第11話
「……ん? あら、シルアートじゃない。 どうしたの?」
「リーシャだよな?」
どうしてだろうか、少し気まずい気がしてぎこちない調子でそう返す。
「それ以外誰に見えるのよ」
「ヴ、ヴィリックが変装してるとか?」
「馬鹿じゃないの? まず声の質から違うでしょ、まさかそれも分からないほど手遅れの状態になっちゃったのかしら」
この辛辣に心を抉ってくる感じ。間違いない。リーシャだ。
「何で……ここに?」
しかし、今はまだ実技試験のはず。では何故ここにいるのか。
単刀直入に、もっとも気になっていることを問う。
するとリーシャが、方を竦めながら鼻を鳴らしてきた。
「私の試験が終わったからに決まってるじゃない。 一番目だったのよ。 だから隣でやってる試合を見に来たんだけど。 ま、いいわ。 聞きたいこと山ほどあるけど取り敢えず宿に帰るわよ」
もうほとんど溶けてしまったが、隅の方でまだ少し溶け残っている氷を見るとリーシャは俺の裾を引いて歩き出した。力が強く振りほどけずに引っ張られる。
うん。今の動作で聞きたいことっていうのが大体分かった。これは帰ったら「何で個人魔法使いだって言わなかったのよ」とかヒステリックに言われるパターンだね。今はニコニコと笑ってるけど絶対内心怒ってらっしゃるよ。笑顔が逆に怖い。
「って勝手に帰って良いのか!?」
確か入試とかって個々が終わっても全員が終わるまで帰っちゃダメじゃなかったっけ。少なくても俺はそう教えてもらったんだが。もちろん言うまでもなく前世の時に。
「別に良いでしょ。 試験は終わったのよ」
「えっ、こういうのって全員が終わるまで待つのがセオリーなんじゃ?」
「なにそのセオリー。 どこで聞いたのよそんなの。 私は聞いたことがないわ。 ね、試験官。 帰っていいでしょ?」
いいわけないだろ。と思ったが聞かれた包帯仮面の試験官は深く頷くと、
「あぁ勿論だ。 むしろさっさと帰れ。 言い訳考える時間が無くなってしまう。 ほらお前達もだ」
解凍されたばかりでぐったりしてる受験者達にもシッシッと手を払った。
こんなボロボロの状態の奴らを無下に扱うとか最低だろコイツ。いや、この状態にした俺が最低なのか。どっちなんだ!?って迷うことはないな、明らかに俺の方が最低だわ。
自問自答、導き出された答えにポンっと手を打つ。それも束の間。
「ほら試験官もこう言ってるから帰るわよ」
「うぐっ! ちょっ、リーシャ!? そこ裾じゃない。 襟、襟だって……」
今度は裾でなく襟を掴まれて引っ張られた。それもかなり強い力で。
く、首が絞まる。殺す気か!?
「あはは面白い冗談言うのね。 裾と襟を間違えるなんて」
「冗談じゃねぇ!!」
「あら、喋り方が素に戻ってるわよシルアート。 帰ったらこの件もお話しなくちゃ」
「ッ!?」
抵抗したら聞かれることが一つ増えてしまった。もう抵抗するまい。と、四肢の力を抜き、引きずられていく。
……そのまま引きずられると痛いので接触部の地面をスケートリンクみたく凍らせてツルツルにして。ほら、そこは私女の子だし、絵面的にも問題あるからね。
こういう時にばかり自分の性別を盾に使う俺だった。
……てか、フツー喋り方が変わってても「素に戻ってるわよ」とか言うかね。やっぱ無口キャラが素じゃないってバレてたのかもな。女って怖いな。
贅沢に引きずられながら、本日何度目かの恐怖を抱いていると一人の少年と目が合った。
白髪の少年だ。
そういや俺はアイツは合格できるのかな。勝者が四十人中二人しか出なかったから希望はあるのだろうけど……。他の試験場がどうなってるのか分からないから天運に任せるほか無さそうだな。 ん?っとなになに?
白髪の少年は俺の視線が自分に向けられていることを気づくや否や口で何やら紡ぎ出した。
距離が離れているため声は直接届かなかったものの、その口の動きで何を伝えたかったのか理解する。
ははっ、俺は自己満足のためにやったのに過ぎないのに。なんで感謝するのかね。
「……どうしたの?」
「え、ああ。 なんでもない。 気にしないでくれ」
「そう。 じゃあ早く宿屋に帰りましょ」
「ああ」
「で帰ったらお待ちかねのお話会ね」
「……ああ」
嫌だな。帰りたくないな。
これから宿に帰ったら来てしまうお話会に絶望しながらも、白髪の少年を思い出していた。
ありがとう。前世で一番欲しかった言葉。欲しかったが決して手に入れることが出来なかった言葉。
それを白髪の少年は確かに口にしていた。そして、誰よりもその言葉を渇望していた俺が見間違えるはずがなかった。
まさかこっちに来てすぐ言われるとはね。それに……リーシャもヴィリックも良い奴だし……まだ一緒にいたいなぁ。
……試験、皆合格してるといいが。
入学試験の終わり。正午の鐘が鳴る中、
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