四章 黄昏
どんどん起こる事件。それを見ながらふらふらと歩いている上条。あれから飯塚と別れ、自分の街に戻っていた。戻った先で、電車で人身事故が起こったというアナウンスが流れた。ああ、これがタタリなんだ。本当の……と、覚束ない表情で歩いていると、人にぶつかった。
「気をつけろ!」
気性の荒い声が聴こえてその方向を見ると、左肩に黒いものが揺らいでいた。周りを確認する。何処を見渡しても、移り神が溢れていた。
「嫌ーっ!」
そう叫んで目覚めた。
「夢?」
自分は確かに自分の自宅の寝室で寝ている。ああ、そうだ。全部夢だ。そう思っていると、携帯が鳴っている音が聴こえたので、リビングに出る。また、あの番号だ。仕切りに掛かってくる電話に、上条は頭にきて出た。
「何回も煩いんだけど!」
「……静夏」
「は?」
次に「え」と漏らした。その電話は、上条の昔付き合っていた人物と同じ声だった。次の言葉を相手が放つ瞬間。
ドザ!
不意に音が流れたと思うと、次の瞬間悲鳴の声が電話口から流れていた。そして――
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ねぇえっ!」
誰かが叫ぶ声が聴こえる。あの現実は、本当に現実なのだ。そう上条は思い、携帯を落として泣いた。
暫く泣いていると、携帯の通話が切れた。携帯を拾い、涙を流しながらテレビを見る。
「……!」
現状は最悪だった。特設報道ステージが立てられ、複数の事件が報道されていた。こんなことは、今まで一度たりとも起こったことはないと、専門家が言うと。キャスターもそれに相槌を打ちながら、事件現場の情報を伝えていた。その時――
ガシャーン!
いきなり、携帯から物凄い音が流れた。キャスターの真上から機材が落ち、キャスターが血だらけになって横たわっていた。報道は一時的に止まった。上条は携帯を切る。一体どうして、ここまで広がってしまったのか。夢でもない。これは現実だ。現実で、街の人々が祟られている。この日、上条は外に出ることが出来なかった。怖くて怖くて震えていた。いつ自分が巻き込まれるか分からない。そう思っていると、玄関からインターホンの音が鳴った。
「上条さん?」
隣に住んでいる人だ。上条は震える体を精一杯立たせながら応対しようとした。
「うわぁあぁぁぁあああぁあああぁぁぁああっ!」
誰かの叫ぶ声が聴こえたかと思うと、大きく鈍い音が響いた。チェーンロックをした状態で上条は、玄関をそっと開けた。そこには、隣人が血まみれで倒れていた。
「!」
玄関を開けようとしたが、また叫び声が聴こえる。
「うわぁあぁぁぁあああぁあああぁぁぁああっ!」
こんなところに狂った人が居る。そう思い、警察に電話をかける。
「あの!」
「どうされましたか?」
「変な人が叫んでて……隣の人が……」
涙が止まらない。そのまま嗚咽をしながら話す上条から住所をなんとか聞き出し、警察はその場を収めにやってきたが、煩い声に玄関を開けて注意しようとした住人達は、狂人に襲われ、呻きながら助けを呼んでいた。警察が取り押さえると、その発狂した人物は、こう言い放っていた。
「タタリだ! タタリだ! 皆死ぬぞぉっ!」
そのまま甲高い笑い声を上げながら、その人物は拘束され、パトカーで連行された。
「止まらないのかな……」
そう呟くと、上条は意識を失っていた。
気が付けば、ベッドの上に居た。
「え?」
そう呟くと、周りを見る。すると、誰かがタイミングよくやってきて、「上条さん、ここ病院です。分かりますか?」と言ってきた。ああ、看護師だろう。そう思いながら呟いた。
「街は」
「大丈夫ですよ。今担当医を呼びますからね」
担当医と言われた医師がやってくると、「ああ、もう大丈夫ですね」と、安堵していた。状況が分からないと言うと、医師は説明をしてくれた。警察への通報の後、上条の自宅に訪れた警官が、チェーンロックされた状態で開いているのを観て、上条の名を呼んだが、返事がなかったのだという。それで、部屋のチェーンロックを切って入ってみると、上条が倒れていた。ということだった。命に別状はなく、過度のストレスが原因だと話された。そして、街の状態は、平穏を取り戻しているが、複数箇所で事件が起きていたため。病院は手一杯になっていたらしい。それだけ聞くと、「もう大丈夫ですから」とベッドから出そうになったところを聞き覚えのある声に止められた。
「上条さん!」
それは、凛子の声だった。どうしてここに居るのか? 疑問符が浮かんでいた。
「町から急に居なくなったから、皆探したんですよ? 飯塚さんは、あれから直ぐに藤本さんが見つけてくれたんですけど、上条さんだけ見つからないってなって大変で……」
そのまま凛子は泣き崩れる。
「心配しすぎだろ」
その声は、芝目だった。
「二人共どうして? どうやってここに?」
芝目は、藤本警部が警察無線まで使って全てやってくれたのだと説明すると、上条の頬を平手で打った。
「!」
「アンタ一人で抱えて、そのままこっちに来たんだろうけどさ。凛子がどこまで心配してたの分からねぇだろ」
分からない。自分は他人だ。凛子にとっては、然程重要でもないはずだ。そう思っていると、肩を掴まれた。
「しっかりしろよ! アンタは一人じゃないんだよ! もう一人じゃない! 私達が関わってるんだよ!」
「……」
ボーっとしていた。ずっとずっと、ボーっとしていた。芝目が叫ぶ声も、凛子が泣く声も。全てが無くなった時。
「……」
「おい? 上条さん? おい、おい!」
上条は、ストレス性の発作で倒れこんでしまった。
