二章 多島町
午後三時。小さな駅のホームにワンマン普通列車が到着した。駅名は多島駅。小さな駅だが、売店もある。電車から降りる一人の少女。そのまま売店に行き、サンドイッチとミネラルウォーターを買う。ホームのベンチに座り、それを食べる。そして、少し咳き込みながら、少女は共に持ってきた旅行鞄を見る。身支度をした一式がそこに入っている。身分証明になるものは、銀行通帳以外入れていない。少し時間が経ち、食べ終わりホッと息をつく少女。
「多分……これで大丈夫」
そう言うと、旅行鞄を引きながら、少女は駅を後にした。
警察が少女を捜索し始めてから三日経つ。未だ行方が解らないでいた。銀行を利用した形跡があるのに、その他の事はまるで掴めていなかった。何らかの事件に巻き込まれた可能性がある。そう判断した警察は、少女の聴きこみを細かくした後、警察無線による緊急配備を行った。もう、この街には居ない。そう判断したからだった。
まるで行方の掴めない状態になった少女の事を、少女の両親は心配した。事件に巻き込まれているのなら、また、朋子や正志のように死んでしまうのではないか? 居なくなった凛子を家族は胸が張り裂ける思いで心配していた。三日経過した頃。凛子は、町で見つけた公園などで野宿をしながら暮らしていたが、現在は駅から少し離れた商店街を歩いていた。殆どのシャッターが閉まった状態で、辛うじて何件かが営業をしていた。そこでたまたま地元の学生の足に旅行鞄が当たってしまい。いちゃもんをつけられていた。
「あーあー、骨折れてるかもー」
「……すいません」
少々目立つ髪の色をした、学生服の少女二名が、凛子に絡んでいた。この学生達に比べると、凛子は地味な格好をしてるから、優等生っぽく見えるのだろうかと、自分で思いながら、「すいません」と繰り返し謝っていた。そんな地味な格好をしていると思った凛子だが、小柄でセミロングの黒髪、黒い少しデザインの可愛い上着ジャケット。黒いワンピース。黒い靴下に黒い靴。そして、黒い旅行鞄。全て黒尽くめで、からかい甲斐があるとこの絡んだ二人の女学生は思っていた。そのからかいに耐え切れなくなってきた凛子は、財布を取り出し、ATMから降ろしたお金の中から五千円を抜き、渡そうとした。その時、偶然通り掛かった同じく学生服の少年が、それを引き止めた。
「んだよ、昇! てめぇ、また調子こく気か?」
物凄いメンチを切ってきた背の低い方の女学生が、昇と呼ぶ。顔見知りなのか? そう思いながら、すがるような目で少年を見た。少年は一瞥すると、「大丈夫」と言って、ある名前を叫んだ。
「藤本さーん!」
そこに巡回のために自転車に乗っていた警官が、呼び止められたと思い。その場に自転車を急行させる。
「あ! こら! またお前らか!」
「ヤバイ! 藤本だ! 逃げよ芝目!」
芝目と呼ばれた少年と同じくらいの背の少女は、「チッ」と舌打ちをしながら、小柄の連れとその場を走り去っていった。
「あの子ら本当に変わらへんな! 全く!」
そう言いながら、「ありがとうね! 昇君!」と言って、そのまま警官は去った。急な出来事で色々と混乱していた凛子は、とにかく少年にお礼を言う。
「あの、ありがとうございます」
少年は、気にしなくていいよと言いながら、軽い会釈をして、何事も無かったかのように去っていった。
一先ず大丈夫。ほっと胸を撫で下ろす凛子。大分遠くまで来たはずだから、誰も自分を探せないだろう。でも、時間の問題だ。そう思った。それでも少しの間でいい。あの事件の事も忘れたいし、朋子や正志のことも、もう思い出したくはない。そうやって、自分に折り合いをつけながら、今日まで家出してきた。勿論、あのメッセージが気になるけれど、恐らく同じ街に住んでいる人が犯人だから、自分を何処からか観ていたんだろうとしか思えなかった。それでも気になった。
『あなたのせいで死んだんですよ。二人共。あの子を轢いた運転手も』
「……」
