三章 誘発

「うっかりしてた」

 芝目はそう言うと、自分の左肩に揺らぐ移り神を観た。ゆらゆら揺れながら時々顔の形をとり、ニタァと笑みを浮かべる。それを見ながら、「我ながら馬鹿だ」。と、自分に呆れ返っていた。その移り神は凛子にも見えるようになっていた。対策法がない訳じゃないと言って、芝目は多島町にある、大きな寺の住職の元へと凛子を連れて行った。寺に着くなり、寺門を掃除していた住職の名を呼ぶ。

「藤本師匠」

 すると、師匠と呼ばれた住職は、目を皿にようにして二人を観た。

「エラいもんが憑いとるなぁ」

「すんません。またお世話掛けます」

 住職も見える人らしい。それもそうか。寺の住職だ。でも藤本? どこかで聴いた気が……。と思った凛子は、思い切って聴いてみた。すると、住職は藤本警部の叔父だと答えた。芝目は既に知っていることなので驚きもしなかったが、凛子にとっては、警察と寺の住職という藤本家の家柄が凄いなと場違いながら思えた。しかし、そんな事よりも、移り神のことだった。まず、凛子に殺人現場になった公園で何をしていたのかを聞かれた。

「あの時は、子供を連れた近所のおばさんと、登校中の道ですれ違ったから、挨拶したんです。でも……」

 凛子は押し黙っていた。そこを芝目が背中を叩いて、「シャキッとしろ!」と一喝し続きを話させた。

「あの時、おばさんの様子がおかしいって思って、それで私……」

「ほら、頑張んな」

「……うん。あの時私の観た先に、公園があって。そこの入り口の花壇を観たんです。それで、私……そこで遺体になってたのが……お姉さんだって気付いて……でも……我慢できなくて吐いて……」

 それ以上は、涙ぐむ凛子を観て、住職が話を止めた。そして、住職は言った。

「まさかと思うけど、その時に石に触れんかったか?」

 住職の言葉を聴いて、「そういえば……」と答えた。住職は、「そらあかんわ」と言った。その後、言葉が続く。

「殺されたんわそのお姉さんやな。で、祟ってるのも、そのお姉さんやわ」

「やっぱそうなんですか?」

「ああ、そうや」

 二人の会話を飲み込めない凛子は、どういう事かを説明して貰った。

「まずな? その石には触れたらいかんのや。それは、偶然置かれてたんやろうけど、鎮め石って言ってな? 仏さんに供えるための石なんや。どういう事でそれに触ったんわ知らん。でもな、それで仏さんの逆鱗に触れてしまったんや」

「師匠、それだけだったら、この子は解りませんよ」

「あー、すまんすまん」

 住職はペチンと自分の頭を手で軽く叩いた。

「鎮め石には、それなりの効果があってなぁ。その石を置いとくことで、仏さんの気が安らぐ物になるんや」

「つまりアンタは、それに触っちまったから祟れたってことね」

「は、はぁ……」

 よく分からない。ちんぷんかんぷんだ。二人の会話を聞きながら、この移り神の対処法を聞いていた。

「まずな、他の人に移らんように、その左肩は触らせたらいかん。多分京香は、触れちまったから移ってるんやな。そうやろ? 京香」

「仰るとおりです……すんません」

 芝目は、ニヤニヤと笑ったが、「阿呆」と言われて、しゅんとした。そして住職は、対処法を語り始めた。

「丑三つ時になると、その神さんは、一旦離れるんや。その時に、京香と住んどるんやったら、玄関先に石を二つ置いてみればええさ」

「それだけでいいんすか!」

「よう聞きなさい!」

「はい。すんません」

 方法は単純だが、決してその日、何があっても玄関を開けてはならないのだという。開ければ、そのまま二人共あの世へ連れて行かれる。そう住職に言われた二人は、手頃な石を拾い。それを玄関先に並べた。

「えーっと、この後確か、一日経ったら、移り神が石に憑いてるから、そこにこの酒を撒けって言ってたな」

「……」

 黙る凛子に芝目が声を掛けたが、凛子は真剣な表情をしている。

「本当にこれで大丈夫なんだよね……」

「師匠が言うんだから間違いねえって」

「そっか」


 丑三つ時、午前二時三十分。二人は、それまで一睡もせずに左肩の移り神を観ていた。すると、移り神が住職の言ったとおりに離れていく。そして、外から玄関を叩く音が聴こえた。

 ガンガンガンガン! ガンガンガンガン!

