三章 状況

 あの男性と駅で会ってから、既に四時間が経とうとしていた。午前中に来たため、今の時間は、昼二時。「もしかしたら観光で来てる人かもしれない」と、凛子が言うと、「なら師匠のところだ!」と芝目が答え、それに付いて行く上条。若さとは凄いものだ。もう大分走っているのに、あの二人は殆ど息切れしていない。いや、しているのだろうけど、自分よりは肩で息を吸っていない。少し辛くなった上条は、「ちょっと待って……」と言って、二人を止めたが、二人共躍起になっているのか。中々聞いてくれない。上条は、こりゃダメだと思い、一先ず走るのをやめる。すると、前の方からようやく気付いたらしく、凛子が「上条さーん」と、声を出していた。

「直ぐに行くから待っててぇ……」

と、声を出した時だった。「上条さん! 悪い! 先に行く!」と言って、芝目が走りだした。凛子は、上条のところまで戻って、芝目が当の本人を見つけたことを告げる。「そんなに早く!?」と、上条は絶句した後。凛子と一緒に、寺まで続く道をゆっくりと歩き、そして現場に辿り着く。

「そやからな? あんたの肩には、今えらいもんが憑いとるんや」

 男は説明をされるが分からないといった様子だった。芝目と藤本住職が、その男を捕まえていた。

「いや、だから俺、そう言うの信じないたちでして」

「だから! アンタが信じなくても、うちらには見えてるんだって!」

「は、はぁ」

 半信半疑といったところだろう。信じられるわけがない。そして、凛子は「あ!」と思い出すように口を開く。

「あの! 一年前に、ワンマン列車の中で会いましたよね?」

「え?」

「間違ってなかったら、あの時旅行鞄を間違えた人じゃないですか?」

「旅行鞄……あ! あの時の!」

 どういうことか芝目さえも解っていなかった。話によると、この男に一年前。多島駅で降りる前に、旅行鞄を間違えられ、少し言い合ってから、凛子の物だと解るものしか入っていないと示すと、「あ、ありました! すいません!」と、そのまま時間もなく別れた相手だった。その時は、多島駅で降りること無く、そのまま行ってしまった人らしいが、その時の勘違いはよく覚えていると凛子は言う。芝目は「なるほどな」と言って、男を見る。

「つまりアンタ。その時言い合ってた時に、凛子の左肩に触れたんだな?」

「多分覚えてないよ。私もあの時テンパってたし」

 凛子の言葉に取り敢えず考える間を与えられ、男は名を名乗った。飯塚誠司と言うらしい。

「あの、さっきから左肩とか何か憑いてるとか。訳が分からないので説明してもらえますか」

 説明を求める飯塚。すると、住職は全員中に入りなさいと言って、後ろでゼェゼェと息を吐きながら聞いている上条の方へ行き。「ほら、しっかりしてぇな」と言って、寺門を潜らせ、中へと入った。

「俄に信じ難いですね」

 最初の飯塚の一言はそれだった。しかし、この一年間はどうだったかと聞かれたため、同僚が怪我をしたり事故に遭ったりしていたのを告げた。そして、それは長く続いていることなのかと住職が聞くと、「はい」と答えた。

「大分長いこと神さんに憑かれてたのに、それだけで済むんは、あんたの運がええんやろなぁ」

 住職が言うと、飯塚は「そうなんですかね」と答える。今一パッとしないと思いながら上条は観ていたが、飯塚がどうしても移り神のことを信用出来ないというので、住職が鏡を見せた。それは、特別な鏡で、憑き物が付いているとそこに映し出されるのだという。飯塚は、それで自分の左肩を映してみるといいと言われて、「うわ!」と言って、鏡を落とした。焦った表情で、飯塚は言葉を出した。

「な、何なんですか! この黒いの!」

 凄く焦っている。それを貸してくださいと、住職に言って、上条は飯塚の左肩を映した。間違いない。上条が声を掛けた時観たものだ。そう思い、飯塚にここならそれも落とせるはずだと言う。すると、住職は「うーん」と言いながら顔を顰めた。