上条の担当医は、凛子と芝目に上条の状態を伝えると、その場を立ち去った。眠っている上条。
「なあ凛子」
「うん」
「今回のことで、この人相当参ってるよな」
「……うん」
「私らこの人に出来る事どれだけあるのかな」
「関わってあげようよ」
「そうだな。もう、上条さんは――」
言い掛けた所で上条は目を覚ました。体を起こし、「ああ、眠ってたんだ」と言って、二人を見る。
「……」
「上条さん!」
「凛子」
「……うん」
そのまま芝目姉妹は、その場を去っていった。そして、看護師が来て、病院食を運んでくれていた。
「上条さん、血圧測りましょうか」
そのまま血圧を測った後、病院食を食べようとしたが、ふと声を出した。
「あの」
「どうしました?」
「私もうどの位ここに居るんですか?」
もう一ヶ月になる。そう聞いて唖然とした。大した病気でも無いだろう。そう思っていて質問した自分が馬鹿だったと思い、上条はゆっくりと食事を食べると、そのまま眠ってしまった。
一ヶ月と少しの滞在で、帰ることになった芝目姉妹は、上条に挨拶にしようと、病院へ向かっていた。そして、病院のロビーで手続きをしている上条に会う。元気そうだった。
「上条さん!」
「あ、凛子ちゃん。それにお姉ちゃんも」
「は!? やめてくれよ!」
一ヶ月と一週間。上条は、回復を見せ、退院の許可が降りたのだという。
「一時はどうなることかと思ったよ」
「ああ、心配してくれてたんだ」
「心配してくれてたんだって……もう変わんねぇなこの人」
「あははは」
上条は笑う。幸い、自分の家族は無事だったのだと言うことを聞かされなければ、今こうして笑って話していることも無いだろう。そう思ったが、飯塚さんは平気だろうか。今回一番心を痛めたのは、あの人だ。そう思っていると、その上条の心配していた本人が、向かってきた。心配で来たらしい。どうも多島町で会った面々は、心配症らしい。三ヶ月ほど月日が流れる。その間に、秘書の職務も復帰し、元気に働いていた。そして、噂を聞くようになった。その噂の中には、移り神の言葉があった。久しぶりに多島町に行くか。と思い、有給を再びとって多島町に訪れていた。そして、商店街を通りかかると、言い合いをしている二人に会った。
「だからさぁ! 何でアタシの誕生日にケーキもないんだよ!」
「僕が知るかよ!」
「お前ホント、いつもそれだよな!」
「知るか!」
『フンッ!』
そのままこちらに向かってくるのは宮部だった。咄嗟に上条は言った。
「あれ彼氏?」
「は!?」
その言葉に激しく反応したは宮部は、「ち、違いますよ!」と言いながら誤魔化し始める。
「べ、別に今単に喧嘩をしていたのは、アタシと昇の相違点の違いで……」
「やっぱ付き合ってるの?」
「いやいや! そういうことじゃ! って! お姉さんじゃないっすか!」
反応に少し笑いを堪え切れない上条は思い切り笑った。なんだか久々に笑った気がする。そして、思い出したように宮部に伝える。
「私ね、フリーライターやってるの」
「うえー、もう簡便っす……」
聞くと、宮部はあれから、移り神のことを知っている人物として、それこそ取材攻めにあっていたらしい。
「らしいといえばらしいよね」
そう言われて肩を落とす宮部。「まあまあ」と言いながら、一緒に藤本住職の所へ行こうと誘う。
「嫌な予感しかしないっすね」
藤本住職は、丁度来ていた芝目姉妹と飯塚と一緒に話していた。
「おお、話してた本人が来るかぁ」
何のことだろう思いながら、芝目達を見る。しかし、一番熱い視線を送っていたのは、飯塚だった。
「あの、上条さん」
芝目が「シャキッとしろ!」と背中を叩く。
「痛た」
「情けないなぁ」
何だろうと思いながら、上条は真っ赤な顔の飯塚を観ていた。真っ赤な顔? まさか――
「もし宜しければ! 結婚を前提にお付き合いを!」
「え」
言葉に詰まる。いやいやいや、それはないだろう。もう一度聞きたかったが、とりあえずどうしようかと悩んでいた。そこを一緒に居た宮部が、「ほら! お姉さん! 時が来たっす!」と言って、茶化す。
誰もが幸せになって良い条件を持っている。その条件を無残にも破壊するものが現れれば、それはまさに天敵といえる存在になり得る。そんな存在と相対して、果たして自身が生き残れるかどうか? そんなことを考え続けていることが生き残れる条件なのか? それとも自分達が行ってきたことが、全ての起因となるのか? そんな終わらないような話で果たして良いのかどうか。
「静夏さん、また打ち込んでるんですか?」
「ああ、うん。ていうか、まださん付けなのね」
「そりゃまあ、年上だったなんて思ってもみませんでしたから」
あれから、一年が経つ。上条は、麻音殺しの犯人、井川英介について調べていた。ありったけの情報を調べていたが、井川のことは解らない。どうして、殺人を犯したのか? 動機はなんだったのか? そんなことを考えていた。上条を好きになったらしい飯塚は、自分に一目惚れどころか、ベタ惚れだったらしいことを凛子情報でゲットしていたが、いつ頃からと言うと。あの大規模移り神事件の起こる前の、鹿野山町でのことが切っ掛けらしい。「男は何を切っ掛けにするか分からないな」と言いながら、上条は今日も過ごす。
携帯から軽快な音が鳴り響く。それを取る上条。
「もしもし? 誰ですか?」
「静夏……」
そのまま電話は切れる。後に知ったことだが、この番号の主は、あの移り神事件が起こる前に――
死んでいた。
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