第12話

「よう、早かったな二人とも。 お帰りッ!」


 宿に戻り自分部屋の扉を開けた俺はその一声に変なポーズで固まった。


 おかしい。確かに自分の部屋だったはずだ。だが、自分の部屋だというなら何故ヴィリックが中にいる。

 ……そうか。これはきっと幻覚だな。試験後だから脳が疲れちゃってるんだ。


「……やれやれ」


 大仰な動作で部屋から視線を外し、ごしごしと目を擦った。


「ははっ……ヴィリックが私の部屋にいるわけないだろ……」


 再度部屋の中を見る。


 ヴィリックがさっきと変わらずニコニコと微笑んでいた。あっ、手を振ってきた。

 認めよう。……どうやらこれは幻覚じゃないらしい。


 なら何故ヴィリックが(二度目)


 ……ああ、そうか。そういうことか。俺はきっと疲れすぎて自分の部屋間違えたんだな。ハハハ。


 扉を見た。……正確には扉に刻まれた数字を見た。


「ほら……あれ? やっぱり私の部屋じゃ……。 おいおい、落ち着け、シルアート。 一応、私は女子だぞ。 女の子だぞ。 そんな宿の部屋に同世代の男子が勝手に入るなんてありえないだろうが。 てかありえてたまるか! ありえないありえないありえない……」


「あら、ヴィル。 早かったのね」

「おー、リーシャ。 お帰り。 俺は一番目だったからね。 早いのも当然さ」

「奇遇ね。 私も一番目だったわ」

「へぇ。 にしては遅かったんじゃないか?そんなに手こずったのか?」

「そんなわけないでしょ。 十秒もかからず勝利したわよ」

「……」


 数秒間沈黙しながら、隣で応答される試験の結果に耳を傾けて……。


 ヴィリックが部屋にいる。

 その揺るぎない事実に。


「きゃあああああああああああ」


 宿屋中に、悲鳴が響き渡ったのであった……。


「……で何か言い残すことは?」


 あれから数十分。悲鳴を嗅ぎ付け心配してやって来たルーベや他の宿泊客に事情を話し、頭を下げ続け、ようやく騒ぎが落ち着いた頃。リーシャは腕を組んで、最初の日と同じ様、ベッドの上で正座する俺に向かって言い残すことはないか問いかけた。まるで遺言だ……。


「……なにもありません」


 身体が女とは言え、心は男の俺がヴィリックをそこまで否定することはなかったのである。

 だからそう口にすると、今度は同じく部屋の隅で正座してるヴィリックにリーシャは視線を向けた。


「ヴィルもヴィルよ。 アンタは男なんだから勝手に女子の部屋に入っちゃダメでしょ」


 その言い分だと同姓なら勝手に入ってオッケーってことになるんだけど。

 しかし、リーシャの迫力を前に押し黙る。

 余計なことは言わない方が得策だ。言ったら、まためんどくさいことになる。そう俺は学習する子なのである。


「……正直物が無さすぎて女子の部屋って実感がなかった」

「それもそうね。 分かった、全部シルアートが悪いわね」

「その理屈はおかしい」

「そ、そうだ。 シルアートが悪い」

「おい、ヴィリック!?」


 突然の裏切りに声を荒げる。


 しかし悲しきかな。どれだけ本人が無罪だと主張しても文明が発達しておらず質より量のこの世界では2対1をされたら到底敵わない。

 どれだけ言葉が正しくても、数が少ない方がヴィラン、数が多い方が正義なのである。


 これは反論するより話題をずらした方がいいな。


「……それよりリーシャはお話会するとか言ってなかったっけ?」


 俺は息を大きく吐くと、ベッドから降りてリーシャに声を掛けた。

 変な話題を持っていくと一蹴されすぐに話を戻される可能性がある。だから、たとえ自分が危惧していようがリーシャが一番食いつきそうな話題に移したのだった。

 結果は成功。リーシャはハッとすると、すぐに真剣な顔になる。


「ん? 話って何なんだ?」

「ヴィル。 シルアートは個人魔法使いだったのよ」

「……やっぱりか、リーシャの想像通りだったな」


 やっぱり?想像通り?……まるで前から知っていたみたいな物言いだな。


「やっぱりってことは気づいてたのか?」

「えぇ。 まぁ決闘実演を見る前は思念系の個人魔法じゃないかって思ってたけどね。 なんか心読まれてる感があったし」


 おそらく心眼のことを言ってるのだろう。笑って誤魔化す。


「えっ、リーシャはシルアートの決闘実演を見てきたのかい? それに思念系じゃないって?」

「まぁ見れたのは私の会場が隣だったからだから偶然だけどね。 それでシルアートの魔法は……」

「私の魔法は『氷』だよ」


 どうせ、もう入試は終わったんだし隠す意味はない。

 リーシャの言葉を遮って、あっさりと自分で暴露する。


 まさかすんなり話すとは思っていなかったのだろう。二人が目を丸めている中、俺は首を竦めるとぶっちゃけた。


「ま、入試終わったから改めて自己紹介させてもらうよ。 私はシルアート=フォン=レシアンテ。 個人魔法使いで魔法は氷。 入学目的は貴族の地位を捨てるためだ。 あ、口調がかなり違ってるが気にしないでくれ。 むしろ前までのが偽物フェイクだからな。 理由は、聞かないでくれると助かる。 お前達とは仲良くやっていきたいからな、嘘は出来る限りの吐きたくない……」


