一章 殺然

 日曜、午後三時。明るい雰囲気のファーストフード店で、二名の少女が話しをしていた。

「えー! マジ? 朋子、正志と付き合ってんの?」

 興味ありげに、目の前の朋子を見る少女。その口調からして、朋子にとっては、友達か何かだろう。朋子は、少し軽めの口調で、目の前の少女に合否を答えた。

「じゃじゃーん! 正解!」

「じゃじゃーん! 正解! ってあんた超浮かれてんね」

「喜ばずにおくべきか!」

「この幸せ者!」

「うっふっふー」

 どうやら、恋話のようであったが、朋子は話を急に切り替える。真剣な表情になった朋子を少女は息を呑んで見た。朋子が真剣な表情をする時は、目つきも鋭くなり、とてもさっきまで惚気けていたとは思えなくなる少女。朋子は、静かになった少女に話を切り出した。

「凛子の住んでるとこってさ。この前、事件あった所の近くだよね?」

「え? うん」

「あれ、ヤバかったらしいよ」

「……うん」

 知っている。そう凛子は思った。その殺人事件の被害者は、凛子のよく知るOLのお姉さんだった。手足を全て、切断され、そのお姉さんは、遺棄されていた。犯人はまだ捕まっていない。知り合って大分経つそのお姉さんは、よく話し相手になってくれた、近所のアパートに住む一人暮らしの人だった。町内会で最初その姿を発見した時は、嫌々そうな顔で、その場にいたが、自分を見た瞬間表情を変えて話しかけてきたのだった。小学校での先輩だった。凄く良くしてくれるお姉さんで、登下校の班長を任されたりと、気さくな人だった。今思えば、何で町内会の時に、あのお姉さんは、嫌な顔をしていたのだろう。そう思ったが、もう知る由もない。

「でさぁ、凛子もヤバイと思うんだわぁ」

「……」

「凛子?」

「へ? 何が?」

 ずっとボーっとしているように見えたのだろう。思い出に耽っていたと伝えればよいのだろう。それでも自分は、思い出をこれ以上汚されるのは嫌だから。と、凛子は、「そうだねぇ」と言いながら「ごめん! ちょっと用事!」と言って、その店での自分の代金を払って足早に去った。


 午後七時。朋子は、一人で今日凛子に話した正志の元へと向かっていた。待ち合わせをしていた朋子は、正志の顔を見ると、途端にデレた表情になり、同学年の正志の腕を掴んだ。

「馬鹿、人が見てるだろ」

「いいじゃないー。付き合ってるんだからさー」

「浮かれてんなお前。あんなことがあったのに」

「どういうこと?」

「凛子ってお前の友達だよな?」

「うん」

「その凛子の知り合いだったって話だぜ? あの事件に遭った人」

「うそ……」

 視界が真っ暗になりそうだった。凛子の知り合い。だから、凛子はボーっとしていたんだ。先に帰ったんだ……。

気分を悪くしただろう。自分はなんて事をしてしまったのだろう。そんな後悔の渦が朋子の中で巡った。朋子は、正志に「直ぐ戻るから!」と言って、そのまま。その姿を消した。


 月曜、午前八時。前日、いくら待っても戻って来なかった朋子に、何度も電話していた正志が、妙だと思いながらもその日を迎えていた。すると、血相を変えた凛子が、正志を登校中見つけて、話があると学校の屋上に昼休み頃呼び出した。正志にとって、その内容は、衝撃的で悲しい事だった。

「正志君。凄く言い難いんだけど……朋子、死んだって……」

「え……どういうことだよ……」

「まだ警察が朋子の家を調べてるんだけど、自殺じゃないかって……」

「自殺!? んなことあるかよ!」

「おかしいって思って私も警察の人に聴いたんだけど……間違いないって……」

 正志の頭の中は、真っ白になった。冗談だろう。今朝新聞を見たけれど、そんな事は載っていなかったし、テレビを観ていてもそんな情報は、まだ流れていなかった。正志は、怒った。

「おいお前さ、朋子が羨ましいからって、そんな冗談言うなよ」

「……そんな冗談じゃ――」

「うるせぇ! 自分で確かめるから!」

 そう言い放つと、正志は、朋子達の担任に朋子の事を聞いた。担任は、「それは、本当だ」と言った。朋子の家から今朝連絡があり、正志達が登校している中、応対していたという。

 話は本当だった。正志は、途方に明け暮れる。そして、ふと凛子の元へとその足は向かっていた。

 放課後、凛子は正志に空きの音楽室へ呼び出された。まず謝罪をされた。

「あの、昼休みは……ごめん」

 明らかに落ち込んだ正志を凛子は気遣った。

「大丈夫……私も信じられないし実感ない」

「そう……だよな」

 二人は途方に暮れた。そして、凛子が今日の夜、通夜があるのだと正志を誘った。


 月曜、午後八時。正志と凛子の二人は、朋子の家に居た。正志の両親は、父親が夜間の仕事があるらしく、母親だけ正志と出席していた。凛子は、家族が急な出来事で動転していて、母親が鍋をひっくり返して、晩御飯を食べられずに家族共に出席した。朋子の両親が、泣きながら朋子の事を語るの聞いていて、凛子は、初めて友達が死んだのだと実感していた。涙が流れた。朋子の眠ったような姿を見ながら、何度も何度も名を叫んだ。

