二章 心理
どれだけ眠ったのか。上条は体をソファから起こすと窓を観た。まだ暗い。ああ、まだ夜だなと思い、そのまままた、眠ろうとした。しかし、ソファの近くに置いたテーブルの上の時計を観て、「え!」と言った。時計は、夕方の五時を示していた。「仕事!」と言って、携帯で日付を確認する。すると、この日は休みの日だった。安堵して再度ソファに体を沈ませる。そう言えばまともに寝ていただろうかと思い出した。いや、まともになんか眠れてない。連日ゴタゴタしていて、それどころではなかった。そしてもう一度、あのことを思い出して口にした。
「自殺掲示板」
直ぐに体は動いていた。テーブルに置いてあるノートパソコンを起動させ、あのサイトの確認をした。
「……」
あのデカデカと掲げられた、麻音の猟奇殺人事件のことが、まだサイトのTOPに載っていた。この情報を上げたのは管理人。一体誰がここを運営しているのか? そもそも麻音以外に管理者は居たのか? この掲示板サイトの情報を警察は知っているのか? 上条は、携帯でテレビを観た。まだ情報は流れていない。報道は、もう麻音の事件を流さないのだろうか? そう思いながら、見るのをやめた。
暫く考え込んでいた上条は、状況を整理しようと思い、ノートパソコンでワードを開き。そこへ打ち込んだ。
『刈沼麻音が佐山凛子の通学路で死体で発見される。その後、葬儀が行われる。佐山凛子と接触。刈沼麻音が、自殺掲示板サイトを運営していたことを知る。そして現在に至る。』
一括り打ち込むと、考えだした。何故、麻音は自分にこの掲示板のことを話さなかったのか? そもそも自分は彼女の友達だったのだろうか? そんな考えの交錯が進む中、再び電話の音が鳴った。画面を見ると、そこには見慣れない番号が表示されていた。無視しようとしたが、何度も鳴るので出てみる。すると、沈黙が数分続き、そのまま切れた。一体何だったのか? 不明な電話は、それから来なかったが、上条は、番号を控えた。それは、彼女の秘書としての職業病のようなものだった。控えた後で「あ」と気付き、それをゴミ箱へ捨てた。何やってるんだろう。と思いながら、上条は出掛けることにした。
「さてと」
一言呟くと上条は自宅から離れた街中をぶらついていた。すると、学生服を着たカップルが目に止まった。仲睦まじく歩いている。微笑ましい。と考えるべきか? 自分はまだ独身。目の前にはカップル。少し肩を落としながら歩いていると、聞き慣れた単語が耳に入ってきた。
「凛子ってお前の友達だよな?」
「うん」
「その凛子の知り合いだったって話だぜ? あの事件に遭った人」
「うそ……」
凛子。確かにそう聞こえた。学生カップルの女生徒のほうは、そのまま急に走り去ってしまった。凛子の友達と聞いた。上条は女生徒を追いかけようとしたが、人混みにまみれた中で探すことは困難だった。男子生徒に話を聞こうと、その場を探すが、もうそこには居なかった。なんてタイミングが悪いんだろう。そう思いながら、上条は近くにあったレストランに行く。窓際に座る。そして、料理を注文してから考えていた。麻音のことは、報道で大分有名になっていた。未解決事件としては、手の掛かるものだろうし犯人が捕まっていない。目撃証言があったなどの情報があるらしいが、それらは全て曖昧だという情報だけ。テレビを観ていてもそれは余り変わっていない。考えが過る中、外をふと観た。すると、あのカップルの一人の女生徒が誰かに会っていた。
「?」
彼氏ではないようだ。少し親しげに話しながら、何か封筒を受け取り、そのまま走り去ってしまった。料理がタイミングよく届き、上条はそこから動けなくなった。「はぁ」と一息つくと、頼んだ物を口に運んだ。
レストランからの帰り道。携帯が鳴ったので観てみると、無言で通話を切った相手からの電話だった。無視しようと出ないでいると、五分鳴りっぱなしの状態で切れた。本当に何なのだろうか。そう思っていると、また電話が鳴った。友達からだったので直ぐに出る。直ぐにテレビを見てと言われたので、街頭を見る。すると、聞き流していたが、麻音の名が報道されている。自殺掲示板サイトのことが取り上げられていた。管理人が今誰なのか? ということで締め括られ、そのまま次のニュースが流れた。まだ麻音のことは報道されている。世間はまだ、麻音を忘れようとはしていない。少しだけだったが、上条の心は安堵した。自宅に帰り着くと、また冷蔵庫を開ける。
