四章 確証

 自分が誰であるかなんて、まず興味がなかったその男は、多島町に先回りで来てからというもの。面白みを感じていなかった。駅の売店でコーラを買い、一気飲みしてむせているところを、通りがかった住人に笑われた。ただそれくらいの感覚しか無かった。元々ここには、来る予定がなかった。それでも先回りしたのは、実は自分にとっていい結果へとなっていく。商店街で自分と同じ顔、同じ声、同じ背格好の人物を見つけた。それで思いついた。

「ああ、あの子になろう」

 そうして、少年に声を掛け。誰も見ていないのを良いことに、その男は、少年とすれ違い様に後頭部を殴り、気絶させた。少年の名は、学生手帳によれば、梶昇。多島町の地元学校に通う学生。彼を誰にも見られないように、そこまで移動してきた車に乗せて、多島町の山間にある無人の小屋まで運んだ。そこで、彼の服を剥ぎ取り、自分の服と交換した。それから目覚める前に、少年の手と足を粘着性の高いガムテープで拘束し、目覚めた少年にナイフを突きつけ、少年に殺されたくないなら全て話せと、少年の家柄から家族構成、友達。そして、芝目のことや宮部のこと。そして、藤本警部のことを聞き出し。そのまま少年を置いたまま、車をそこから離れた場所に放置し、凛子が多島町に着き、商店街を通るかどうかを見張っていた。そして、そうとは知らず。芝目と宮部、藤本警部はまんまとこの男に騙されたのだった。小屋は、巡回の自治隊員も居ないと聞いた。よくまあここまで事が上手く運んだと、男はただ笑っていた。横で呻き声を上げる昇は、男の姿をずっと観ていた。どう考えてもそっくりだった。そこに居るのは、声から姿形まで同じの自分だ。何でこんなに似ているのか? そんな事よりも芝目と宮部。そして藤本警部はと思考を巡らせたが、その内意識が無くなり、また気絶した。

「よく眠るよねぇ。この子」

 ナイフをズボンのポケットから取り出して、男は凛子を殺す。そのワンシーンを思い描いていた。ああ、出来れば、少しイタズラしちゃおうかな。それから殺してもいいけど、足が付くよね。それは駄目だな。やっぱり、殺しちゃわないとダメだ。あっさり殺して、それで全て終わるだろうけど、その次にあの芝目とかいう子を虐めるのもいいなぁ。などと考える男の思考内で、凛子と芝目は、男の思い描くワンシーンの中で凄惨な殺され方をされていた。

 そして、自然と男の口から、その内容が口から漏れていた。

「凛子ちゃんは可愛いから、まずお目々を潰そう。ナイフで抉り取ってしまおう。それから、指を一本一本切断して、足の指まで切断したら、喉を刺そう。それから可愛い悲鳴が無くなるから、次は……」

 小屋の中で、男の笑い声が響いた。昇以外に届かない犯行の笑い声だった。


 凛子は、不安だった。あの手紙が来て以来、施設の警備は厳重になり、警察が包囲網を作っていた。そこへ芝目と宮部が藤本警部と共にやってきたのは、もう遅い夜九時頃のことだった。丁度凛子は、聴きこみが終わって開放されたところだったため、芝目の姿を受付ロビーで発見した時は、泣きつくように抱きついた。

「京香!」

「わ! おいおい、もう大丈夫だって」

「仲いいなぁ……いいなぁ……」

 宮部がその光景を見て愚痴を零した。

「最近さ。芝目ウザいくらい凛子凛子って言うようになってさぁ。マジでもうアタシ的には簡便なんだわなぁ。大対怪我人を心配しろよ、このバカお嬢様が」

「え……。どうしたの? 貴里ちゃんのその怪我……」

「昇にボコられ――」

その口を芝目が塞ぐ。モガモガと言いながら、バタつく宮部。元気そうだと思った凛子は、芝目に続きを聞いた。

「いや、信じ難いんだけどさ。凛子を狙ってる奴、昇とマジでそっくりなんだよ」

「? どういうこと……?」

 藤本警部が全て話した。話し終えると、自分がその犯人に町の商店街で会っていたと知る。凛子の気は遠くなった。そのまま力を無くして倒れこむ。大慌てで藤本警部が施設の係員を呼びに行く。

