第7話
「……で、ヴィリックとリーシャは何しに来たの?」
心眼を使ったことで二人が何を目的にここに来ていたか知っていたが、まだ口では聞いていないことを思いだし確認の意を込めて聞いてみた。
すると二人は何を今さらと笑っていたが、間が空いて。
「そう言えば俺達何の話もしてないじゃないかッ!!」
「自己紹介だけして全て終わったつもりでいたわッ!!」
うぐぐ、と呻き、仰け反り頭を抱えだした。
良いリアクション、グッジョブ。こっそり親指をたてる。
はっきり言って責任はペースを崩した俺にあるが、知らん顔をする。
「……で、何しに来たの?」
再度追求すると、先に立ち直ったヴィリックがばつが悪そうに頬をポリポリ掻いてはにかんだ。
「先に確認なんだが、この時期に宿に一人でやって来たってことは、シルアートはレアクトル学園に受験するんだよな?」
「まぁ、うん。そうだね」
なるほどね。確かに、この時期に宿に一人で来るような子供はレアクトル学園の受験者ぐらいだよな。エレアドル学園の受験は保護者同伴だし。何故二人とも俺がレアクトル学園に通うと知っていたのか、心眼を使ったときから疑問に思ってたが、そういう種があったのか。
「やっぱりレアクトル学園に受験するのね!」
「うん」
「そんな貴女にビッグニュース! 何を隠そう私達も受験するのよ!」
「……そうなんだ」
そう言って胸を張るリーシャ。だが、それは既に知っていた情報なので、どう反応したらよいのかわからず、ぼそぼそと応じた。
その反応が気に食わなかったのかリーシャはぷぅっと頬を膨らませる。
「うー。 あんまり驚かなかったわね。 どこかで気づいていたの?」
「いやその……」
ごめんなさい。ホントは貴女の名前を知る前に知ってました。あなた方をすぐに部屋に連れ込んだのもそれが理由です。
何て言えるはずがなく、笑って誤魔化す。
しかし、リーシャはその反応に何か感付いたのかピンと目を光らせて。
「まさか。 シルアート、貴女は---」
「待て、リーシャ。 受験前に同じ受験者の素性を詮索するのはマナー違反だよ。 それより今は優先して話すことがあるんじゃないか?」
「---そうね。 ごめんなさいシルアート」
「……別にいい」
リーシャが一体何を言おうとしたのか気にならないでもなかったが、謝罪を受け入れる。
と、そこでヴィリックは流れを断ち切るが如くパンパンと手を叩いた。
「じゃあ話を戻そうか。 確か俺達がここに来た理由だよな? これは本来なら自己紹介する前に言わなくちゃいけなかったんだろうけど、まぁ過ぎたものは仕方ないか」
仕方なーい仕方なーい、とあっけらかんに笑ってヴィリックは切り出した。
「単刀直入に言わせてもらう。 受験までの残り四日間、俺達と模擬入試しないか?」
二人がレアクトル学園のことで訪ねてきたことは知っていたが、二人の意識がその事と自己紹介で埋め尽くされていたため詳しい内容は知らなかった。そのため少なからず動揺する。
「………模擬入試ってことは入試がどういうものなのか知ってるの?」
「ああ、知ってる。 って言っても、毎年同じだから今年も同じだろうってあくまで推測だけどね。 例年通りなら、今年も筆記と受験者同士の決闘実演で決まりさ」
「……筆記あるの!?」
「逆にないと思ってたのか!?」
しまった、誤算だった。異世界だから実技試験しかないと思っていた。よくよく考えれば優秀な人材集めるのに筆記が無いわけないよな。ハッハッハ、全く勉強してないけどこれ大丈夫なんだろうか。いやまて、そもそもの話筆記具持ってきてないぞ。無記名白紙で出して受かることができるのだろうか。俺が採点側だったらコイツナメてるって即落とすんだが……。
固まっていると、リーシャが不思議そうな顔で覗き込んできた。
「どうかしたの?」
「……リーシャさん」
「なに?」
「……私筆記具持ってきてない」
「何やってるのよ……どこか抜けてるとは思ってたけど想像以上ね」
リーシャはため息交じりに肩を竦めた。てかまだ知り合って一時間も経ってないだろ。そんな短期間でそう思わせるほどに間抜けな行動してたのか俺。自覚ないのが地味に怖いんだけど。あぁ怖い怖い。