「どうしたんですか? 師匠」

「いやなぁ……この神さんの取り方なんやけどな……」

 ここまで困った顔をした姿を芝目は観たことがない。それだけ厄介なのだろうと芝目は思った。住職は続ける。

「まず、一年間で飯塚さんが何処に居ったか分からへんやけどな。その神さんは、もう飯塚さんから取れへんかもしれん」

「え」

 と、芝目が言うと、飯塚は「どうしてですか!」と、やや慌て気味に言った。住職も困った顔をしている。そして、話す。

「その神さん取るにはなぁ。もう期間が過ぎとるんや」

「移り神に期間なんてあったでんすか? 師匠」

「まあ、京香と凛子ちゃんは、直ぐやったからな。その神さんはもう、飯塚さんの命に絡み合ってまっとる」

「命に……絡み合う?」

 飯塚は、次の住職の言葉を待った。

「ま、お茶でも飲もうな」

「師匠!」

 芝目が突っ込むと、住職はお茶と茶菓子を取りに、奥へと行ってしまった。そして、上条が口を開く。

「あの方法じゃ駄目なのね」

「あの方法? 何かあったんですか? 方法」

 飯塚は、半分すがるような顔で上条を観ていた。それを観ていた芝目と凛子が、何か方法があるはずだと飯塚を励ました。命に絡み付いている。つまりは、取ってしまえば命に関わるのか? と上条は思ったが、言葉に出せなかった。そうしている内に住職がお茶と茶菓子を運んできた。そして、飯塚のカメラを観て言う。

「飯塚さん、カメラの趣味あるんか?」

「……ああ、はい」

 飯塚は、撮った写真があると言って、何枚か見せてくれた。

「綺麗」

 凛子は、虹が写っている写真を観てそう言った。その写真を住職も観て「おー」と言うと、手をポンと叩いた。

「そうや! あれがあるわ!」

 住職はそう言うと、何か輪っかのような革の腕時計のような物を出してきた。そして説明する。

「これなぁ。うちの寺で結構長い事保管しとったやつなんやけどなぁ。その神さんをこれに封じて、壊せば消えるやもしれんのや。まあ、ワシの爺さんが使っとったやつやで間違いないわ」

 飯塚は、「大丈夫なんですか?」と聞いたが、住職は「大丈夫や」と言って、その輪っかを飯塚の左腕に嵌めた。すると、輪っかが急に締まって、文字通り腕輪になってしまった。「これでええ」と住職は言うが、どう壊すんだという疑問を上条が言うと、「今日の深夜二時くらいに取れるから、とにかくそれまで扉側から音が鳴っても、絶対に開けたらあかんで。それから、朝六時頃になったら、その腕輪に神さんが憑いとるから、ハサミでそれを切るんや」と言う。

「もう遅いからな。皆帰り」

 そのまま凛子と芝目に別れを告げると、上条は飯塚に今夜はどうするのかを聞いた。すると――

「今夜は大変でしょうからね。自宅に帰りますよ」

 そう言って、そのまま同じ道を歩き、多島駅に着く。

「行き先同じだったりします?」

 上条は聞いた。

「いえ、ここから二駅先の町ですけどね」

 と飯塚が言って、そのまま駅のホームで別れた。


 あれから、多島町に行く理由ができ。再び多島駅で降りた飯塚は、住職の元へと急いだ。寺門には居ない。ならば中だと思い入る。すると、住職は寺の中に入る前の池の前に立っていた。

「お? 飯塚さんやな。どうしたんや?」

 飯塚は、慌てたように伝える。あれから移り神は確かに消えた。しかし、自分の周りの人々が次々と事故を起こすのが止まらないのだという。最近それで同僚が大怪我をして入院した先で息を引き取った。などだった。住職は、暫く考えて「それ人数どれ位か分からんけどな」と言いながら、そういうこともあるかもしれないと思って、もう少し沢山作っておいたと言って、ありったけの量の輪っかをを持ってきた。数は十分だ。しかし、どれだけ関わっていたのかが不明だ。それに自分は見えない。見える人間じゃない。それを聞いて住職は中へ入るように言った。

「……とりあえず中で話そうや」

 飯塚と住職の話が続いていた中。上条は、飯塚の居るという二駅先の町。鹿野山町でぶらついていた。ここに来たのは、単純にどういう町があるのかという興味と、飯塚にまた会えないかという期待だった。その当人が見つからずだったが、飯塚の代わりに移り神の憑いた人々に出会った。大体すれ違った人数を数えたが、十五人は居た。これはまずいだろうと思い、駅へ引き返す。すると、多島方面行きのワンマン列車が着いていた。そこで、バッタリと飯塚に会う。飯塚は、上条を見るなり、「手伝って下さい!」と言って、上条の手を引っ張った。


 鹿野山町では、謎の事故が多く多発しており、その原因が移り神であることは、誰も知ることがなかった。上条の手を引っ張って、移り神が見えるかどうか聞くと、見える人に住職から教わった対処法を上条に言って、町中を歩き回った。知っている範囲はもう大丈夫だと言って、飯塚はそれまで無意識に繋いでいた上条との手を離して、「すいません!」と、深く詫びた。上条はフラフラになりながら、もう電車がないと言って、飯塚の自宅に泊めてもらうことになった。しかし、飯塚の自宅のテレビを点けた瞬間。上条は凍りつくような表情をした。

