第4話

 ま、眩しい。

 瞼の奥からでも感じる光に思わず仰向けからうつ伏せへとを姿勢を変えようと身体を動かす。


 ザワリッ。

 何かが身体に触れた。


 これは何だ?

 手を動かして確認してみる。何やらチクチクした感触だ。試しに引っ張ってみることにした。


 ブチッ。簡単に千切れた。何だ……草か。あれ、草ってことはここは外なのか?何で俺は外なんかで寝てたんだ?


「ってどこだよ、ここ」


 目が覚めると、そこは緑広がる草原だった。

 否、立ち上がり辺りを見渡すと背後に白いレンガ造りの大きな家が合ったので草原ではなく庭なのだと理解する。


 しかし、何故ここに至ったのか。理解が出来ない。とりあえず状況を確認しておこう。


 自分は、片桐天音、十四歳の中学二年生、違う、私は、シルアート=フォン=レシアンテ、十歳。


 とそこまで考えて思考をストップさせた。


 いや待て。誰だシルアート=フォン=レシアンテって。俺は何を考えてるんだ!?どう考えても日本人の名前じゃないだろうが。落ち着け、一旦落ち着くんだ。ステイクールステイクール!よし落ち着いた。落ち着いたよな!?うん、大丈夫だ。じゃあもう一回いってみよう!

 

 俺は片桐=レシアンテ、レシアンテ。セントレア王国の伯爵家………、って、はぁ!?余計ややこしくなった。

 何だ片桐=レシアンテって、どこの国のハーフだよ俺は……ぐっ!?何だ、頭が、痛い。


 唐突に始まった頭痛に堪えれずその場にペタンと座り込む。

 何十分続いただろうか。体感では一時間ぐらいだったが実際には何分か分からない。一分だったかもしれない。が、とにかく長く感じた。


「あぁ。そうだ、俺は転生したんだった---な!?」


 頭痛が終わり、記憶を取り戻した天音、この世界ではシルアート=フォン=レシアンテは自分の身体を見て絶句する。

 

 まず第一に目に入ったのは自分の服装。完全にゴスロリだった。とてもじゃないが男が着るものとは思えない。いや、十歳の男児ならまだイケるかも知れない。

 だが、次に目に入った肩まで下がっている銀色の髪に顔が引きつった。果たして一般男児がここまでツヤのある髪を持っているだろうか、と。

 もしかしてこの転生体はそういう趣味をお持ちだったのだろうか。


 そこまで考えて、ようやく俺はジジイの言葉を思い出した。爺さんは性別を女性にするとか言ってたような。


「………」


 嫌な予感がしてバッと自身の股関部に手を当てる。


 そして


「ぎゃあああああああっ!!」

 

 発狂した。


「どうしたのです! お嬢様!」

「な、何でもない!」

「ですが今の悲鳴は」

「何でもないと言ってる!」


 悲鳴を嗅ぎ付けてかすぐに黒の燕尾服を着た使用人らしき人がやって来るが、まさか詳細を話す訳にはいかず、結局俺はその日、自分の部屋に閉じ籠り泣き寝入りをした。


 一ヶ月後、少し文明は古いものの豪勢な食事や壮大な浴室といった前世からすれば規格外とも言えるレシアンテ家の生活にも慣れ始めてきたその日。

 俺は父親であるウォンバスター=フォン=レシアンテに呼び出されて書斎にいた。書斎に他の人がいないことからどうやら一対一の話らしい。


 何を話すんだろうか?


 転生してからウォンバスターとは全く話していなかったのでこうして面を向かって話すとなると緊張する……わけでもないがめんどくさいので、こういうのは是非ともさっさと終わらせてほしいものだ。


「来たか、シルアート」

「はい、お父様。 で、今日は一体何の件でわたしをお呼びになられたのでしょうか」


 一人称が俺から私に変えたのは、第三者に転生を悟らせないためであったが、何しろ前世でも私なんてほとんど使ったことがなかったので若干イントネーションがおかしくなってしまった。

 まあ、ウォンバスターも気にしてないようだったから良いけど。


「うむ、分かっているだろう? 前々から話していたあの件についてだ」

「なるほどあの件についてですか」


 ふむ、分からん。

 全く分からないので知ったかぶりをしておいて、急いで記憶を反芻する。

 

「あぁ、お前も先週の誕生日で十歳になったからな。 丁度、来週レアクトル学園の入試がある。 だから明後日にでも出発してもらおうと思うのだが」


 王立レアクトル学園。それはセントレア王国の王都にある全寮制六年制の名門校で、身分は関係なく王族だろうが貴族だろうが平民だろうが奴隷だろうが能力があれば誰でも無料で入学でき、一切金はかからず学園生活を送れる……が能力がなけれな王族だろうが躊躇なく落とす完全実力主義を掲げている。また、卒業後は必ずCランク冒険者のライセンスが貰え、すぐに冒険者として世界中を駆け回ることができる。