「開けて! 開けて!」

 その声にビクリとした凛子。その声は、間違いなく朋子だった。咄嗟に声が出ていた。

「朋子なの!?」

 すると玄関は静かになり、次の瞬間――

「開けろぉおおおおっ!」

 ガンガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガンガン!

「ま、正志君!?」

 確かにその声は、正志の声だった。芝目が凛子の口を抑える。

「黙ってな。次は私だな」

 覚悟をした芝目。玄関が静けさを取り戻す。しかし――

 ガンガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガンガン!

「京香ぁあっ! 京香ぁぁあっ! 許して京香ぁぁああっ!」

 その声に耳を塞ぐ芝目。目には涙を浮かべている。

「なんだって……こんな時に……母さんなんだよ!」

 芝目は、泣いていた。あの時、芝目は自分を抱きしめてくれた。芝目は、嫌かもしれない。凛子はそれでも芝目を抱きしめた。芝目は、泣き崩れて凛子の胸で泣いた。

「大丈夫、大丈夫。絶対に大丈夫」

 そう言う凛子。涙で震える二人は、そのまま朝を迎える。


 朝になり、何事も無かったかのように静かな玄関先に、二人はそっと出た。そこには、移り神が二体。石の上に憑いていた。そこに芝目は、住職から貰った酒を撒く。すると、移り神は、小さくなっていき、そのまま消えた。二人は、ホッとして共々息を吐いた。やっと開放された。しかし、芝目は思い出したかのように、携帯を取り出し、電話を掛けていた。

「どうしたの?」

「いや、アンタの肩に触ったのって確か、私のツルンでる宮部の奴もじゃないかと思って……」

「あ」

「あ、って! あ、宮部! 無事か?」

 電話先の宮部は、何のことだか分からないので、「え? どうかしたん? 芝目」と答えた。

「左肩には触られてなかったよ」

「それを早く言え! あ、何でもない! 寝てろ! んじゃな!」

 そのまま電話を切った芝目は、玄関前に座り込む。

「あー、もうこんなの簡便だ」

「ごめんね」

 凛子は、それから「ありがとう」と言って、芝目にお礼を言った。芝目はそのまま玄関前でこっくりこっくりしている。

「わー! 眠いなら、部屋に入ろうよ!」

 それから二人は、ゆっくりと半日眠ると、芝目の自宅に藤本警部がやってきた。家出少女を見掛けたと、住職から聴いたらしい。こうして、保護された凛子は、両親に再開するはずだったが、藤本警部に「失踪してたって本庁から聴いたんやけど、君のことか」と言われ、家族の事を残念そうに伝えられた。

「ええか? 落ち着いて聴いてくれな? 君の家族とクラスの友達が、皆事故やら殺人やらで亡くなってしまっとるんや」

「え」

 凛子は絶句した。何を言っているんだ? いきなり何を……。藤本警部は、「無理もない」と言いながら、本庁からの連絡を全て事細かく説明した。まず、凛子が失踪したその日に、凛子の母が交通事で亡くなっていた。そして、次に父親が凛子を探すために電車に乗ろうとした時、線路に突き飛ばされて亡くなり、その後。続々とクラスの生徒達とそれぞれの親が死んでいったという。全ての事を裏付ける証拠も無く、この事は凛子が見つかるまで保留にされていた。そして、凛子が見つかった知らせを受ければ、本庁が動き出すと。唯一生きている関係者として、事情を聞きたいのだと、藤本警部は言った。

「じゃあ、この子……もう誰も――」

 芝目は、自分達が助かったことだけしか頭になかった。それ故に、凛子の周辺人物に凛子から移り神が広がっていたことなど考えもしなかった。身内も友達もない。当の本人は、気が狂いそうだった。折角自分が居なくなったのに! どうして! どうして! と心の中で叫び、叫ぶようにその場で泣いた。芝目は、それを抱きしめてやるしか無かった。数日経ち、凛子は凛子の希望で、多島町の施設で暮らすことになった。「もうあの街に帰りたくない」と言いながら、親の葬儀も友達の葬儀も出た。疲れ果てていた。唯一の救いは、芝目との電話だった。


「よう。元気か? 凛子」

「うん」

 電話口での芝目との会話。あれからお互いの携帯番号を交換し、メアド交換もしてすっかり友達になっていた。最近変わったことはなかったか。もう施設生活は慣れたかなど、宮部がまた昇に絡んで大変だっただの。すると凛子は、「相変わらずだね」と笑って答えた。もう全ての事が終わってから数ヶ月経つ。学生生活もそろそろ終わりそうな時期。そんなある日。凛子宛に黒い封筒入りの手紙が届いた。その手紙には、文末にメールアドレスが書かれていた。