「あ」
酒が切れている。やや乱暴に冷蔵庫の扉を閉めると、上条は「あーあ」と言いながら、バスルームに行き服を脱ぐと、そのままシャワーを浴びて全身を洗ってから湯船に浸かった。
「はぁ……」
一息つくと、今までのことが頭を過った。しかし、湯船の中では考えが纏まらないため、直ぐに出た。髪をドライヤーで乾かしながら、「あ、また傷んでる。シャンプー変えなきゃな」と呟きつつ。上条はバスルームから出て、寝室のタンスの中から寝巻きを出し、そのままベッドに寝転ぶ。湯船に浸かりながら考えていたことを再び思い出して考える。あの電話番号は誰のものなのか? 携帯はテーブルの上だ。遠い。確認しようと思ったが、眠気のほうが先に来た。今日はやけに眠い。あんなに眠ったじゃないか。と思いながら、上条は眠りについた。そして、夢を観ていた。まだ、麻音が生きている頃の夢だ。懐かしいな。そう思いながら麻音に触れると、麻音の顔は見る見る恐怖の色に染まり、そのまま血を流して倒れてしまった。どうしたのか分からない上条は、誰かを呼ぼうとした。そこで目が覚めた。時間を確認する。朝の七時。今日は仕事のはずだ。そう思って寝室のカレンダーを見る。
「仕事だ……ふぁーあ。なんて夢見たんだか」
寝覚めが悪いだろうと思った。普通はそうだ。でも自分はやはり、麻音のことを考えてはいないのかもしれない。そう考えると、自分が酷く冷たい人間だということに気付かされた。自分は冷たいんだ。そう思いながら出勤した。
「上条さん、お願いします」
「はい」
いつも通りの職場。隣のデスクには、誰もいない。上条は寂しさを覚える。「やっぱり寂しいかな」。そう呟くと、仕事に集中した。仕事が終わり、帰り道。街中を通っていると、大型液晶ビジョンに報道が流れた。森朋子という女生徒が自殺したと言う話なのだが、その女学生の学校は、凛子と同じ学校だった。今のところ自殺と断定されていて、遺書も見つかっているという。人事だなと思い、その場を去った。
一週間経ち、麻音に関する報道は余り無くなり、代わりに凛子が行方不明になったという情報が流れたり、凛子の学校の生徒が、相次いで事故に遭ったり、殺人事件に遭ったりと流れていた。仕舞には、凛子の家族、生徒の保護者までもが同じ状況に見舞われたらしい。森朋子の葬儀中に柴正志という男子生徒が車で撥ねられ、死亡してからそのクラスの生徒と保護者がという下りが始まる。上条は、何故ここまで事件が起こるのかが不思議でたまらなかった。この凛子の関わっている事件は、相当な人数が死んでいる。本人が直接関わった訳ではないはずだ。そう思いながらも、何かしら凛子に何かあるのではないか? と疑問を持つようになった。それからまた四週間経ち、行方不明になっていたとされる凛子が多島町という所で見つかったという報道が流れる。そして、凛子が親類やクラスメイトの葬式に出るために一時帰宅していたこと。そして、その後。自らの希望で多島町の施設で暮らしているとまで情報が流れていた。また一ヶ月経ち、麻音を殺した犯人が、多島町の施設内で死んだという情報が流れた。多島町……。気になっていた。そして、自殺掲示板がなくなった代わりに。この事件は、大きな掲示板サイトで祭りのように取り上げられていた。その掲示板を上条は閲覧していた。そこで、気になる情報があった。移り神と言う単語を並べる書き込み主がいたのだった。それは事細かく説明されていて、事件当時の状況をそのまま書かれていた。そして、ホスト情報が悪戯に抜かれ、その書き込んだ人物が、多島町に住んでいると発覚。それから、多島町への取材陣が相当訪れ、移り神という話は、報道で広がった。そんな情報が飛び交う中。上条は多島町へ続くワンマン列車に乗っていた。そこである不思議な光景を観た。自分の座る席から斜め前の席に座る男性の左肩に、ゆらゆら揺らぐ何かが見えた。目を凝らしてもう一度見てみる。やはり、何かが揺らいでいる。黒い影のようなもの。光の反射でもそんな風には見えないだろうと思った。そこで、移り神の特徴と類似していることに気付く。男性は、同じ多島町で降りると、さっさと歩き去ってしまいそうだったので、声を掛けた。
「あの」
「はい?」
「あの、あなたの左肩に――」