「嘘……でしょ」

「どうしたんですか?」

 安心しきった飯塚がテレビを観て表情を凍らせている上条を観て不思議がっていた。

「見えるんです」

「え?」

「このテレビに映ってる人達全員に……」

「全員? ……!」

 それを聞いて、飯塚はハッとした。まさか! 移り神が見えているのか? いや、それはもう居ないはずだ。もうこの町は……。と思った瞬間。テレビの映像が乱れ、黒い移り神が映しだされていた。それは、飯塚にも見えた。上条は、自分の街の名前を言って、そこに行ってないかを飯塚に聞いた。確かに一年前なら仕事の関係でよく通っていた。と告げられ上条は、肩を落とした。こんな膨大な人数の人達にどう伝えればいいのか? まず無理だ。これは確かに街で広がっている情報だ。それでも、ここまでの人数が憑かれているとなると、もうどうしようもない。住職でなければ、移り神の経緯が解らないだろう。そう考えると、絶望感しか湧かなかった。このことを住職に伝えようと、飯塚を連れて上条は、再び多島町を訪れた。


 商店街に着くと、誰かが言い合いをしている声が聴こえた。

「だから、テメェは気に食わねぇんだよ! 昇よぉう」

「知るか! いい加減にしろよ、宮部!」

 何か揉み合っているが、その横を通ろうとした時に、女の子の方と目があった。

「あれ? あのお姉さん?」

「僕は帰るぞ」

「あー帰れ帰れ! ケッ!」

 昇と宮部……知っている単語は、宮部。多分この子が貴里ちゃんと凛子に呼ばれている子だ。どうしたのかという飯塚の言葉聞きながら、「先に行ってて下さい」と言って、住職には後で来ると伝えて欲しいと言って、別れた。何故自分を知っているのかと宮部に問うと、「あの時ですよね」と言って、宮部は寺の方角を指さした。

「え? あなた居たってこと?」

 そう聞いたが、こう答えられた。

「厳密には、通りすがりで話を聞いちゃったってやつですねー」

「ああ」

 それ以上言葉を続けようにも、何で止まってしまったのかを考えたが、そもそも話しかけられると止まってしまうのは、自分の癖だろうと思いその場を後にしようとしたが、宮部が「アタシも行っていいっすか?」と言って付いてきた。邪魔だ。邪魔だ凄く邪魔だ。そう思ったが、口に出さずにそのまま付いてくる宮部に「あなたが掲示板に書き込んでた人?」と聞くと宮部は、「アタシ有名っすね!」と言って、笑みを浮かべていた。


 寺へ着くと、先に話し込んでいた飯塚が気付き、手を振った。

「あの人彼氏っすか?」

「違う」

 宮部に合いの手を入れつつ、住職に詳しく自分が観た街のことを伝える。住職は頭を抱えた。

「なんやそらぁ……そこまで伝染しとったら、あかんやないか!」

 住職は急いで、寺関係の連絡網を出して、連絡を始めた。これはもう小規模の問題ではない。上条の居る街の人間ほとんどが、移り神によって事故を起こすか、悪ければ死んでしまうことになる。そう思うと、上条は気が気でならなかった。一通り連絡を終えた住職は、水を飲みながら対応する。

「とりあえずは、向こうの寺の方と、大体連絡したけどなぁ。確認したほうがええやろうで、どうすればいい?」

 上条は、携帯で自分の街のテレビ局の番組を見せた。住職は、目を丸くした。

「なんやこれは……」

 丁度時間は夕方五時頃。ニュースの時間帯で、街が映っているのを観る。その映っている街の人々のほとんどに移り神が見えた。これは一大事だと思い、住職はもう一度連絡を掛けてくると行って、電話をとった。


 どれだけ時間が流れただろうか? 少なくとも会社には、休みの届けをしているので少しは大丈夫だろうと思ったが、上条は心配で堪らなかった。住職が持っていたありったけの輪っかは、全て使い果たしている。そして、テレビを見ている上条は、驚愕した。映っている範囲内で、交通事故が起きていた。ニュースキャスターは声を荒らげ、何が起こったのかを把握しようとしていたが、現場のカメラが停止する。何が起きているのか。そんなことは、一連の情報で分かっている。移り神のタタリが始まったのだ。現場との映像が途絶えた中、キャスターは情報が入り次第お知らせしますと言って、CMに入った。そのCMが終わる頃、事件が多発しているという報道番組に切り替わった。こんなことが起きるなんて、思ってもみなかったと飯塚は言った。


 電話を終えた住職がその場に戻ると、宮部が言った。

「あの二人ならもう居ないっすよ? 何処行っちゃったのか」

 何処へ行ったのか? 住職は、直ぐに藤本警部に連絡を入れる。

「おお、公行! 大変や! 直ぐに人探してくれぇ!」

 上条と飯塚が行方不明になり、一日が経った。

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