第13話

「おーい、シルア。来たぞ~!」

「うぅ……なぁリーシャ。 ホントにこの格好で行かなきゃだめか?」

「当たり前でしょ。 むしろ今日のために新調してあげたんだから。 それと言葉遣い、怪しくなってるわよ。 敬語じゃなくていいからせめて女の子らしい口調にしなさい」


 入学試験から数日後の朝、いつものようにずかずかと遠慮なく部屋に訪れた二人を迎え入れた俺は、つい先日新調したばかりの白いドレスを身に纏い羞恥に震えていた。


 ……といっても俺が自ら新調したいと思ってしたわけではない。身体は乙女だが心は男なのだ。なので服屋を訪れた際もシルアートは動きやすいジャージを渇望していた。

 だが、それはリーシャの「アンタは女の子でしょ。服装に気を使いなさい。ついでに口調もこの際変えなさい」とのありがた迷惑な言葉で一蹴され、結果今に至る。


 ……まるで拷問だ。足元めっちゃスースーするし。ううう……。 


 いくら逃避しても追いかけてくる現実に絶望を隠しきれずガクリと項垂れる。


 そんなシルアートを少し可哀想だと思ったのか、ヴィリックが爽やかな笑みで、


「……俺が言うのもあれだが、よく似合ってるよ」

 

 ……こんなに嬉しくない誉め言葉を初めて聞いた気がする。……余計傷ついたわ。

 

 ちなみにヴィリックは黒いスーツを、リーシャは色違いの赤いドレスを纏っていて、どちらも片手に荷物が入った大きな鞄を持っていた。


 それらは俺のドレス含め、一目で遊びに来た訳ではないと分かる格好だ。


 では彼らは何しに来たのかと言えば、それは――


「恥ずかしがっても仕方ないでしょ。 じゃあそろそろ行きましょう」

「皆受かってると良いんだけどな」


 --それは今日が合格発表件入学式の日だからだった。


 合格発表と入学式は別の日にやるべきだろ、と思ったのだが、やはり異世界。元の世界の常識なんて通用しなかった。「別の日に分けるのはめんどくさいでしょ」の一言で常識は軽々と撃ち破られました。


 これは片桐天音じゃない。シルアート=フォン=レシアンテという別の個体だ!だから女性服を着ていたも問題はないッ!


 何度も繰り返し暗示を効かせるが、恥ずかしさは全く消えない。頬が紅潮するのを感じ俯きながら、二人の後を続く。


 入学試験の日、宿から学園までの距離が短くてつまらないと思っていたが、今日はやたらと長く感じた。学園に着けば……そんな思いで歩いた。


 だが、それは学園に着いても変わらなかった。……むしろ悪化した。


「おお、あの娘達カワイーな!」

「やっぱ流石名門。 レベルたけーな」

「隣の我が物顔してるイケメンはムカつくけどな」


 ……そうだ。ここは人口密度が高いんだった。

 あのとき居た人達は入学試験を受けるために来ていたのだから、合格発表の日には来ないだなんて……そんなはずがないだろ。

 

 学園への道中も視線はチラチラと感じていたが、ここに来て、より一層それが強くなった感じがする。


「おお、やっぱ皆集まってるな」

「邪魔くさいわね。 受かった気がしない人は来なければいいのに」


 ……ある意味すごいな。


 そんな視線を完全に無視して進む二人に従って、合格者が貼り出されている掲示板に向かう。

 そして数十秒後、三人はゴミのように溢れんばかりの人を掻き分けて掲示板の前まで辿り着いた。


 へー、入学試験の順位別に名前が貼り出されてるのか。えーと、俺の名前は……。


 下から眺めていくが、どうも見つからない。


 ……もしや落ちたか。


 最悪な場合を想定して、ガクリと肩を――


「あっ、シルア! 貴女首席よ! おめでとう!」

「え?」


 ――下から見ていたから気が付かなかったが、見れば一番上に堂々と『首席 シルアート Sクラス』と貼り出されていた。


 そして、その少し下には『三席 リーシャ Sクラス』『四席 ヴィリック Sクラス』と見覚えがある名前が連なっていた。


「あー、四席か。 シルアはともかくリーシャに負けたのかよ俺……」

「どういうことよ、それ! アンタがヘボいからいけないんでしょ! それに私だって三席で悔しいんだからね!」

「ヘボいって、酷くないか!?」


 周囲に人がいるのにも関わらずいつもの調子でギャーギャー言い争う二人。

 しかし、俺は隣で繰り返される痴話喧嘩に耳を貸さず唖然としていた。


 ……うむ、俺が首席?それに二人が三席と四席だって?……ここホントに難関校だよな?…………。ま、まぁ…なにがともあれ、皆合格できたんだ。良しとしよう。


 頭が痛くなってきたので、これ以上考えるのを止めてリーシャに話しかける。


「Sクラスってなに?」

「へ? あ、うん! 十席までの優秀な生徒のみで構築されたクラスよ。 だから普通は一クラス四十人なんだけど、Sクラスだけは一クラス十人らしいわ」

「皆で合格できるといいと思ってたけどクラスまで一緒とはね。 これもなにかの縁かもしれないな」

「「えぇ……」」

「さっきから俺の扱い酷くないかッ!?」


 合格を確認した後、三人は合格者受付へ並ぶ。どうやら制服や教科書を貰えるようだ。

 

 よかった。制服貰えるのか。なら、これでヒラヒラ足スースーのドレスとはおさらばだッ!


 ――なんて考えていた僕が馬鹿でした。


 渡された制服はセーラー服では無かったものの、今着ているドレスと同じようなもので色は純白。そしてヒラヒラが付いており、更に何の需要性があるのか胸元が大きく開いていた。


「流石にこれは……」


 制服を広げたまま固まっているとリーシャも呻きを上げた。


「制服を決めた人は変態なんだろうな」


 ヴィリックも苦笑いだ。


 ……余談だが男子の制服は黒のブレザーで格好良い。……ホントに余談だったな。


 しかし、これを着なきゃいけないのか……。この服の方が幾分かマシに見えてきたよ。


「「はぁ……」」


 大きくため息を吐く二人に受付のお姉さんは慌てて言添えた。


「あ、貴女達はSクラスなので私服で結構ですよ。 制服の着用は必要ないです」

「「それを先に言え(言ってちょうだい)!!!」」


 制服を着なくてもいい。その言葉に思わずリーシャとハイタッチをする俺だったが……。


 ……結局ドレスを着なければならないことに気づくのは少し後の話。

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