第3話

平五と義一の面談は、義一邸内で行われることに決まった。しかし、これは異例である。なぜなら、本来なら義一のほうが平五に願い出る立場であり、なのに平五のほうから足を運んで来てもらうというのは、いささか失礼であるからだ。しかし平五としては、おみえに悟られたくないという事情があったので、むしろ義一邸内で行うほうが都合がよかった。しかし念のため、伝次郎をお供として連れてくることを義一に伝え、了承された。


そして日時も決まった。5日後の暮れ六つ(19時)である。その時が来るまで、平五は一日一日をだいじに過ごした。夜、おみえが眠りについたのを確認しては、じっと彼女の顔を見守った。それだけではない。髪の毛を匂ったり、寝息に耳を澄ませたりもした。もう会えなくなるかもしれないという心理が、彼をそうさせたのだ。そして、おみえも次第に、平五の様子がおかしいことに気が付いていく。毎夜のことも実は気づいていた。髪を触られて「すごく興奮してるんだわ」と思い、初めは怖かったが、日がたつにつれ、なにかただ事ではない闇を抱えているのだと、気づきだす。


さて、明日は義一との対決である。今日は明日に備えてよく睡眠をとっておかなければならない。

――今日も、少しだけだから・・・許してくれ

平五はおみえのほうにすり寄り、肩をくっつけた。そして、じっと、いつものように顔を見つめた。今日は三日月で、おみえの顔がよく見えない。無意識に、顔を近づける。寝息の感触がわかるほど近づけて、ようやく見えるおみえの顔。彼女の眼は開いていた。

「平五さん、どうしたの」

「ぶわっ」と平五は声を出して、飛び上がった。

「おおおみえ、すまん」

彼はどもった。

「謝ったってわからないわ」

腰を抜かす平五を見て、おみえは起き上がった。

「最近様子が変だわ、と思って起きておいたのよ(これは言い方としてはやや誤り)。あんなに顔を近づけて、あたし、緊張しちゃったじゃない。いいえ、あたしが悪いのは分かっています。平五さんに無理をさせているのもわかっています。でも、夜中にこっそりあんなことをするなんて卑怯ですわ。一体どうしたのよ」

おみえは言った。彼女はあえて、平五は肉欲に負けて自分にそうしたのだと、自分がそう考えている風に、彼に話した。そうすることで、一体平五が何を考えているのか探ろうとしたのだ。

「すまん。ちょっと、きれいな髪だなあと思ったんだ。ただ、それだけなんだ。許してくれ。もうしない、約束するから」

「ちょっときれいな髪だなあと思っただけなら、どうして、昨日も、一昨日も、同じことをなすったのですか」

平五が嘘をついていることが確定的となった。

――お、、、女は

なんて用心深いのだ、と彼は思った。固まった平五を見て、おみえはいつものような口ぶりで、話かける。

「平五さん、あたしは、あなたが言えないことなら、無理して聞こうとは思いませんわ。でも、あたしに何か隠しているのでしょう。きっとあたしのことで、何かあったのね。そうでしょう」

女の観察眼は本物だ、と平五は思った。

「あなたのことだから、きっと一人で思い詰めて、ひとりで何とかしようとしだすんだわ。でも、あたしはあなたの伴侶よ。何があっても、ずっと一緒なのよ。思い悩んだときは、あたしに話してちょうだい。あたしだって、夫婦らしいことで、できないこともあるけど、夫を支えるぐらいは・・・」

おみえはここで感極まったようで、泣き出した。平五は、胸が苦しくなった。おみえにここまで言わせたのだから、わけを話すべきだと、一瞬思った。

――しかしおみえ、『何があっても、ずっと一緒』だと思えるほど、事態は甘くないんだよ。

平五も目頭が熱くなった。しかし彼は泣かなかった。泣いたら、事態が深刻であることがばれてしまう。彼は普段通りを装って、おみえに話しかける。

「ありがとう。でも、大丈夫。俺はなにも思い詰めていないから。心配しなくていいんだよ」

おみえは、ただ一言、「そうね」と言った。平五が無理して平静を装っていることはなんとなく分かったが、もう十分だと彼女は思った。これ以上問いただしても、平五を追い詰めるだけだと思ったのだ。自然に、二人は寝る流れになった。「おやすみなさい」と二人は言葉を交わして、床に就く。

――おみえをこれ以上悲しませてはならない

平五は思った。だから、明日は、絶対に、断固とした態度を貫こうと誓った。二人で協力し合ってこその、夫婦だというのに。

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