「…………えっ、レシアンテ? 伯爵の? き、貴族の地位を捨てるッ!?」

「…………間抜け間抜けとは思っていたけど、箱入り娘だったのね。 それなら常識のなさも納得するわ。 その偽物の口調の件についてもね」


 驚くヴィリックとは対照的にリーシャは極めて冷静な態度でそれを受け止めた。まぁ、女は勘が鋭いっていうしな。おおかた把握してたんだろうな。

 

「……シルアートだけに自己紹介をさせるわけにはいかないわね」

「別にそういうつもりで言った訳じゃないから言わなくてもいいぞ?」

「萎えること言わないでよ、私が言いたい気分なの。 私はリーシャ=グランファード。 汎用魔法使いだけど火の魔法を愛してるから水、風、地は使えないわ。 入学目的は……なんとなく、よ。 一応ヴィルとは幼なじみってことになるわ」


 え……汎用魔法使いなのに火を愛してるから火しか使えない?


 思いの外ぶっちゃけてきたリーシャに、何を言うべきか分からずおろおろしていると、


「つ、次は俺だな!」


 空気を読んだのか、焦ったようにヴィリックが声をあげた。うむ、空気を読めるということは素晴らしいな。


「俺はヴィリック=フォートニアス。 魔法は汎用魔法で一応全て使えるが、地が一番得意だ。 魔法以外にも剣術には多少心得がある。 入学目的は戦いの基礎を教えてもらうためで将来は冒険者になりたいと思ってる。 リーシャの言ってることは本当で一応幼なじみだ」


「「「……ブフッ」」」


 自己紹介を終えると三人は互いを見つめ合い吹き出した。


「あはははは……なんで私たち今さら自己紹介してるんだろ」

「ふふ、出会ってから結構経ってるのにね」

「本当今さらって感じだよな」


 そして一頻ひとしきり笑いあうと、キリッと顔を引き締めて俺は言った。


「リーシャ、ヴィル。 改めてよろしくな」

「やっとヴィルって呼んでくれたな。 うん。 シルア、よろしく」

「シルア、よろしくね」


 シルア。

 

 初めてもらった愛称に、うぐっと、嗚咽を堪えながらも俺は笑顔を溢して、がっしり握手を交わした。


 こうして俺はこの世界で初めての友人を作ることが出来たのだった。


「……良い雰囲気になってるところ悪いけど、流石にその口調は淑女としてどうかと思うから直しなさいよね」

「え」


 同時刻。レアクトル学園の会議室に全ての試験官が集まっていた。


「まず今年の筆記試験ですが……九十点以上が五人もいました」

「へぇ、凄いじゃない。 確か満点合格を無くすため今年から引き算を導入したのよね。 ってことは実質満点じゃない」

「いえ、実際満点は三人います」

「え、引き算は四年生から習うのよ!? 入学する前から解けるなんて……」

「ホッホッホ、ちなみにそれは誰なんじゃ?」

「上から、ヴィリック、シルアート、リーシャ。 九十点台はレグルス、アリスです」

「……そういやレグルス様が今年は入学するんだったな。 実技はどうだったんだ?」

「それはもう凄かったですよ。 相手を一瞬で黒焦げにしちゃいましたからね。 噂通り『赤竜ヴィアーズ』を倒したって聞いてもあの実力ならって納得しちゃいますよ」

「……実技と言えば、決闘場 χ の子もスゴかったんだってね。 そうそうリーシャちゃん。 彼女あれでしょ、『炎の一族イグナイト』の子でしょ」

「ワシの所のヴィリックとか言うガキも凄かったわい。 あんな細かい魔力操作、ワシには到底真似できんな」

「リューク、お前んとこのシルアートってやつも大分ヤバイやつがいたんだろ? 確か一対三十で勝ったらしいじゃねぇか」

「正確には一対三十七だな。 面白い奴だった」

「「「は? なにそのバケモノ」」」

「くっくっく、元Aランク冒険者のリュークがそこまで言うのか。 となると今年は誰が一年首席になるか分からんな」

「クラス分けは簡単に決まりそうですけどね。 聞くところによるとアリスは実技では結果を出せてないようですが」

「……さて、では。 ヴィリック、シルアート、リーシャ、レグルスの四人から今年の首席を決めることとしようか」

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