「だけど、大丈夫よ。 魔法で小細工されないようにって筆記具は試験会場で貸し出しされてるから。 むしろそれ以外の筆記具を使ったら反則だから気にしないでいいわ」
「!!」
どうやら首の皮一枚繋がったようだ。これでたとえ零点だとしても無記名白紙提出は免れれる。ギリギリまで焦らすスタイルは感心しないが、ホッと息を吐く。
「で、どうだ。 模擬入試、やってみないか?」
タイミングを見計らっていたのだろうヴィリックが、ずいっと割り込んできた。
「……模擬入試って筆記とその決闘実演をやるってこと?」
「いや、俺達がやるのは筆記だけさ。 決闘実演なんてやったら相手に手の内を見せることになるし、万が一当日決闘相手として当たったとき手の内を知られてるとなると結構キツイからな。 その点、筆記なら問題ないだろ?」
……よく考えてるな。ホントにこいつ十歳か?レアクトル学園に今年受験するのだから十歳に決まってるのだがやけに大人びてる。
ははーん。さては背伸びしてるな。背伸びしたい年頃なんだな。
まぁ俺もリーシャも外見だけは美少女っていっても過言じゃない容姿してるしな。外見だけは……。内面は聞かないでくれ、将来有望な隠れSとムッツリ男子だから話になんねぇ。
……天は二物を与えずって誰が考えたんだろう。核心突きまくりじゃねぇか。
「……ちょっと考えさせて」
俺の魔法上、どう考えても『火』の汎用魔法と相性が悪く、性質を知られると『火』だけを使われてしまい敗北に繋がる可能性が高くなってしまうので、もし決闘実演をすると言ったら断るつもりでいたが、筆記だけなら断る理由はない。あの自信ありげな様子から試験範囲も押さえているだろうし、デメリットどころかむしろメリットだらけだ。
だから参加しても良いのだが、即答はプライドがね。あれだよ、あれ。仕方ないからやってあげよう的な空気になるまで……って、ちょっとリーシャさん?何で手に魔力込めてるのかなぁ?なに断ったら打つ的な展開なのこれ?選択肢なんてないんだけど、人権迫害なんだけどなぁ。……あー、もしかしてこの世界では人権ない感じ?だから気に食わなかったら打ってもいい的な?なにそれ怖いんだけど。デンジャラスすぎるだろ。
ブルッ。身体が大きく身震いした。
「やらないの?」
リーシャは悲しげに目を伏せると、きゅっと自分の胸元を押さえる。もう片方の手では今にでも暴発しそうなほど魔力が込められていた。多分抵抗しなければすぐに爺さんに会うことになるだろう。直感がそう告げている。
「シルアートなら一緒に勉強してくれると思ったのに……」
「分かった! やる! やらせて!」
言うと、ヴィリックとリーシャは嬉しそうに顔を見合わせてハイタッチした。良かった、魔力は引っ込めてもらえたようだ。俺も喜ぶ。
「シルアートならそう言ってくれると信じていたよ! 一緒に合格しよう!」
「そうね、皆でレアクトル学園の門を潜りましょう! で今みたいに皆で仲良く学園生活を送りましょう!」
ッ!?今みたいな駆け引きが六年間ずっと続くだと!?やっぱ打たれてでも断った方が得策だったかも。
「じゃあシルアート、俺達は他の受験生たちにも声かけて来るから一旦ここでお別れだ。 そうだな、時間的には夜飯食ったらでいい。 そしたら俺の部屋に来てくれ」
「……ヴィリックの部屋?」
「あぁ。 ここの隣の部屋だぜ! さてまた後で会おうな。 じゃあな!」
「あっ、ちょっヴィル! ゴメン、シルアート。 また後でね」
嵐のようにこの部屋から出ていくヴィリックとリーシャを、俺は姿が見えなくなるまで見送った。
おやおやあんなに張りきって……殺傷事件が起こらなければ良いけど。知り合ったばかりとはいえ知り合いが容疑者とか洒落になんないからやめてくれよ。やめてくれよな!?
と、まぁ、そんな感じで数日間であるが、受験勉強シーズンは幕を開けたのだった。
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