凛子は、空を見上げた。少し曇ってきている。雨が降るかもしれない。すると、頬に冷たい雫が当たった。雨だ。
「寂しいよ、朋子……」
涙も一緒に、その雨と共に流れた。
午後五時。雨宿りに商店街の屋根のある煙草屋の前に佇む。するとそこに、昼頃絡んできた、あの芝目という女学生が、傘を二つ持ってやってきた。芝目は、ぶっきら棒に傘を投げつける。
「ほら、それ持ってついてきな」
「?」
突然の事で困惑した凛子に芝目は言った。
「絡んだのは悪かったよ。ただアンタが少し気になってね」
「え?」
何を言われているのか。一瞬分からなかった。しかし、謝罪をされ、そしてついて来いと言われている。行く宛は確かに無い。そう言えば良いのだろうけど……。と、凛子は思っていた。
「行く当てないんだろ」
「……何で」
芝目は、軽く「ふぅ」と息をつくと、笑って言った。
「アンタみたいな家出娘を、私はよく知ってるってこと」
「……」
黙りこむ凛子。それは分かっている。普通はこうだ。まず信用なんてしない。ましてやさっき絡んだのだ。信用されるわけがない。それでも気になっていた。凛子の左肩に見える。その揺らぐ何かに。
「雨だしな。悪くはしないよ。私一人暮らしでな。だから部屋はまあまあ空いてる」
「だけど」
「だけども何もねーって。とにかくついて来いって」
暫く悩んだ。それでも数分だった。背に腹は変えられないとも思った。凛子は、芝目について行くことにした。
同時刻。凛子の家のノートパソコンは、また勝手に電源が入り、立ち上がる。そして、新着メッセージが表示され、空メールが開いた瞬間。本文が凛子のノートパソコンから、誰も居ないはずなのに勝手に打ち込まれる。
『何が何でも殺してやる』
そのままノートパソコンの電源は切れる。
「アンタの左肩に変なものが見える。心当たりはないかい?」
芝目の自宅に着くなり、中に入って言われた言葉がそれだった。鏡を渡され、観てみるが何も見えない。からかわれているのだろうか? そう思って、何も見えないというと、芝目は「あ、またやっちまった」と頭を抱えた。それから、説明をする。自分は、霊みたいな奴が見えるのだと。そんな事を話されて、「こういう事に心当たりはないかい?」と言われ、周りの自分に関わる人達が、次々と死んでいくことを言われた。その瞬間――
「え……」
心臓に動悸が走った。なんだろう? こんな事は初めてだ。自分は心臓が悪かっただろうか? と思いながら、心臓付近に手を当てて蹲っていると、芝目にこんな事を言われた。
「アンタ、祟れてるね。心当たりはないかい?」
「どういう……」
そのまま凛子の意識は無くなる。
目が覚めた時。凛子は、自分が意識を失っていた間中のことを芝目に言われた。何度も寝言で、「もう行きません! もうやりません! 許してください!」と、言っていたという。それを言われて思い出した。夢の中で、真っ暗な谷底で、何かが叫んでいるのを凛子は聴いた。それが気になって、その場所のガードレールのある所から、谷底を覗きこんだ。すると、一瞬で何かが視界に入った。女性の顔だ。酷くやつれた女性の顔。その顔が見えたかと思うと、腕を捕まれ谷底へと引っ張り込まれそうになっていた。何度も何度も助けを呼んだ。そして、命乞いをした。すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。「起きろ! おい、起きろ!」その声に助けられ、今に至る。
「つまり、アンタは夢の中で命を持ってかれそうになったって事だね。でもおかしいじゃないさ。なんで、もうやりませんなんて言葉が出てくるんだい? そもそもそれなら、アンタは何かをしたんじゃないか?」
心配がっている芝目に話した凛子の夢の話と、凛子の寝言を照らしあわせて、芝目が問う。
「でも、私何もやってないよ……」
凛子はそう言うと、床に手を置き、何かを打つように指を動かしていた。それを見た芝目は感づいた。
「アンタさ。物を打つことやるよね?」
