー!


「……朝なら視線が少ないと思ったからだよ」

「視線?」


 いやまじ?理由まで求めるのかよ……レンフォールド、恐ろしい子!!!

 ま、勝てば官軍。降参した俺は問答無用で敗者なんで潔く勝者の言うことでも聞くとしましょうかね。


「人通りに出ると何故か視線を感じるの!それが嫌だったから早く来ました。はい終了、これ以上の追求はやめてください。羞恥心でメンタルが死にます」


 覚悟を決めていても、恥ずかしいものは恥ずかしい。始め意気込んでスタートした声はだんだんと声が小さくなり、最後掠れるような声になっていた。


「……シルアートの可愛さだったら注目を集めるのは普通だと思うけどな。 ま、これ以上追求をしないでくれってことだからしないけどさ」


 レンフォールドはボソッと聞き取れない程の声量で何か呟いた後、手を差し出してきて笑った。

 即座に意味に気づき、差し出された手を握る。


「これからよろしくなシルアート」

「うん、よろしくレン!」


 早起きは三文の徳。

 金は貰えなかったけどめんどくさい友達が増えました。……一瞬、金の方が良かったかもなんて思ったことは内緒である。


 それからは特に会話をすることなく、レンフォールドは自らの机の魔改造を、シルアートは前世の記憶の反芻を、と互いが互いのやりたいことをやって時間を費やしていたが、やがて外がざわめきだしたかと思うと教室にクラスメイトが次々と入ってきた。


「おはようシルア。 やけに早いわね」

「おはようリーシャ。 ちょっと野暮用があってね」

「嘘ね。 おおかた、視線を避けるためでしょ」

「……もはや流石としか言いようがないね」

「シルアおはよう!」

「おはようシルアートちゃん!」

「おはようございますシルアートさん」


 ヴィリックは当たり前として、アリス、ソフィヤまで一緒に登校してることに驚いたが、自分がレンフォールドと一悶着あったように向こうにも何かあったのだろうと特に気にせず挨拶を返す。


「うん、おはよう!」


 と、後は話をしたことのない人ばかりなので挨拶は交わしたものの会話に発展することはなく、話をしたことがあるにしてもユリウスとは関係が関係なので挨拶すら交わすことなく(向こうもスルーだった)、時間ギリギリにリュークがやって来るまでリーシャ達と駄弁っていた。


「お前らおはよう。 では早速だがホームルームを始めるから席に着け」


 余程急いで来たのか息が切れている。昨日も酷かったが、今日は昨日より髪がボサボサになっていた。

 どこまで酷くなるのか興味が湧かなくもない。


「よし、全員いるな。 初日から遅刻はいないようで何よりだ。 これで俺の行動にも意味があるってもんだ」

「「「?」」」

「だが、時には遅刻もあるかと思うからそうなったら前日から言っておいてくれよ? その日は俺も遅刻するからな!」

「「「……なるほど! って、ふざけんな!」」」


 リュークの発言の意味を理解し、一丸となって突っ込むSクラス。

 だが、リュークは悪そびれもなく笑って、


「元気があることはいいことだ。 じゃっ、今日の予定だが……昨日説明した通りだ」

「先生!」

「どうしたレンフォールド?」

「説明されてませんけど!」

「……午前は数学、魔物学、魔法・武器学を一通り行う。 昼食後は実技だ。 この流れはこれから卒業するまで変わらないから覚えておけよ。 じゃ、数学やるから教科書を……」

「先生!」

「言うなレンフォールド。 察してる。ふぅ……やれやれ世話の焼ける生徒達だな。 まぁいい、今日の俺は寛大だ。 今日は教科書は使わんが、明日からは持ってくるように」

「「「……」」」


 あくまでも自分に責任はないと平然と言い切るリュークに無数の冷たい視線が突き刺さった。

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