 と何かの表記を覚えていたのか説明文ごと思い出した。


「え? レアクトル学園ですか? エレアドル学園じゃないので?」


 エレアドル学園とは、同じく王都にあり王族や貴族が通う学園だ。ただしレアクトル学園とは違い三年制で能力がなくても金を払えば入ることができるーーー

 一応俺は伯爵家の長女である。また、上には二人兄がいるがどちらもエレアドル学園に通っていたことから、俺も同じようにエレアドル学園に通う筈だったのだが。


 あの件とか言っといて全然的外れな件を話すのはどうかと思うんですけど……


 それはさておき、疑問を口にすると、ウォンバスターは眉を細めて神妙な顔を作った。


「実はな、シルアートも知ってると思うが第二王子のレグルス様がレアクトル学園に入学するつもりらしいのだ」

「それが何か? わたしには関係ありませんよね」


 そもそもレグルスって誰だよ。記憶を反芻しても分からないぞ。知ってると思うがって言うぐらいならちゃんと教えとけよ。自分が知ってることを何でもかんでも人が知ってるなんて思うなよ!


「あぁ、確かに関係ない。 だが、私としてはコネは早いうちに作っといた方が良いと思うのだよ。 それに平民と交わることも勉強になるだろうしな」

【多いに関係あるだろうが! 貴様は私の駒なんだ! 黙って私の言う通りに従え!】


「……」


 おおお、ギャップすげぇなオイ……。


 心眼は常駐発動してるわけではない。当然だ。元々備わっている機能とは言え膨大な力には代償が付くものなのだから。

 事実心眼を使うと目が少し痛くなる。また時間が経つに連れ痛みはどんどん増加していくため長い時間発動することも出来ない。だから余り多様するものではない。


 だが、それを踏まえて心眼を使った。そして心を読んだ俺は自分を物としか考えてないウォンバスターに怒りを通り越して内心呆れる。


「なるほど、分かりました。 合格できるかどうかは分かりませんが精一杯頑張らせて貰います」

「心配はいらん。 最難関らしいがシルアートの個人魔法だったら余裕だ。 話は以上だ。 部屋に戻ると良い」

「そうですね。 では失礼させてもらいます」


 まさか父親がこんなのだとは思わなかった。前世での優しい両親を知ってるが為に失望が大きい。俺に聖書を与えてくれ、新たな世界を教えてくれた父親が恋しいよ。まぁそんな両親がいても幸福を感じなかった俺も相当なんだが。


 なんて考えながら、ペコリと頭を下げると薄っぺらい笑顔を振る舞って書斎を後にした。


 書斎を出て部屋に戻った俺はベッドの上に大の字で転がった。そして天井に手を伸ばして笑う。


 クソみたいな親で良かったと。これなら何の罪悪感も持たずに貴族をやめれる。


 レアクトル学園は先程も言った通り、能力がある人だけを集めた学園だ。つまり入学できるのは将来有望な人だけ。そのため身分による差別、苛めがないように入学後から国命で全ての地位を返上することになっている。そして、それは卒業後冒険者となった時も然り。

 何が言いたいかと言うとレアクトル学園に入学すれば俺は伯爵の娘という地位を捨てることが出来るということだ。


 ウォンバスターはきっと気づいてない。そうでなければ利用価値がある自身の長女を簡単に手放したりはしないだろう。

 第二王子であるレグルスが何故地位を捨てるのかは分からないが、おかげで合法の手段で楽々と堅苦しい貴族の地位を捨てることが出来そうなのでナイス!と会うことがあったら礼を言わせてもらいたい。そして共にウォンバスターにざまぁぁあっと中指を立ててもらいたい。

 夢が膨らむ。


 だが、何にせよ合格しなければ何も始まらない。


 絶対に合格しないとな。


 俺は自分の手の平に魔力を集中させた。刹那、小さな氷礫が手の平に生み出される。個人魔法である『氷』が発動させたのだ。


 悪くはないと思う。だが良くもない。微妙のラインだ。

 個人魔法は当たり外れがあると言っていたが、これはまぁまぁ当たりなのではないか?初めて魔法を見たとき少なからずそう思った。だが、『氷』は『火』に弱いし、なにより『氷』は『水』の派生系だ。ならどう考えても『水』の方が強い。……つまり『氷』は『火』『水』『風』『地』の四つを使える汎用魔法には滅法に弱い、ということだ。

 対策をされ『火』を使われれば無論勝率は極端に下がるだろう。

 もし入試が対人戦とかなら対策される前に勝利を収める必要がある。


 幸い、ウォンバスターは隠匿主義らしく個人魔法の存在をおおっぴらにしていない。不意を付くのは後味が悪いが、こちらも都合がある。申し訳ないが、全力で不意打ちさせてもらうとしよう。不意打ちは卑怯な手かも知れないが、全力でそれを行うんだ。きっと対戦相手も笑って許してくれるはず。許してくれなかったら……その時はその時考えれば良いか。

 

 氷礫ごと手の平をギュッと握りしめると、きたる日に備えて脳内シュミレーションを始めた。

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