「え? え?」
「その悪い癖でさ。嫌なものを見ちゃったなんて事無い? 人の死体とかさ」
嫌なもの……嫌なもの……そういえば、死んだ人の遺体は何度か見ている。それでも、何がどう物を打つことに関係するのかが解らない。凛子が困惑していると、芝目は自分の部屋にある、液晶画面が晒されたノートパソコンを指さした。
「あれ」
「パソコン?」
「うん。私もさ、よくやるんだよ。パソコンのキーボード打ってると、たまにパソコンから離れてても勝手に指がカタカタやってるように動くんだよね。アンタもそうかなって思っただけ。んで、私が言ってるのは、悪いサイト見てないかってことね」
悪いサイト……そういえば――
「自殺掲示板……」
「やっぱりね」
芝目は、「ふぅ」と溜息を一つつくと、「そこってここだよね」と言いながら、あのサイトのホームページのTOP画像を印刷したものを見せた。見覚えのある、あのサイトの画像を。そして、芝目が更に言う。
「あのサイトね。確か一回、これ見たら祟れるんだってさっていう、画像貼ってあったらしいね。私は、観てないけど、アンタ観たんじゃないの? しかも、その画像観ただけじゃないよね。多分その場所にも行ってるよ」
「何でそこまで解るの?」
「まー、その左肩に憑いてる奴さ。私は「移り神」」って呼んでるんだけど、そいつにも色々形態があるんだよ。例えばアンタみたいな奴を操って、人殺しの関与させたりとかね」
「! それじゃ私が皆殺したみたいな――」
言葉が止まった。あのメールの事を芝目に言わなかればならない。そう思った時だった。芝目のノートパソコンが、勝手に起動した。芝目は、「え」と一言いうと、「これ、電源だって繋げてないのに」と言った。勝手に起動したそのノートパソコンは、電池残量がギリギリだという通知がされたが、その通知が消えた後。凛子のノートパソコンと同じバルーンメッセージが表示された。『新着メッセージがあります』。妙だと思ったが、芝目はそのメールを開いてみることにした。
『もう少しで死んだのに。邪魔するなよ。お前も死にたいのか?』
芝目は、送ってきた側のメールアドレスを確認した。そこには、あの自殺サイトの管理人が使っているメールアドレスだと直ぐに気づいた。そして、それを後ろで観て震える凛子が、恐恐と口を開けた。
「satsujin@in.comって……あのサイトの……」
凛子の体は、震え上がった。自分は、ずっとあの管理人に監視されていたのか? いやそれよりも、その管理人は、確かもう……。
「ここの管理人って確か、この前の公園猟奇殺人で死んだはずだよね?」
嘘だ……嘘だ……そんなはずがない。お姉さんは、確かに管理人だったけど、もう死んでる。そんなはずはない。こっそり教えてくれた裏の顔。仲良くなったからって、見せてくれたあのサイト。嘘だ……嘘だ……。自分をずっと殺そうとしてるのは、お姉さんじゃないか。そんな、馬鹿な事が――
「気をしっかり持ちな!」
パチン! と頬を叩かれた。そして正気に戻り、涙を流して泣いた。見兼ねた芝目は、泣く凛子の体を抱き寄せた。
「大丈夫。殺された現場にアンタは行ってしまっただけだろ? その時にそいつがくっ憑いただけだ。アンタは何もやっちゃいない。誰も殺しちゃいない」
「……でも、人殺しって……」
泣きながらそう答える凛子に、芝目は言った。
「そいつはね。死んだ現場に居合わせた縁深い人間をターゲットにして、次々と憑いて回るんだ。そして、最終的には、人を死に追いやるように仕向ける。そういう悪霊みたいな奴なんだ」
「どうして……」
その先の言葉は出なかった。涙と嗚咽で、言葉はかき消された。悪霊。その言葉を理解するには、そんなに時間は掛からなかった。芝目の左肩に、薄っすらと黒い揺らぐものがみえるようになったのは、それから一日経った直ぐの事だった。
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