第17話

「ウォォォオオ!」


 開幕と同時にユリウスは俺に走り寄り、無数の炎弾を飛ばす。

 一発一発の速度はそこまで早くないがそれでも数が多い。


「おお! あの紫君やるな」

「魔力操作が相当優れてるんだろうな。 って、あれは騎士爵家のユリウスじゃないか」

「ユリウスってあの『神童プロジティー』の?」

「えっ、『神童プロジティー』って……負け無しって話じゃなかったか? じゃあユリウスが英雄クラスってことなのか? ……じゃああの女の子は?」

「大方ユリウスに目を付けられたんだろうさ。 『神童プロジティー』は大の女好きって話だし、あの子の容姿は文句なしに可愛いからな。 ……同情するぜ」


「こりゃユリウスの勝利かな、サーフル?」

「……あの女はそんな呆気なく終わる玉じゃないさ」

「え? そういえばサーフルはあの子と同じ試験会場なんだっけ。 そんなに強いのか?」

「見てれば分かるよ」


 ―いきなり『火』か。やっぱ対策されてるな。あー、うぜぇ。めんどくせー。こっちは相棒が逝っちゃって苛立ってんだ。悪いがさっさと終わらせてもらうぞ。


 舌を鳴らすと迫り来る炎弾の一発を避け、そのまま、ぐんっ!と膝を落とし前傾。

 身体を前に押し出し、スピードのギアを上げ接近する。

 両者の間合いは40メートル。


 だが、簡単にやられるユリウスじゃない。


 近づかせるかと接近する標的に今度は速度を上げた炎弾を次々に放つ。


 が、それらを全て交わしてその距離をドンドン縮めていく。


「なっ!?」


 残念、動き出すの遅すぎる。


「えい!」


 ヒョウッ!俺の足元から冷気が放たれ凄い勢いでフィールドが凍りつく。

 そしてその氷は瞬く間に直径百メートルのフィールド全体を氷結させた。


「え……広範囲攻撃!? にしては広すぎる! ……くそ! デタラメだ! シルアートが強者だということは分かっていたが、ここまでとは」


 愚痴るのも束の間、ユリウスはすぐに凍ってくっついてしまった靴とフィールドを溶かし始める。

 ……思考が停止してないだけ流石Sクラスとも言えよう。


 しかし、それは愚策だ。


「なっ!? 溶けないだと!?」


 己の最大火力を以てしても溶けない氷にユリウスは目を見開く。


 火の魔法は苦手とは言え一応リュークですら溶けなかった氷を簡単に溶かせると思うなよ!