『もう何ヶ月か経ちましたね。どうですか? 生活の方は。私はいつまでも貴女を観ています。絶対に殺してやる。お前を殺して、全て終わればそれでいい。死んでしまえ! satsujin@in.com』

 まだ狙われていた。凛子は直ぐに藤本警部に知らせて貰った。自分を付け狙っている奴が居る。恐らくその人物が、凛子を狙う前に、お姉さんを殺した張本人。芝目は、その事を凛子からのメールで知り、凛子のいる施設に向かった。久々に会った二人は、お互いを元気そうだと確認すると、一息ついた。

「まさか、あの移り神を利用した奴が居るなんてな」

 移り神。数ヶ月前に凛子と芝目と凛子の家族とクラスの全員を殺した神。しかし、それを利用していた者が居る。そんな事は、芝目にしか話せなかった。芝目は、「師匠のとこに行こう」と言って、凛子を施設から連れ出す。


 暫く移動中のバスに乗りながら、警察じゃなくてどうして藤本住職なのかを聴いたが、「まあいいから」と言ってはぐらかされた。寺につくと、すっかり紅葉の季節を迎えた寺門の落ち葉を住職が集めていた。二人の姿を見るなり、「またなんかあったんか」と言って、二人を中へ入れた。凛子はメールの内容を住職に見せた。

「全て終わればいい……。なんやろな。これ余り良い気しぃへんぞ」

 そして、この送り主が、お姉さんを殺した犯人だろうということを伝えると、住職は「なるほどなぁ」と答えた。

「師匠、コイツかなりヤバイんじゃないですか?」

「そやなぁ。この人は、多分神さんを利用して凛子ちゃんを殺そうとしてるんやろな。でも何でや?」

 凛子は、そう言葉を投げかけられ、首を横に振った。住職は続けて言った。

「恨まれとるんやろうけど、多分この人は、相当色々な本とか資料とか見てるんやろな。自分が殺されない方法を知っててやってるんやからな。あかんな。厄介や」

 住職は頭を抱えて、ペチンと頭を軽く叩いた。芝目は、ここまで困った住職の姿を、一度観たことがある。まだ、芝目が小学生低学年だった頃。芝目の母は、同じような移り神に祟り殺されそうになっていた。住職は、解決法をその時にも言ったが、芝目の母は、玄関を開けてしまった為、あの世へと引きずり込まれてしまったのだった。その時の移り神は、右肩にその姿を出していたが、赤く光るような禍々しい物だったと覚えている。同じような対処法なのだが、若干最後が違う。用意した石を、割らなければならなかった。もっともその前に、芝目を残して、母親はあの世へと命を持って行かれたのであった。

「京香?」

「ん?」

「どうしたの?」

 名前を呼ばれて、凛子の方を向く芝目。寺からの徒歩でのバス停までの帰り道。具体的な方法が見つからずに、そのまま凛子を施設まで送っていくと芝目は言ったきり、思いふけっていたのを気になった凛子。

「あのさ、気になってたことあるんだ」

「?」

 凛子は、あの時どうして芝目が泣いていたのかを聴いた。すると、芝目はすんなり答えてくれた。

「昔さ。あの時みたいな黒いのじゃなくて、赤いのに取り憑かれてた母さんがさ。そのまま死んじゃったんだよ」

「あ……えっと……」

「いいって。それから、そいつは現れなくなったんだけどさ。その時に来たのは、母さんの愛人の生霊でさ」

「生霊? っていうか愛人作ってたんだ……京香のお母さん」

「父さん、すっげー固い人でさ。私が見えるようになってから、母さんが死んだのはお前のせいだって言って、あのアパートに私を追い出したんだよ」

「ごめん。変なこと聞いちゃった」

 芝目は、「いいのいいの」と言って、手を握って、軽くコツンと凛子の額に当てた。そして、少し申し訳無さそうな顔で、「宮部には内緒な」と言って、凛子を施設まで送り届けた後、自宅にあるノートパソコンを起動させて、ネットに繋げ、あのサイトを見ていた。サイトのTOPには、大量に死んだ移り神の事件であろう情報が、文章で貼られていた。芝目は、その文章を観て、胸糞が悪くなり、直ぐに電源を消そうとしたが、メールが届いたというバルーンメッセージが表示された。その相手は――

