第6話

 自室は意外と広かった。例えるならホテルのツインルーム同じくらいだろうか。


 部屋には簡素にベッドと椅子と机、クローゼット、洗面台があり、当然ながらテレビや冷蔵庫、洗濯機など電化製品はなかった。何故洗面台があるのに電化製品はないのか、謎に尽きるが。

 いや、よく見れば洗面台にも浴室にも水道がないから変に文明が発達してるってわけではないのか。もしくは、水道は既にあるが大抵の人は汎用魔法で水出せるから水道を付けなくてもいいと考えたのだろうか。

 後者だった場合、少しは個人魔法使いのことを考えてほしい。


 ……などと言いたいことはたくさんあるが、ひとまずそれは置いといて、とりあえず荷物を整理することにした。


 考えたら即実行、早速シルアートは荷物を整理し始める。と言っても衣類の替えを無造作にクローゼットに突っ込み、洗面具を洗面台の脇に置くだけだったのでかかった時間は数十秒程だったが。


 一分も経たずやることを終え、ベッドにドサりと倒れ込む。


「うん、なかなか良いベッドだな」


 家のベッドと比べてここのベッドは多少固い。比べてるのが伯爵家のベッドと宿のベッドだから差は出るだろうけども、違和感を多少に抑えているのは流石王都の宿ってことか……ぼんやりと思索に耽っていると。


「ごめんくださーい!」


 コンコンとノック音が聞こえ、瞬時にベッドから飛び降りる。


 誰だ?


 一瞬、ルーべが何か言い忘れそれを伝えに来たのかと思ったが、声が少し高すぎる気がする。ルーべはもっと低いアルト声だった筈だ。


 そんな疑問を抱きながら扉の前に立つとすぐに心眼を使った。


 心眼は相手の目を見なくても、半径十メートル。そこに入ったものの心を読むことが出来る。


 悪戯ならともかく、理由があってノックした者が扉から十メートル以上も離れている訳がなく、その者の心を読んだ俺は……。


「ええっ!?」

「おおうッ!?」


 ---すぐに扉を開けて、前に立っていた二人の手を掴み部屋に招き入れた。


「いきなり訪ねた俺が言うのも変なんだけど、不用心すぎるよ。 君は可愛いんだから、訪ねたのが俺たちじゃなかったら危ない目に合ってたかもしれないよ」


 いきなり手を掴まれ部屋に連れ込まれた二人のうちの一人、茶髪を逆立てたような髪型の少年は自己紹介をする前に注意してきた。


 ……どうやら俺は可愛いらしい。鏡がないから確認できなかったが、年頃のヴィリックが言うんだ。間違いないだろう。

 ま、それがお世辞かどうかはおいといて、とりあえずブスじゃなくてよかった。


「そうね、ヴィルの言うとおりよ。 一体どういう教育を受けてきたのかしら」


 茶髪の少年に同意するように赤髪の少女も呆れたように息を吐く。


 初対面だと言うのに散々な言われようだが、心眼を知らない二人にとっては余程変な行動だったのだろう。本気で心配していることがわかる。


「ごめんなさい」


 かと言って心眼の詳細を話すわけにもいかないので、ベッドの上で正座して頭を下げることしか出来なかったが。

 どこか気まずい雰囲気が漂い始める。


「ま、まぁ、失敗は誰にでもあるさ! 次から気を付ければいいさ! てか、それより今さら感すごいんだけど自己紹介しようぜ? なっ!」


 そんな雰囲気を感じたのか、茶髪の少年は話をあからさまに変えると明るく振る舞って続けた。


「俺はヴィリック。友人からはヴィルと呼ばれてるが、ヴィリックでもヴィルでも呼びやすい風に呼んでくれ。好きなことは鍛えること。こう見えて結構筋肉付いてるんだぜ?」


 そう言ってヴィリックはマッスルポーズを決めた。

 しかし、悲しきかな。服の上から筋肉が見えるはずがない。まぁ男の肉体なんて見てもしょうがないし、むしろ見たくもないので何も言わないが。


 どうやら赤髪の少女も同じ気持ちらしい。冷ややかな目をヴィリックに向ける。


 しかし、ヴィリックは自分に向けられた冷たい目に全く気づかず、やがて満足したのか深く息を吐いてちょこんと机の近くに配置してあった椅子に座った。


 先の一件から馬鹿そうに見えたが流石に常識は持ち合わせてるようでベッドに座るなんてことはしなかった。


「じゃあ次は私ね。 私はリーシャ。 リーシャって呼んでちょうだい。 好きなことは特にないわ」


 簡単な自己紹介を終えた、リーシャと名乗った少女は、大きく伸びをしてドサりとベッドの上に大の字で転がった。


 常識がないのはリーシャの方だったか。それにしても初対面の男のベッドに転がるなんてアウト~!!……って今私、女やないかーい!ならセーフなのかセーフなのか!?


 などと脳内で盛り上がっていると、リーシャが遅い!と咎めるような視線を向けてきたので慌てて思考をリセットして自己紹介をする。もちろん貴族だとばれる可能性を考慮して家名は言わずに。


「私はシルアートです。 よろしくお願いします」

「固い!」

「確かに固いな。 よしシルアート、敬語はやめようか!」


 ダメ出しされてしまった。敬語をやめるとかどうすれば良いのだろうか。敬語しか女子らしい言葉なんて使えないのに……。


 こうなったら潔く前世の口調でいくか?いや、ダメだ。貴族の地位を捨てれてない内にそんな話し方をしたら、そしてそれが親に知れ渡ったら、心配した父親に領土まで連れ帰されてしまうかもしれない。あの父親なら有り得る。それだけは嫌だ。


 俺は頭を抱え、記憶の海へとダイブした。

 

 思い出せッ!昔見たアニメのヒロイン達を思い出すんだ。その喋り方を真似しても自分がダメージを受けないようなヒロインを思い出せぇえええええッ!


 そして長い、長い葛藤の末、遂にあるキャラに辿り着いた。そう、言うなれば無口キャラというものに!


「……私はシルアート。 よろしく」

「え、あんなに葛藤してそれ? ま、まぁいいわ。 よろしくねシルアート」

「妥協ラインギリギリだな。 よろしくシルアート!」


 何故か無口キャラは酷評だったが、ボーダーを越えたので良しとしよう。

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