言いかけた瞬間左肩に何も見えていないことに気付く。急いで「何でもありません! 失礼しました」と言うと、男性は首を傾げながらその場を去っていった。
「疲れてるのかな」
そう呟くと、売店が不意に目に止まったので、そこでミネラルウォーターを買った。そう言えばここで犯人も目撃されていた。そう思って、売店の店員に尋ねるが、覚えていないと答えられた。ご高齢のようだしそれもそうか。と思い、その場を後にする。凛子をまず探そうと施設へ出向いたが、そこに凛子の姿はなく、芝目という家に養子縁組に行ったと聞いた。そこで、芝目家を訪ねようと職員に聞き、上条は大きな屋敷の前に居た。麻音のことも全て整理するために、今自分はここに居るんだと自覚をして正門を観ていた。
正門にあるインターホンを鳴らしてみる。
「はい。芝目で御座います。どなたでしょうか?」
ハキハキと声も綺麗な女性が出た。芝目家の奥さんだろうか? そう思いながらも言葉を出す。
「あの、私凛子さんの知り合いで、上条静夏と申します。凛子さんに会いたいのですが、居られますか?」
「凛子様ですね。畏まりました。少々お待ち下さいませ」
そのままインターホンが切れ、正門が開くと、そこには綺麗な着物姿の女性が立っていた。
「どうぞ」
案内されるまま、応接間に通された。結構大きな屋敷だと思いながら、上条はボーっとしていると、凛子が少し背の高い女の子を連れながらやってきた。
「ほら、お姉ちゃん!」
「だからそれやめろって!」
何やら揉めているが、「凛子ちゃん」と声を掛けた。凛子は久しぶりの再開に喜び笑顔になった。
「上条さんお久し振りです!」
「ええ。元気だった?」
「大変でしたけどね」
「そうよね。ご家族やクラスメイトの人達は残念だったね」
「そう……ですね」
急に落ち込んだ顔になる。しまった。また地雷を踏んだ。そう思って「ごめんなさいね」と言ったが、お姉ちゃんと呼ばれていた女の子に言われる。
「アンタ上条さんだっけか? ちょっとデリカシーないんじゃない?」
「ごめんなさい。そうだよね」
それから、凛子は気分が浮上し、芝目凛子になったことと、隣に居るのは自分の義理の姉で、京香ということを話した。上条は、街で移り神の話が流行っていることなどを告げると、二人共それはそうだという顔をしていた。
「それ多分宮部のせいだわ」
「そうだね」
「宮部? お友達?」
芝目は苦い顔をしていた。確かに友達だし、自分達ともよくつるむ奴だと芝目は答える。そして、ここに来た目的は、凛子だけじゃないんだろうと芝目は聞いてきた。確かにそうだと思いながら、上条は話をした。
「実は、ある掲示板で事件の状況を細かく書いてた人が居て。それで、この多島町に住んでるって聞いたから、有給を取って話を聞きにこの町に来たんだけど、もしかして凛子ちゃん達の知り合い?」
芝目は、「はぁーあ」と言って、明後日の方向を向いていた。それを気遣って凛子が対応する。
「それ貴里ちゃんですね」
「貴里ちゃん? ああ、宮部って子のこと?」
「はい。あの施設のことと殆どのことを書いちゃったもんで、お姉ちゃん今でも怒ってて。すみません」
すると芝目が口を開く。
「ホントさ。アンタでもう何人目だか忘れるくらい来たよ。マスコミだのフリーライターだのさ。取材に応じてくれって煩かったよ」
そんな中に来てしまったのか。と、自分のタイミングの悪さに上条は、苦笑した。そのままお茶をしながら、二人から話を聞き。事件当時の状況が大体掲示板に書かれていたこととそのままだと知った。そして、ふと思い出したことを上条は口にした。
「実は、ここへ来る前に、その移り神っていうのを観たの」
『え』
それは二人同時だった。自分が多島町に降りていく人にそれを観たということ。そしてそれは、黒色だったということを伝えると、芝目は「その人探したほうがいいよ」と言う。凛子も「早く探さないと!」と言う。この様子だと、二人共あの移り神とやらに相当悩まされたであろうことは、本当なのだという確信が出来るほどの勢いで言われたため。上条は、その人物の特徴を凛子と芝目に伝える。メモしていた凛子は、直ぐに探そうと言って、上条も一緒に来て欲しいと言うと、上条は快く「分かった」と言った。
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