 自分の部屋で横になっている凛子は、ふと左手に温かい温もりを感じた。懐かしい。これはお母さんの手だ。そう思って「お母さん!」と叫んで起きると、横にはびっくりした顔の芝目が居た。

「ごめん……お母さんは……居ないよね」

 芝目は驚いたが、「そうか。そうだよな」と言って、凛子の頭を撫でた。

「お前、一人ぼっちなのに。こんな所で、こんな大変な目にあってさ。もうすぐあの野郎は捕まるかもしれないけど、それまでの間でいいや。私が凛子の母さん代わりだ」

「キャ、キャラじゃねーよ、芝目」

「黙れ」

 隣に居た宮部の背中を軽く叩くと、「いつつつ! まだ痛いって!」と言って、宮部は叩かれた箇所を押さえた。それを見ながら、凛子は「このまま何もなければいいのに」と呟いた。その時だった。いきなり、施設内の電気が停電した。係員が直ぐに凛子の部屋に駆けつけ、安全を確認すると。そのままその係員は、行方知らずとなってしまった。どういうことだと、施設の責任者が携帯に連絡を入れるが出ない。そして――

「ナイスだよねぇ。僕、ナイスだよねぇ」

 その声は、施設の中から聴こえた。


「出てきたのが鍵持ってるとか、僕の運マジでナイスだよね」

 施設内に響く声。そう遠くではない。藤本警部が戻って来ない。廊下を歩く音が聴こえる。その声は昇の声。違う。犯人の声だ。そう確信した芝目は、二人共静かにしろと言って、聞き耳を立てた。施設に男の声が響く。

「あの藤本ってやつ? マジで馬鹿なの? 僕を昇君と間違えるとか。まあ、無理ないけどさぁ」

 大きな声で近づいてくる。芝目は、どうすればいいのかを考えた。どうすればいい! どうすればいい! 相手は、藤本警部から銃を奪ったかもしれない! どうすればいい! そこでふと思いついた。僅かな勝算を考え、芝目は、凛子と宮部に「私を信じろ」と「それから……」と言って、そのまま凛子の部屋を出た。凛子の部屋から離れ、男を確認した芝目は、やはり昇そっくりだとしか思えなかった。余りにもそっくりで、これでは判別がつかない。暗闇に潜む芝目を男が見つけることは、造作もなかった。そして、男は芝目に笑いかける。

「やぁ、京香ちゃん」

「気安く呼ぶんじゃねぇ」

「まあそうだよねぇ。でもさぁ――」

「!」

 一瞬で間合いを詰める男。

「これじゃ、先に死ぬのは、京香ちゃんだよねぇ」

 施設への侵入は簡単だった。施設前で、藤本警部を発見し、直ぐにそれを実行した。

「藤本さん!」

「! 昇君か!」

 そう言って信用させ、自分を拉致した犯人は、多島町から離れた山間の小屋の中に拘束してある。と言って、「流石昇君や!」と、浮かれてそこへ自転車で向かう藤本警部を嘲笑うかのように見て、施設内に入った。その前にこの施設へ続く電源ケーブルを切っておいたため、暗がりの中で混乱状態なのは、実に良かった。そして、裏口にあるブレーカーを見て、どうにもなっていないことに疑問を持った係員に襲いかかり。首を締めて気絶させた。運はそこまでではなく、その係員は、施設の鍵束を持っていた。恐らく、小さな施設だから、ブレーカーを戻す時に鍵が要るんだろう。そしてそのままその鍵で裏口を開け、警察の車両がないかを確認し。退路を確保してから、凛子の部屋を探していたのだった。男は笑う。何もかも思い通りだという顔で。しかし――

「なあ、赤い移り神がどうしたって?」

「!」

 そう。自分は困っていた。なんだってこんなものを憑かせてしまったのか。いくら非合法なやり方で殺しが出来るからといって。それを憑けた日からは、睡眠不足の日々を送っていた。眠れば扉は叩かれる。そして、それは自分にしか聴こえない。ただ、これを憑けておけば、凛子の行動を読むのは容易かった。だから、あの日。あの女を殺した日。凛子が死体を目撃したのを見て。そして、凛子が死体の前にあった石を拾ったことで思いついた。