「凛子……」

 母親が凛子の側に寄り、それに泣きつく凛子。そして正志も、その場で黙って涙を流していた。死ぬはずがない。アイツは、そんなヤワな奴じゃない。そう思ったが、目の前で起こっている事に強引に納得させられるしかなかった。遺書があり、それを読まれていた。遺書の中には、自分が彼氏も友達も傷付けてしまった。生きている価値がない。と、書かれていたのを朋子の父親が読んで、そのまま泣き崩れていた。通夜が終わり、葬式が次の日行われた。

 火曜日、午前八時三十分。朋子はクラスの中で、人気があった。明るくて可愛くて、よく喋る元気な子だった。その為、朋子の死を知らされたクラスの仲間は、涙を流していた。全校生徒会があり、朋子の自殺について語られ、今後こんな事が起きないように、仲間で助け合い、よく話を聞いてあげましょう。と校長が締めくくった。その日の夜の葬式前。正志と凛子は、担任に呼び出され、校長室に居た。そこには警察の人間が二名居た。

「森さんと別れた時の状況を少し聞きたいんだそうだ」

 そう担任が言うと、警察があの日の状況を詳しく聞いてきた。何か変わったことはなかったか? 朋子さんは、何かに追い詰められていなかったか? など聞かれたが、二人は全く解らないと、正直に答えた。

「有難う御座います。辛い中ごめんね」

 そう言って、校長室を警察の二名は後にした。二人は、本当に心当たりがなかった。急過ぎる。余りにも急過ぎるこの状況に、どう対応すればいいのかも解っていなかった。その後、朋子の葬式に出た二人だったが、葬式中正志の姿が忽然と消えてしまい。何処に行ったのかと、家族が式場で探していたが、その姿は式場には無かった。そして、車のクラクションが大きく鳴り響く音が、式場から出た先で鳴っていたかと思うと、家族が見たそれは、道路端に倒れこんだ、息子の姿だった。直ぐに救急車を呼んだが、もう息がなかった。緩やかな道での急発進時にその事故は起きたのだと、警察は断定したが、細かい事情聴取をしている内に、その轢いた本人も、いきなり事情聴取中、身体をガタつかせたかと思うと、そのまま動かなくなり、心肺停止した為、救急搬送されたが、間に合わずに死んでしまった。この二つの事件は、大々的に報道されたが、その時。凛子は、正志が死んだその日から、家に閉じ籠もるようになっていた。自分の部屋で、布団の中で泣き崩れながら、朋子の名を呼んでいた。

 どうして、正志まで死んでしまったのか。訳が解らない内に、凛子は自分の部屋のノートパソコンの電源を入れていた。事件の事を調べようとしていたのだが、ついでにメールを確認しようとメーラーを開いた時、事は起こった。『新着メッセージがあります』と、バルーンメッセージで表示されていたので、クリックした。すると、自分宛てに件名のないメールが届いていた。気味が悪くなり消そうとしたが、少しの好奇心でそれを開いた。するとそこには……。

『あなたのせいで死んだんですよ。二人共。あの子を轢いた運転手も』

「!」

 思わずガタンと音を鳴らして、立ち上がるが、そのまま椅子が倒れ尻もちをつく。

「なにこれ……」

 すると、新着メールが来た。恐る恐る開いてみた。しかしそこには――

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死んでしまえ!』


 何が自分に起こったのかなんて理解は出来ていなかった。それでもこの事を、まず親に伝えるべきかと悩んだ。伝えるべきなんだろう。そうなんだろう。多分、このメールの主が何らかの方法で、朋子を自殺に追いやり、正志を死なせたのかもしれない。そう思うと、親に相談しようと足が動いていた。しかし……

『新着がメッセージがあります』と、バルーンメッセージが再び表示された。怖かった。それを開くことで、自分は死ぬんじゃないか? 朋子のように……と思った瞬間。ノートパソコンの電源を切り、凛子は身支度をした。

 何処か遠い所へ行こう。貯金を降ろして出掛けよう。凛子は、咄嗟にこう判断していた。きっとあのメールを見れば、自分は死ぬのだろう。だったら、誰にも解らない所へ行って、生き延びよう。このままだと家族に迷惑が掛かる。下手したら家族全員死ぬかもしれない。自分が居るせいで――

 朝方、凛子は、自分の貯金通帳から銀行のATMでお金を引き出し、そのまま行方をくらました。

 その時、凛子の家のノートパソコンが、勝手に起動して、新着メッセージのバルーンが出た後、勝手にメッセージが開かれた。

『何処へ逃げても無駄だよ。君が関われば、人が死ぬ』

 そのまま、ノートパソコンの電源は、勝手に切れた。

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