一章 情報
彼女は、即座に会場に向かった。そこには、既に同僚が何人か来ていた。部署は違うが、殆どが同じ会社の人間であることは、よく分かった。葬儀中、皆静かに線香をあげていた。何名かは、麻音の知り合いで泣き崩れていたが、自分はそうは行かなかった。納得ができない。どうして急に殺されるのか? そんな要因何処にもなかったじゃないか。と、彼女は憤りを感じていた。そして同僚に「上条さん」と呼ばれて返事をする。
「……ああ、はい」
「大丈夫?」
「え、ええ」
そのまま同僚に見守られながら、上条は線香をあげた。どうして死んだんだろう。どうして殺されたんだろう? そう考えた時、麻音の彼氏のことを思い出した。しかし、それから思い直す。自分は、名も知らないじゃないか、と。葬儀中、気になることが一つあった。麻音の前で泣き崩れる少女が居た。それは可愛い女の子だった。まだ学生なのだろう。学生服を着ていた。終始「お姉さん! お姉さん!」と言っていた。麻音に妹は居ないはずだ。なら誰なのか? 上条は気になって聞いてみることにした。出来るだけ現在の彼女を落ち着かせるように声を掛けた。
「あの、お姉さんの友達の人ですか?」
「え、ええ。友達だったの」
「……」
黙られた。しまった。この子の地雷を踏んでしまったのか。彼女にとって麻音は、それだけの存在だったのだろう。自分はどうなのだろう。友達のくせに涙の一つも流さないじゃないか。と、上条は思った。それでも、憤りは人一倍感じているはずだと自分を律し、「また、声を掛けるから」と言ってその場を去った。
「はぁ……。何なの私は!」
自分の彼女への対応に腹が立った上条は、自宅に帰るとまた酒を飲み始めた。
どれだけ飲んでも酔いが回らない。気分が悪い。自分はどうして泣けないのか? 友達だった? いや、今でも友達だろう。そんなことを考えながら、上条は今日も飲んでいた。ふとテレビが気になり、携帯で確認した。すると、あの事件のことが報道されていた。麻音が殺された事件。猟奇殺人と言われているその犯行は、犯人の何処までも残忍な心情が読み取れると、専門家は言っていた。しかし、本当にそうなんだろうか? 上条は少し考えていた。一応自分もフリーライター用のブログを持っている。扱っている内容は、実に単純なものが多い。どの道、世間は自分をライターとしては観ていない。そりゃあ自分は、ただの秘書だ。中小企業のお抱え秘書だ。何の変哲もない。そんな自分が、情報を配信してもいまいちなものが多かった。綺麗になるための食事、ダイエットの秘訣、欲しい物を手にれるためには。などなど、ありきたりだった。だがそこに、不意に麻音のことが流れた。このことを記事にしてはどうだろうか? そうすれば、自分も少しは憤りが無くなるし、麻音のためになるのじゃないか?
「馬鹿か私は……ためになんかなるか! 迷惑だよ」
そう呟いて今日の酒の飲みは終わった。
次の日、いつも通りに出勤して、麻音の居たデスクを観た。何か気分がモヤモヤとした。仕事はテキパキする良い同僚だった。とにかく時間がどれだけ流れても、勤務中は私語を慎み。そして、昼休みになれば雑談話で花が咲いた。懐かしい。本当に懐かしい。そう思いながら、二人分に増えた仕事を片付けていた。定時になり勤務終了時間になると、上条は職場から直ぐに居なくなった。そうだ、あの子に会いに行こう。あの麻音の葬式に来ていたあの子に。そう思いながら、麻音の実家に電話を掛けた。失礼に当たらないか? そんなことが脳裏を過った。
「……はい。刈沼です」
女性の声だ。母親だろう。何処と無く覇気がない。そりゃあそうだ。娘が死んだんだ。上条は、話を切り出した。
「私、職場で同僚でした上条と申します。麻音さんのことは残念でした。お悔やみ申し上げます」
「ああ、麻音の同僚の方ですか。上条さんって言ったら、娘の友達の上条さんですよね?」
「あ、はい。そうです」
「生前は娘がお世話になったそうで……本当に有難う御座います」
嫌でも麻音が死んだことは、この人達にとって一生残り続ける。忘れられない。忘れることが出来ない。それが遺族だ。上条は、少しの会話の後、あの女学生のことを聞いた。
「あの、葬儀の時に学生の娘が居ましたよね。あの子は、麻音さんとどういう付き合いだったんでしょうか」
「ああ、凛子ちゃんですか」
佐山凛子。麻音の死体を発見し、警察に通報した子で、麻音とは小学校からの付き合いだったという。
「凛子ちゃんでしたら、この近くの学校に通ってますよ。何かお聞きしたいことあるんですか?」
「え、ええ」
個人的になんて言えないな。と思った。そして、彼女の居ると聞いた学校に訪ねてみた。学校関係者ではない上条は、道行く生徒に「誰あれ?」と言われながら、校内に入り。職員室を訪れた。半開きの扉をノックしてみる。
「あの、すみません。お話があって来た者ですが」
そう声を出すと中から、一番近くの机に座っていた女性の教員が出てきた。
「何の御用ですか?」
「あの、私、上条静夏と申しますが。佐山凛子さんについて、少し聞きたいことがあるんです」
「はぁ。佐山さんですか。あの、事前にこちらに電話はされていますか?」
「あ、すいません。連絡は入れていませんね」
女教員は、困った顔をしながらも、凛子の担任を呼んでくれた。そこで、自分が殺された麻音の友達だということを明かした。