 氷の上を滑るようにして接近していた俺は間合い数メートルのところで魔法を放つ。

 次の瞬間、凄まじい冷気がユリウスを襲った。


「ぁ――――――」


 ゴウッ。

 瞬時に気温が下がったことにより発生した多大の霧で闘技場が真っ白に染まる。

 黙々と闘技場を覆う霧はフィールドと観客席を完全に切り離した。


「どうなったんだ!?」

「分からんねぇ!」

「くっ、霧が邪魔だ!」


 観客席が突如現れた霧に戸惑いの声を上げる。

 しかし、それも少しの間。霧が晴れた時には叫び声をあげていた観客席は静まり返っていた。

 喋ったり叫んだりしようにも開いた口が塞がらないのだ。

 彼らの眼下には数メートル~数十メートルはある氷柱が幾つもフィールドに連なっていた。


「う、う……」


 その氷柱の一つにユリウスの姿があった。

 氷像ではない。生身で。

 Sクラスであるユリウスは咄嗟に『火』で自分を覆って氷像になるのを防いだのだ。


 しかし、氷像は免れたものの代償として彼の衣類は所々燃え焦げており、相対的に眉毛や髪の毛は凍りついていた。

 息も絶え絶えて青い顔で何とか立っている状態のユリウス。

 その姿は誰の目から見ても試合続行は不可能と思われた。


『……はっ! し、試合終了! 勝者、シルアート!』


 少し経ってレストアが思い出したように大声で試合終了の合図をする。


「く……やっぱ反動きついな……動きづらい。 上手く制御出来れば良いんだけど……」


 見ればやはり体中に霜が降りていた。

 俺はそれをパッパと払うと、この寒い空間からいち早く抜けるため震える足で出入口へと向かう。


「すげぇ、あの子『神童プロジティー』に勝っちゃったぞ!」

「てか、あの女の子強すぎだろ。 もしかして……俺達は勘違いしてたんじゃないか? 英雄クラスは『神童プロジティー』じゃなくてあの女の子だった……とか」

「ありえるな! けど……何かピースが繋がらないんだよな」

「確かにね」

「………通り名がないからじゃないか?」

「「「お前天才かよ!!」」」

「じゃあ俺達が通り名付けてやろうぜ! そうだな、レグルス様の『雷皇ルヴェーリウス』みたく『氷姫ヴァイドル』とかはどうだ?」

「悪くはないんだが、姫って言葉を王族じゃないのに使って良いものなのか?」 

「……一理あるな。 なら『氷の美少女アイスティル』とかは?」

「まんまだな。 だが良い案だ! それにしよう! 皆、異議はあるか?」

「「「ありません!」」」

「よし、決まりだ! ならこれからあの子は『氷の美少女アイスティル』と呼ぶようにしよう!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!! 『氷の美少女アイスティル』!! 『氷の美少女アイスティル』!! 『氷の美少女アイスティル』!!」」」」」


 『アイスティル』。この世界で『氷の美少女』を意味するその言葉だが、その意を知らないシルアートは顔を赤らめた。

 こう聞こえたのだ。『愛してる』と。


 なぜにラヴコール!?ま、まぁ嫌ではないけどさっ!


 割れんばかりの大歓声の中、俺はクエスチョンマークを浮かべながらも作り笑顔を貼付け、軽く右手を挙げて応じ、そのまま闘技場を出た。


「す、すげぇ……」

「あれがシルアートさんの力……」

「規格外すぎるよ。規格外すぎる!」

「け、剣なら私も……」

「わー、すごーい!」

「シルア、凄いな。 俺あんな火力出せる気がしないんだけど……って、どうしたリーシャ?」


 観客席で固まって試合を見ていた一年のSクラスが次々と感想を漏らす中、シルアートに次ぐ上位二人だけが、他の人とは違うどこか野心の灯った目を向けて去るシルアートの後ろ姿を眺めていた。


「…………負けないわ」

「……面白い」


「あー、疲れたー! ベッドォォ……って壊れてるじゃねぇか!!!」


 ユリウスとの決闘から数十分後、寮の自室に入った俺はベッドに飛び込もうとして、その残骸を見て思い出した。


「ベッドォォ……」


 ガクリと項垂れる。


「そ、そうだこんな時にこその魔法―――」


 言いかけて、言葉を止める。

 『氷』の魔法でどうしろというのか。


 頑張れば氷をベッドの形にすることも可能なのだろうが、夏でもないのにそんなベッドで寝たらお腹を壊すだろう。

 

 ……為す術がない。お手上げだ。


 ――仕方ない。悲しいけど布団を床に敷いて寝るか。しかし、これがこれから毎日……か。


「あああああああああああ!!!」

「し、シルア?」


 遂に脳が許容限界を迎え発狂する俺に背後から声がかかる。


 リーシャだ。


 だが、リーシャがいるから何だと言うのだ。現状は何も変わらない。


 発狂は止まったが、絶望は止まらない。どこまでもどこまでも一直線に無限の道を進んでいく。きっと絶望は卒業するまで一生止まらないのだろう。


「……そのベッドのこと、リューク先生に話したんだけど―――」

「はっ、説教か。 いいさ、どんな説教でも受けてやるさ」

「なに不貞腐れてるのよ。 ま、気にするだけ無駄ね。 それで……説教はないけど新しいベッドくれるって」

「マジでぇええええええええええ!!?」


 凄い!無限に思われていた絶望の道から車線変更したッ!これから進むのは希望の道だあ!!!


「ありがとう! ありがとうリーシャ」


 感涙極まってリーシャに抱きつく。


「ど、どこまで嬉しいのよ……」


 リーシャは呆れながらも、俺を引き離そうとはせず苦笑を浮かべていた。

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