「そうだ。あの石もっと利用できないかな」

 それからは、見事にその憑き物のお陰で、大量に人が死んでいった。凛子はまんまと、自分の思い通りに。自分が知っている移り神の在り方そのものを使って、殺人を手伝ってくれた。そこまではよかった。しかし、黒い移り神は聞いたことがあったし調べたこともある。だが、赤い移り神なんて知らなかった。そこで、凛子さえ殺せばいいのだと自分で結論を出して、凛子を狙っていた。しかし、目の前に居る芝目は、「それを知っている」と言う。

「私の母さんがどうやって死んだかって、お前に話すかどうかなんて悩んだんだけどさ」

 芝目は、喉元に突きつけられたナイフを見て、震える声を必死に抑えながら言った。

「母さんは、生霊に命を持ってかれたんだよ」

「……?」

 生霊? どういうことだ? コイツも死んだやつを連れてきたんじゃないのか? そう思っている男に続けて芝目は言う。

「まあ、その生霊だってことが厄介でさ。生霊って生きた奴の執着心からそうなる場合が多いとか言うんだけどさ」

 半ば芝目の話を聞き入る男。どうして聞いてしまっているのか? なぜ聞いているのか? 気になるからか? いや、そんなことより、さっきから後ろであの音が聴こえる。まただ、あの音……。男は耐えられなかった。

「もう嫌だ!」

 そう言って、拮抗状態を解き。裏口へと走る男。その姿を見て芝目は言った。

「あの世で償いな」


 走って行く男を見て、凛子の部屋の入口から様子を伺っていた宮部が、「凛子」と言って凛子を芝目の元まで連れて行った。芝目は、「このまま正門の警察のとこに行くよ」と言って、二人を連れて行った。警察に保護された三人は、男が逃亡しているかもしれないことを告げる。警察は手薄だった施設裏口へ向かった。しかし、その入口を開ける前に、男は死んでいた。それは酷い形相で、昇と同じ顔にはとても思えなかった。

 こうして、凛子を狙っていた犯人は、そのまま報道され、瞬く間に移り神の噂も広がった。


「ねぇ知ってる? あれ本当だってさ」

「え? マジで? あのサイトのマジだったの?」

 自殺掲示板は閉鎖されたが、噂は広まる一方だった。ネット中で話題になり、実際にそれをやろうとして、怖くて未遂に終わる者達が多数居た。大きなネット掲示板などでも書き込まれ、そのまとめサイトまで作られ。凛子達の本名すら晒されなかったものの、噂で多島町に来るフリーライターやマスコミの後が絶えなかった。そうして、一年が過ぎた頃。凛子と芝目は、多島町の商店街に来ていた。

「あ、凛子ー芝目ー」

 手を振る宮部に足早に近寄り、芝目は宮部の頭をゴツンと殴った。

「いってぇ!」

「いってぇじゃねぇよ! 大体お前のせいだろ!」

「いやー申し訳ないー」

 宮部は匿名で、あの事件の事を大手掲示板の書き込みを見て、つい書き込んでしまったのだった。そこから宮部の住所が割れて、それはもう色々とこの事件の事は広がっていた。宮部は不服そうに芝目を見て言った。

「だっておかしいじゃんよー! 犯人は、芝目が殺したみたいに書かれてたしさぁ」

「それにしたって、状況を細かく書き過ぎだろうが!」

「まあまあ」

 芝目に堪えるように言う。凛子はその後、多島町の施設から芝目の家へ引き取られた。名目上だと、里子なので芝目とは姉妹になる。意外に寛大だった芝目の父親は、凛子の不幸と自分の嫁の不幸を重ねて、直ぐに養子縁組をした。姉妹になる娘のアパートを引き払いさせ、そのまま凛子と居るようにと芝目は言われたのだった。

「ほらほら、お姉ちゃん! 怒らないの!」

「……! やめろそれ! くすぐったいんだよ!」

「満更でもないのではー?」

「うるせぇ!」


 多島町は、平穏が流れていた。

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