第4話
***
「隊長!準備、整いました!」
ピシッと敬礼をする兵士に、重々しく頷く。視線を少し上げると、いろいろな武器を背負う兵と共に人の二倍ほどの大きさのドラゴンが数匹並んでいるのが視界に入る。
「初めから、こうすればよかったのだ」
そう言って、男は口元に笑みを浮かべていた。
***
―25年前のゼシカの森―
「こら、ジード!また君は水浴びしっぱなしで出歩いて!風邪をひくだろう!」
「風で乾くから問題ないって」
木の上に上っているジードの髪からぽたぽたと水が滴っているが、当の本人はまったく気にすることなくニヤニヤと下から未だ何かを訴えている人物を見下ろしている。
しばらくすると、諦めたのか声が聞こえなくなった。しかし、次の瞬間、ジードは大きな影に覆われていた。
明らかに顔を歪ませたジード。上を見上げれば案の定ドラゴンがおり、その大きな口で器用に服の襟首を持たれた。
「レアード使うなんて卑怯だろ、師匠」
「器用な君なら、逃げることも可能だったんじゃないかな?」
ふふっといかにも聖人そうな笑みを浮かべる師匠のもとに運ばれたジードは、頭を拭かれていた。レアードと呼ばれたドラゴンは、ジードたちの脇に座って、大きさに似合わず小首をかしげて、きょとんとしている。
ジードは大人しく髪を拭かれながら、視界に入った大剣に視線を送った。切り株に立てかけられている二本の大剣は、いつも稽古で使っているモノで刃は潰してある。今自分の頭を拭いているこの細腕で、あの大きな剣を振ること自体不思議なことなのに、さらにジークは勝てたことがない。物心つく前から一緒にいるため、互いの手の内は分かっているのは、ジークも同じはずなのに、勝つことができない。
「はい。終わり」
気づけば頭はほぼ乾いており、きちんとくしで梳かれていた。顔を上げると、満足そうな顔をする師匠と目が合う。
「はいはいドーモ」
「あ。ジード」
そそくさとその場を後にしようとすると、師匠が呼び止めた。振り返ると先ほどとは真逆の真剣な表情でこちらを見ていた。
「今日は満月だ。絶対、奥には来るな」
突き放すような視線と声音に、内心冷えながら表情は出さずに手を振ってその場を離れた。
師匠と別れてから沈む夕日を木の上から眺めながら、ジードは複雑な思いを抱えていた。木の下には体を小さくして眠るレアードがいる。これから起こることに、あいつ自身は何も感じないのだろうか。
レアードは普通のドラゴンとは違い、とある特性があった。満月の夜、フルムーンの力によってレアードの力が大幅に増幅するのだ。その力を制御しきれないレアードは暴走し、見境なく人を襲ってしまう。
その暴走を止めるには、日が昇りフルムーンの力が収まるのを待つしかない。つまり一夜彼を止め続けなくてはならず、師匠がその役割を担っているのだ。
どうしてそんな力に目覚めてしまったのか、レアードしか持たない特性なのか、学者でもないジードには分からない。
自分のてのひらを見つめ、強く握る。師匠にすら勝てないジードではレアードを止めきれない。わかってはいても、自分の無力さにいら立ちを抑えられない。
「…寝よ」
木から降りて、小屋にこもり、明日の朝、また目覚める。そうしたら、また満月まで師匠に修行を付けてもらおう。そう心に言い聞かせ、眠りにつこうとした。
その日の夜中、いつもは目覚めない時間に動物たちのざわめきで目を覚ました。半眼になりながら起き上がり、小屋の外を見て、ジードは絶句した。
「なん、だよ、この月…」
真っ赤に染まった満月がいつもより大きく、強い光を放っていた。吸い込まれそうなその月に見入っていると、森から動物たちが次々に逃げてきて、ジードはあたりを見回す。
何かがおかしい。そう判断し、急いで小屋に戻って着替えを済ませると、師匠のいる森の最奥へ走り出す。
気持ち悪いほど静かな森には、生き物の気配が感じられなかった。ざわつく心に不安を覚えながら、結界の前にたどり着く。師匠が張った結界の向こうで行われているだろう凄惨なものを思い浮かべ、生唾を飲み込む。迷ってはいられない。確かめなければ。そんな思いがジードを突き動かし、結界の中へ足を踏み入れる。
「…え」
一瞬、脳が思考を停止した。いや、ジード自身が信じたくないと思ってしまったのだ。目の前の光景を。想像していたのは、師匠が大剣を構え、見えない速度で戦っていたのだ。しかし、師匠の大剣は地に刺さっている。仁王立ちする師匠はレアードをじっと睨みつけていたのだ。右肩からボタボタと大量の血を流しながら。
「し、師匠!!」
急いで駆け寄ると、何かの儀式が終わったようでレアードと師匠の足元の光が消えた。力なく振り向く師匠に何と声を掛ければいいのか分からず、しばらく視線をさまよわせたが、右肩に気づいて急いで治療を始める。
「どうして、どうして!!」
「今日は、不運が重なってしまったようです」
「なんで笑えるんですか!!」
止血の葉を傷口に何枚も重ねてはり、上から包帯でぐるぐる巻きにする。けがをしている本人より、ジードの方が痛そうな顔をしている。
「これで、彼の最強の暴走は抑えられるでしょう。普通の暴走は免れないかもしれませんが」
静かに眠るレアード。師匠は、右腕を失い、暴走を止めたようだった。
「どうして…!師匠の力なら、腕を失わずに倒すことだって!!」
「そうだね。殺すことは簡単さ」
“殺す”その言葉にジードははっと息を呑んだ。師匠が生きればそれでいいと、今のジードは考えていなかった。
ばつが悪くなって顔を逸らすが、自分の考えが間違っているとは思わない。
「これは、僕のエゴなんだ」
そう自嘲気味に笑う師匠は、いつもと雰囲気が違って見えた。
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