第8話

 時は少しさかのぼり、ジードが無事契約を終え、空に飛び立ったのを見送ったリイナは1人、森の入り口を目指していた。一緒に乗って空を飛びたかったのだが、それは断られてしまい、しぶしぶ引き下がったが未練がましく先ほどから何度も空を見上げてしまう。

 もちろん、危ないから乗せなかったというのもあるが、リイナにはリイナのやるべきことがあるのだ。ジードが感じた殺意はきっとハンターのモノで、ハンターに頼んでいたのはリイナの住んでいる村だ。もしかすると村の誰かが来ている可能性もあるためリイナは空に飛ばなかったのだ。

 村の大人たちの顔を思い返して、リイナは頭の中で伝えるべきことをまとめながら森の入り口に向かって歩く。


『おおー!!』

 猛々しい声が聞こえ、リイナははっとする。レアードが負けるはずはないが、ぼんやりしている暇はない。動物たちの波を駆け足で逆流し、入口へ急ぐ。


「!!リイナ」

「村長!!」

 一番初めに目に入ったのは初老の村長だった。ほかにも数人の見知った顔があり、その中に大好きな人がいた。

「お母さん…」

「リイナ!!こんな無茶して…!どれだけ心配したと思ってるの!」


 強く抱きしめるその腕は小刻みに震えており、リイナは胸がぎゅっと締め付けられた。きっとレアードの守りたいものも、こんな温かさだったのだろう。

 レアードに触れたとき、リイナには思い出のワンシーンのようなものが一瞬見えていた。ジードにそれを言わなかったのは、自分自身、勝手に妄想したのではないかと思ったのだ。でも、その時感じた温かさと、今の感覚はとても似ていて、嘘でなかったのかもしれないと思えた。


「ギャァァァ!!」

 耳を貫くような鳴き声にリイナをはじめ、全員が上を見上げた。そしてふらふらと森に落ちる影が視界に入る。レアードより小さいが、それがドラゴンであることはすぐにわかり、上空を睨みつける。ハンターたちはついにドラゴンテイマーを連れてきたというのか。

 

「ひ、飛竜が怒っておる…」

 振り向くと、耳を塞ぎ地面に伏せっている村長がいた。村長以外も、祈る者、泣き出す者、唖然としている者、皆一様に絶望の表情を浮かべている。

「彼は、心優しきドラゴンです。人喰い飛竜なんかじゃないんです!」

「どういう、こと…?」

「この森は、自然で溢れてるの。私が近づけば逃げてしまうような小動物たちがたくさん住んでる。あのドラゴンが、本当にうわさ通りのドラゴンなら、動物なんて住めないじゃない!」


 1人1人の顔を見ながら、リイナは話す。自分が感じたこと、見たモノ、聞いたことを。

 伝えること。そんなことしかできない自分が腹立たしくも感じる。それでも、これができるのは、今リイナしかいない。村人たちの心に響くように祈って、話すことしかできない。

「お願いです!この森を、あのドラゴンを、あの人を、噂だけで判断しないでください!」

 リイナの言葉に、皆それぞれに渋い顔を見合わせる。噂だけで判断するのは、確かに良くないかもしれない。しかし、ドラゴンたちを地に落としたのも事実なのだ。

 恐怖の対象としてきた噂の生き物の本当の強さを見た今、どうしたらいいのか分からない彼らは空に祈りを捧げている村長に視線を集める。

 

「我々は…」


 と、村長が口を開きかけたとき、赤いものが空から降ってくると、木々を激しくなぎ倒す音がした。リイナは急いで振り返り、目の前の光景に目を見開く。

「そ、そん、な」

 動物たちの悲鳴、逃げ惑う声、そして炎の爆ぜる音。視界を染め上げている赤。何を見ているのか、理解が追いつかなかった。

 なぜ?今目の前に広がる光景は、本当に現実?夢ではないの?


「森が…燃えている…」

「!師匠さん!」

 村長のつぶやきに、リイナもようやく燃えている、という事実を受け止め、大事なことを思い出す。森の中心、この炎の中心には、あの大木があるはずだ。

「リイナ!!」


 走り出したリイナの背に、母の声が吸い込まれていった。

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