「梶昇って……昇?」

 アイツ私のメアドいつ知ったんだ? と思いながら、芝目は昇からのメールを観た。

『芝目。メールでは初めまして。いつも宮部に弄られている昇です。メアドは、君の友人の宮部に口を割らせて教えてもらいました』

「あいつ……いつシメられたんだ」

 続きを読む。

『移り神の事を宮部から聞いて。それで、どうやって無事だったのかも聞きました。でも、同じ方法を試したのに、僕の赤い移り神は消えません。どうしたらいいのか分からないから、君に聞こうと思ってメールしました』

「赤い……移り神……」

 亡くなった母の事が脳裏に過ったが、直ぐにメールを返事を打ち始めた。自分達と同じ方法では、それは消えないこと。直ぐに藤本住職の所に行くこと。しかし、メールの送られてきた日付に気付くと、芝目は「何でメールが送れるんだ?」と、疑問に思った。日付は、芝目と凛子が祟り神を消してから、随分経っている。こんなに日付が経っているなら、普通に昇が祟り殺されていてもおかしくない。あの赤い奴は、そこまで強い奴だ。それに昇は、藤本住職の事を知っているはずだ。どうもおかしいと思ったので、宮部に電話を掛けた。

『お客様のおかけになった電話番号は、現在電波の届かない所にあるか――』

 芝目は嫌な予感しかしなかった。このメールは、おかしい。直ぐに藤本警部知らせようと、芝目は交番へと出かけた。商店街を抜け、区役所と消防署の真ん中にある交番へと、走っていった。するとそこには、全身傷だらけの宮部が、藤本警部に手当をされていた。藤本警部は、芝目が声を掛けたのに気付いて、「落ち着いて聞いてくれな」と、芝目に話し始めた。時間は、芝目と凛子が、住職の元へ行っていた時間帯。その時、公園のベンチで、最近芝目が構ってくれないことに拗ねていた宮部は、昇に会った。そして、昇にベンチに居るところをいきなり殴りつけれられたという。殴る蹴るの暴行を受けた後、昇に「芝目の携帯のメアドを教えろ!」と、脅され、何か変だと思った宮部はパソコンの方のメアドを昇に教えたのだと言う。芝目は目を丸くした。信じ難い。あの昇が、そこまでの事をするだろうか? そう思って、藤本警部に昇の携帯に電話を掛けたのかと聞いた。

「何度も掛けたで? でも、でぇへんのや」

「番号教えてくれ」

「わ、分かった」

 そして、芝目の携帯から昇の携帯に電話を掛けると、直ぐに繋がったが、誰かの呻き声が聴こえた。

「やあ、芝目」

「昇か? 今何処にいるんだよ」

「今? さぁ? 今ねぇ!」

 ドン!

 何かを蹴る音が聴こえた、そして呻き声が聴こえる。

「今、僕機嫌が悪いんだ。この昇って子、死んじゃうかもよ!」

 ドン!

「あぁっ!」

 電話口で同じ昇の声がした。どういうことだ? そう思っていると、昇は答えた。

「君のせいでさぁ。僕の計画台無しなんだよね。だからさぁ、まず君の嫌いな子を殺そうって思ってねぇ!」

 ドン!

「あぁっ! 芝目……! ……聴くな!」

「煩いよ!」

 ドン!

「もう僕が誰か解るよねぇ? 芝目京香ちゃぁん?」

「お前……もしかして、凛子を狙ってる奴か」

 電話口の自称昇は、高々に笑った。芝目は、息を飲んでその笑い声を聞いていた。

「君、最高だね! 京香ちゃん最高だよ!」

 ドン! ドン! ドン!

 強打する音が、携帯越しに入ってきた。そして、自称昇は笑っていた。

「アッハッハッハッハッハッハッ!」

 耐え切れない芝目は、「止めろ! 昇は関係無いだろ!」と言うが、自称昇は、蹴り続ける。

「止めろ!」

「あー大丈夫。気絶しちゃった」

「何が目的だお前。関係ない奴殺してまで、何で凛子狙うんだよ」

「さぁ?」

「さぁって……お前、理由もなしに凛子狙ってるのかよ! いい加減にしろ! さもないと――」

「さもないと何?」

「……」

 その口を藤本警部が抑えていた。そのまま警部は、電話にでる。

「多島警察の藤本や! お前か! 凛子ちゃん狙ってるって犯人は!」

 ブツッ!

 電話は急にそのまま切れた。

「厄介だよねぇ。警察ってさ!」

 ドン!

 場所は、多島町から少し離れた山間。その山間の小屋の中に、宮部を襲い、昇を拉致した犯人は居た。

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