「そうですか。お気の毒でしたね。佐山でしたら、今日は登校してきましたので、本人に連絡とりましょうか?」
「あ、はい。お願いします」
「もう、帰った後なので、佐山の家に直接連絡取ってみますので、お待ち下さい」
担任の教員は、凛子への電話をしながら、凛子がまだ自宅に帰って居ないということを聞き、凛子の母親にそのまま上条のことを伝えた。
「ああ、はい。刈沼さんのお葬式に出られた方でして、はい。はい、ご友人だと言われています。あ、そうですか。はい。解りました。有難う御座います。失礼します」
担任教員は、凛子の母親からの伝言を上条に伝えた。凛子は、今日友達と遊びに行っているらしく、家に帰って来るのは、夕方六時過ぎくらいだという。それを聞いた上条は、「住所って教えてもらえますかね?」と、担任教員に言うと、「まあ、本当は駄目なんですけどね」と言って、教えてくれた。
凛子の家に丁度夕方六時頃に着いた上条は、家の玄関前のインターホンを押した。すると、インターホン口に、年上の女性の声がした。
「はい、佐山ですが何でしょうか?」
「あの、昼間凛子さんの学校からお電話があったと思いますが、上条と申します」
「ああ、はい! お待ち下さいね」
直ぐに凛子の母親が出てきて、玄関を開けられ、「どうぞお入り下さい」と言われて中に入った。
居間へ通され、そこであの凛子に会った。凛子は、葬儀会場で会った人物だと言うと、「ああ、あの時の」と言って、直ぐに思い出してくれた。この時、初めて上条は自分の名を伝えた。その名を聞いて、「ああ、あの上条さんですね!」と凛子は少しだけ気分が上がり気味で答えた。知っている名に喜んだのだろう。「お姉さんからよく聞いています」と言って、思い出話が始まった。
凛子と麻音が出会ったのは、凛子が幼稚園だった頃。その頃麻音は、気さくなお姉さんで近所に住んでいた。登下校の班長を任されたりと、器量の良さは小学生時代からあったそうだった。そんな話を聞いている内に、最近の彼氏ができたという話に繋がっていった。彼氏のことを麻音は、幸治と呼んでいた。フルネームを石木幸治と言うらしい。その石木と付き合い始めてから、石木との惚気話を聞くことが多くなったのだという。石木とは、公園でレイプされていた所を通りがかりで助けてもらったのだと言われたらしい。それから何回か会う内に、意識し始めて自分から付き合って欲しいと言ったらしい。その前にレイプされた話は聞いたことがなかった。それを知らないと言うと、凛子は「あ」という短い言葉の後、「ごめんなさい。これ内緒って言われてたの忘れてました」と言った。上条は答える。
「そんな目に遭っていたなんて、本人の口からは一言も聞いてなかったから驚きました」
敬語で話していると、少し照れくさそうな顔で凛子が言った。
「あの、私年下ですし。敬語は、その」
「ああ、ごめんなさいね。ありがとう」
凛子は、笑っていた。あの時の苦しみを堪えているのか。それとも忘れてしまいたいのか。それから、「これも秘密なんですけど」と言いながら、凛子は話してくれた。初め、自分の口から「え」という言葉が漏れた。麻音は、インターネットで自殺掲示板サイトの管理人をしていたというのだ。俄に信じ難い。あの明るかった麻音が、そんなサイトを所有していたとは。それについて、詳しく聞きたいと言うと、凛子はサイトアドレスを教えてくれた。そのアドレスで掲示板に辿り着き、実際確認しながら話は進んだ。
自殺掲示板をサイトとして作ったのは三年前で、最初の運営の状態は、そんなに良くはなかったらしい。カウンターも設置して、その日来ている人数なども観ていたそうだが、そこまで人数は来なかったという。一年前程から、徐々に閲覧数が増えてゆき、そして現在は、麻音本人をサイトの見出しに殺された人物として書き込まれていた。しかし、その書き込みはおかしいのではないか? と凛子は思ったらしい。麻音は確かに自殺ごとを書き込まれるのが好きでやっていたし、人の不幸が楽しかったのだという。だが、この書き込みは、管理人本人が書き込んでいる。麻音は、その時には死んでいる。その矛盾だった。書き込まれた時間も、麻音が死んでから直後に近い時間だった。公になった麻音の殺害時刻は、夜十一時。しかし、何処にいて何者に殺されたのかは、まだ掴めていないということだった。麻音の彼氏は、麻音を自宅から見送ってからそのままだと言っていたらしいことは、報道で分かったことだった。しかし、意外なのは、人の不幸が楽しかった。という麻音の裏の顔だ。少し背筋に悪寒が走ったが、凛子との話はそれで終わり、帰路についた。上条は自宅に着くと、まっすぐ冷蔵庫に行き、扉を開けビールを一缶出して一気に飲み干すと、そのまま近くのソファに寝そべった。
「自殺掲示板か……」
考えていた。しかし、麻音にそんな秘密があるなんてこと自体も知らなかった。何で自分はこんなに友達のことを知らないのだろうか。そんな虚しさが心の中に染み渡ってきた。ああ、酔っているな。酔って感傷的になっているんだ。そう気付いた頃には、疲れたのかそのまま眠ってしまっていた。
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