第8話

 わー、試験問題かんたーん。難しいのでも二桁足す一桁の足し算とか舐めてんのこれ?


 別れてから数時間、約束通り夕飯の時間に呼びに来たルーベに連れられ食堂でご飯を食べ、満を持した状態で模擬試験に向かった俺は目の前に出された過去問だろう手書きで書かれた問題用紙の簡単さに唖然とした。


 万歩譲って、文明の発達が遅れてるからそれに伴って知識が乏しいのは分かる。だけど、最難関校が足し算ってどうなのよ。掛け算とか割り算までは言わないからさ。せめて引き算ぐらいだそうよ。


 模擬試験会場となるヴィリックの部屋には、リーシャとヴィリックと俺の三人しかいない。勧誘はどうやら失敗したみたいだ。リーシャの不機嫌そうな顔を見ると心眼を使わずともそれぐらいは分かる。……断られたからって誰も殺してないよな。言葉で言うと安っぽいが信じてるぞ!信じてるからな!?

 

 そんな感情が込もった目で、横で過去問を解くリーシャを見つめていると、その視線に気づいたのかリーシャは、チラッと俺…ではなく俺の解答用紙に目をやって。


「あれ? シルアート、全く手が動いてないけど大丈夫?」


 言われて、自分が解答用紙に何にも手を付けてないことに気づく。


 こんな簡単な問題を解くことは、言っては悪いがぶっちゃけ勉強ではなく手を動かす作業のようなものなので資源の無駄遣いな気もするが、流石に模擬試験をやってもらっといて解かないのは目覚めが悪い。


 リーシャから借りた羽ペンを手に取り、パッパッパッと暗算で解いていく。問題は十問程度だったのですぐに終わった。


「え、あ、暗算……!? 方程式を使ってないって……しかも全問正解だし。 どんな解き方したのよ!」

「……普通に解いただけだけど」

「嘘おっしゃい!」

「……えぇ」


 解く姿を見ていたのか隣でリーシャが声を震わせながらそう言うが、逆に二桁足す一桁の問題をどういう方程式で解くのか教えてほしい。


「……シルアート」


 と、今まで傍観を貫いていたヴィリックがユラリと目の前に肩を掴んできた。その形相は爽やかから一変、目が血走り鼻息が荒くまるで薄い本の登場人物みたいになっている。正直怖い。


「……な、なに?」

「さっき、普通に解いただけだって言ったよな? ……ってことは俺にもその解き方が出来るってことか?」


 足し算の暗算が出来ない人なんて知的障害を持つ人以外いない気がする。小学一年生でも出来るんだから。


「……まぁ出来るんじゃないかな」


 即答すると、ヴィリックは身を乗り出して言った。


「お願いだ! 俺にその解き方を教えてくれないか!」


 えぇええ。なんで俺がそんなめんどくさいことをしなければならないんだ……。悪いが丁重に断らせて……。


「ちょっ、ずるいわよヴィル! シルアート、私にも教えてちょうだい!」


 おっと、リーシャまで興味を持ってしまったか。じゃあ断れないな。断ると殺されかねないし。


「……分かった。 教える、教えるから少し離れて!」

「ありがとう! じゃあ悪いが早速お願いするよ!」

「期待してるわよ! シルアート先生」


 はぁ。なんでこうなったんだろう。やっぱ参加しなければよかったな。得られたものは殆ど何にも無かったし。収穫は筆記試験が簡単だったって分かったことだけか。


 はぁ、再度ため息を吐くと、俺は二人に勉強を教え始めた。


 これは何の罰ゲームだろうか。

 俺は手で目を覆い貸しつつ、こうなった原因である先ほどの会話を思い出す。


 ーーー回想中ーーー


「そういえば、シルアート。 貴女身体洗った?」

「……え、いや洗ってないけど」

「そう、なら丁度良いわ。 私も洗ってないの。 一緒に洗いっこしましょう」

「OK!」


 ーーー回想終了ーーー


 あああ!!なんで俺はあの時断らなかったんだぁぁ!!しかも迷うことなく即答って………俺はあれか、ロリコンだったのか!?いや違うよな!?リーシャだったから……断ると殺されると本能が危険察知したからだよな!?うん、そうだよな!?


 思わず頭を押さえる。


「シルアート? どうしたの?」

「……い、いやなんでもない」


 浴室から聞こえてきた声に俺の心臓は跳ね上がる。

 ちなみにここはヴィリックの部屋なのだが部屋主は一足先に退散済みだ。ていうかリーシャが追い出した。正直羨ましい。前世の時は女子と身体を洗うってことに少なからず憧れたわけだが、身体が女になった所為か、今はそんな感情はなくただひたすらに恥ずかしい思いが募っていた。


「なら早くその服脱いで入ってきなさい。 脱がすわよ」

「ひぃいい」


 リーシャが言うのだ。このまま停滞していたら絶対に脱がされる。

 それだけは御免だと、さっきまでの躊躇いが嘘のように俺は服を脱ぎ一糸まとわぬ姿で浴室へ飛び込み………。

 リーシャの姿を見て……。


「……あ…う」

「ちょっ、シルアート!? 顔が真っ赤よ!? 入る前からのぼせるってどういうことよ!? 誰かー!?」

「おう! 呼んだかリーシャ! っておおおおおおおおおお!!!」

「サラっと入ってくるんじゃないわよ! 出てけ馬鹿ヴィリック!!!」

「ぐは…………」 


 心まで女子にはなれそうにないと思った。


 そして時は進み四日後、レアクトル学園の入学試験日当日を迎えた。


 朝早くに宿を出て、歩いて学園に向かう。王都に着いてからは宿に籠りっぱなしだったので学園の場所は分からない。が、自信満々に隣を歩くリーシャとヴィリックに付いていけば問題はないだろう。まぁ、自信満々なのは分かるけどな。あれだけ苦労してた足し算を簡単に解けるようになったどころか掛け算まで解けるようになったんだから。そりゃ自信でるだろ。苦労して教えた甲斐があるってもんだ。


 なんて考えてるとすぐに学園に着いた。元々学園の近くの宿を取っていたのだろう。まさか五分未満で着くとはな。王都の町並みを探索したかったんだが、まぁ、それはいつか出来るだろう。そんなことより、デカすぎじゃねこの学校。人も多すぎだし。まるでゴミのようだってね。


 到着した学園は、想像を越える大きさだった。巷で言うマンモス学校的な。俺が通ってた私立校の十倍位の広さは軽くある。

 一学年二百五十人の六年制で且つ全寮制だから単純計算で計千五百人が学園で暮らしてることになるから、まぁ、この広さが妥当なのか。……何年通ってもこの学園を完全に把握できる気しないな。学年問わず迷子が多いんじゃないかこれ。


 門の前の案内板を見ながら唸っていると、リーシャが気持ちは分かると言わんばかりの表情で肩をポンポンと叩き、


「じゃあ試験会場へ行くわよ」

「まずは筆記からだったね。 シルアート、ここは人が多いからね。 はぐれないようにしてくれよ」

「……ん」


 遂に俺も人混み……文字通り人ゴミの一員になりにいかなくてはいけないらしい。あー、やだ人酔いしそう。


 ところで、なんで俺は子供扱いなんだろうか。俺の方が精神年齢は上のはずなのに。


 色々と腑に落ちないが、二人の後に続いて人ゴミ箱……試験会場へと向かった。

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