第10話
「えっ、本気でやるのかよ?」
「一対三十七なんて話になるわけねぇだろ!?」
「これっていじめになるんじゃないの?」
「勝った瞬間脱落とかやめてよね!」
試験官の判決に周囲がどよめく。
いやいやさっきまで思いっきり差別してたくせになに言ってやがる。いつもならそう考えていただろう。だが今の俺にはそんな余裕はなかった。
それら全て無視して先に決闘場へと足を踏み入れる。
内心の焦りを悟らせないように。……そう内心めちゃくちゃ焦っていた。
やっべぇ!?確かに空気が前世のアレに似てたからって調子乗りすぎた!一対一でも自分の力がどこまで通用するのか分からないのに一対三十七ってなんですか!?いやー、勢いって怖いね。若気の至りとか言って犯罪に手を染めちゃった人の気持ちが今なら分かるよ。……どうやって上手に負けようかな。出来る限り接戦で負けた方が格好が付くんだけど、この人数差だしな。速攻で負けても何にも言われないだろ。速攻で負けよっと。
とか色々負ける手段について画策していた。何とも情けない話である。口先だけの女、それが俺だった。
だが、そんな考えもすぐに一変する。
「ふーん。 意外と可愛いじゃねぇか。 どうだ? 落ちたら俺の愛人候補にしてあげてもいいぜ?」
「おい、まてよ! なぁ君、こんなやつの愛人になるより俺の妻に……」
「はっ、それはいきなり重すぎるだろ? 馬鹿だなお前たち。 まずは付き合いからだろ。 ってことで俺と付き合ってみない?」
決闘場へ遅れて入ってきたと思ったら人の事をじろじろと下賤な目で舐め回すように見た後、我先にと開口一番にナンパ。
「ちょっとッ!?」
「うわー、男子キモすぎ」
「引くわ~」
そんな男子をディスる女子達。
……舐めてるのか。あとどうでもいいことかもしれないけど文明の割には言語発達しすぎじゃない?正直ウザいんだけど。
ていうか……
「勝負はまだ始まってないが、もう勝ってる気なのか?」
「はぁ? 逆にどうやったら負けるって言うんだよ?」
「負ける光景が想像出来ねぇよ」
「それ言えてる~」
聞くとギャハハハと笑い出した。
コイツら完全に舐めてる。それにコイツらの目、俺をいじめてた連中を連想させて気に食わない。こりゃ速攻で負けるのはプライド的に無理だな。
前言撤回だ。勝てなくてもせめて一泡吹かせてやる。
既に勝った気でいる彼等に度肝を抜かせてやりたい。少なからずそんな思いが生まれた。
まだ俺にそんな感情が残ってたのか。自分に驚きつつ、ニヤリと悪そうに笑う。
いいだろう。試合には負けるかもしれないがが勝負には必ず勝ってやるよ。
「では始めッ!!」
合図と共に接近する相手を視界に入れ、俺は全力で魔法を行使した。
◇
これは本当に現実なの!?
屋外決闘場ψに配属されていたもう一人の試験官、レストアは目の前の光景に思わず自分の目を疑った。だが服を突き抜けるような凍てつく冷気にその考えはすぐに消えた。
事の始まりは、試験官のリュークがいつもの悪乗りで一対三七の試験を始めたことだった。
それまでの経緯は少女がリュークに耳打ちで話していたため分からない。唯一分かったことはリュークが何故か演技をしているということだけだ。しかし、それは長年試験官として相棒を務めている自分だから分かる芸当であって少女は恐らく演技に気づいてないと思われた。
いや、そんなことは今はどうでもいい。
問題は目の前の現状だ。
レストアは決闘場を再度見つめた。
「な、なんだよ……ばけもんすぎるだろ……」
「うぅ……個人魔法使い……」
受験者達が呻き声を上げる。
だが、彼らは運が良い。心の底からそう思う。それは嫌みではない。なぜなら……
……ほとんどの受験者達は、すでに決闘場の上で氷の彫像と化しているのだから。
それに比べたら本当に運が良いと言えるだろう。
「いやー本当に三十七人相手に勝っちまったな」
いつの間にか結界を解き、隣に立ったリュークが楽しそうに笑いながら告げた。
「笑い事じゃないですよ。 これどうやって上に報告するんですか!?」
「まっ、何とかなるだろ。 それよりこの決闘場、元に戻るかな。 俺『火』は苦手なんだよな。 おーいシルアート。 これ戻せるかぁ?」
決闘場の真ん中で自分が作り上げた凍土平原をぼおっと眺めているシルアートにリュークは声を掛けた。
◇
なんだこりゃ……。
俺は目の前の光景に唖然としていた。
まさに氷結地獄。地面は全て氷で覆われており、所々に受験者の氷像と霜柱が連なっていた。
いや、霜柱と言うのは正しい表現ではないだろう。
霜柱は長さ数ミリ~数センチまでの規模を表す。だが目の前の氷は数メートルを軽々越えていた。
これは霜柱ではなく地面から出てるが氷柱だな。……しかし、まさかここまでの威力があるなんて思いもしなかった。それに反動も凄いな。やっぱ魔力だけじゃ魔法を使う代償にはならないってことか。にしても動きにくい……。
自分の全身を覆う霜を手で払って、周りを見渡す。
途中何名かと目が合うが、彼らは悲鳴を小さくあげ下を向くだけでなにも言わない。時折、ばけもんだとか声が聞こえたが、やはり振り向くと怯えたように下を向くだけだった。
すっかり恐怖の対象か。てかアイツら大丈夫か?……死んでねぇよな。
半身が凍りついてる連中は生きてるのがわかるからいい。だが全身が凍りつき氷像と化した連中の生死は不明だ。元より殺すつもりなんて全くなかったので死なれると困る。
そう心配していると試験官から声をかけられた。
「おーいシルアート。 これ戻せるかぁ?」
これとは多分決闘場を覆う氷のことなのだろう。
聞くって事は、もしかしたら戻す方法があるのかもしれないが、今はそんな方法知らないし戻せるわけがない。
だから、首を横に振ると、
「私に任せなさい!」
なんて威勢の良い声と共に業炎が決闘場を包んだ。それは白髪の少年が放った火魔法とは比べ物にならないぐらいの火力で氷を溶かしていく。
あれだけの冷気に包まれた試験場はものの一分で熱気に包まれた試験場へと変わっていた。氷像になってた者が次に次にと解凍されていく。
そして全ての氷像が解凍され終えた所で、隣で炎柱があがった。
否、よく見るとその炎の中に一人の少女の姿があった。
紅蓮のように燃える赤い髪の女の子である。
俺は呆然と口を開いた。
「リ、リーシャ……?」
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