終章 幸せの解釈

 付き合い始めて三ヶ月目。もう季節は、すっかり秋だ。酒井にまだやってねーのかよ! とツッコまれるが、逆にグーで殴っている日々だ。とにかく、僕と陽子は、順調に付き合っていた。そして、最近。陽子の様子が少しおかしい事に気付く。口元に手をやりながら、ソワソワして、僕の口元を見て、でもソワソワして。それをつぐみさんに聞いたら、馬鹿! キスしたいんだよそれ! と一喝された。それもそうだ。あの日頬っぺたにキスしたくらいで、進展なし。

 そんな状態がずっと続いていたのだから、欲求もあるだろうと思った。で、ある日言う。

「陽子は、そんなに僕が好きなんだな」

 陽子は、顔を真っ赤して、意地悪! と言うと、僕に向かって顔を突き出した。

「ん!」

 分かったよと言いつつ。ファーストキス。場所は、夜の駅前の噴水のある場所。やはり、夜とは言え、こんなに人が居る所でと思ってしまったが、まあいいかと思い直す。

「これで一歩進んだね!」

 陽子は笑顔だった。その現場を酒井に見られていたと知ったのは、、三日後のメールで。

『駅前噴水でキス! 熱いねぇ。羨ましいぜ! さっさと一発……』

 そのままメールを消した。まさかあいつが見ていたとは……。そりゃあいつも僕と同じで学校に行かずに働いているが、どうしてあの日居合わせてたのか……。まあ、いいのだけども。

 それから陽子との間には、溝のようなものが無くなり、季節は、十二月。聖なる夜とかいう日がやってくる日だ。俗に言う、クリスマスイブ。陽子は相変わらず家庭環境が変わらないらしく、清美さんの現在働いているスーパーで一緒に働いているらしい。実際現場を見ている訳じゃないけど、きっと絵になるのだろうなと思った。そんな、僕らのイブ。

「あー、なんか緊張するぅ」

 緊張は、僕も解る。イブ、つまりやる事は一つだ。酒井の言っていた日がついに訪れた。僕らは、体を交わしお互いを知った。二人の関係は、恋から愛に変わる。ラブホテルに駆け込んでいた僕らは、一緒に出る時に周りを見た。酒井が居ないか。しかし、あいつは居ない。しかし、偶然そこにつぐみさんが声を掛けてきた。場所は、ラブホの前。つぐみさんは、何も言わずに去ろうとしたが、つぐみさんの端末が鳴る。電話に出るつぐみさん。そして一言。

「諦めな。結ばれちまったからさ」

 つぐみさんは、ウインクをしてその場から去って行った。その後、僕の携帯が執拗に鳴り出す。酒井だ……。こういう時にもあれなのか? 連帯責任なのか。と思いつつ。携帯の電源を切った。陽子は、ずっと恥ずかしいと言いながら、顔を赤らめていた。そりゃそうだ。

「なあ陽子」

「ん?」

 僕は、陽子に思いの丈を言った。

「ずっと愛していたい」

「……! 勇人……君……うぅっ」

 泣く陽子。嬉しいのだと言う。僕もその気持ちが分かる。姉もこうだったのだろうか? 僕の中で、姉は不幸な人生ではなかったと記憶されていた。早くに亡くなったけど、姉はきっと……。

「涼子は、ずっとお前を見てるさ」

 居なくなったはずの曲がり角の隅に身を置いたつぐみさんが、そう呟いていたのを、僕は後で知る事になる。


 時は流れて、一年後。同棲生活を始めていた。前にやっていたバイトを辞めて、二人で付き合う為に、もっと儲かるバイトをしていた午後。バイトがもう直ぐ終わるという時に、携帯は鳴った。見慣れない番号。出てみる事にする。すると、聞き覚えのある男性の声がした。

「久しぶりだね、勇人君。覚えているかな? 陽子の父親の正治だ」

 僕は、幸せな生活を送っていたはずだった。しかし、この人物は、僕から陽子を奪おうとしていた。事は急展開する。正治さんが、取引先での縁組に陽子の名前を出したというのだ。そんな情報を正治さんから聞くと、僕は直ぐに二人で住んでいるアパートに向かった。

「勇人君……私……」

「大丈夫!」

 僕は、陽子を抱きしめた。陽子は震えて泣いている。どうして正治さんは、こんな事をするのか? いや、そんな事よりも陽子が僕の前から居なくなるなんて嫌だ。僕は、正治さんに宣戦布告をした。それは、縁組相手とも戦う事になる。電話口で僕らは争う。

「覚悟は出来てるんだろね?」

「勝手な真似は許しません」

「何処が勝手だ? 私は、君よりもその子を幸せに出来る相手を探したまでだ」

 勝手な言い様だった。結局自分の昇進に陽子を利用しているに過ぎない。僕は、食ってかかった。貴方みたいな人の言いなりには、絶対にさせない。そう言うと、正治さんは、少し咳払いをして言った。娘に代われと。直接気持ちを聞きたいらしい。陽子に代わる。

「私、絶対に勇人君から離れない!」

 そう言って、また泣き出す。しかし、言葉は止めない。

「お父さんは、いつもそう! 私の事なんてちっとも考えない! 最低だよ!」

「ああ、そうか。分かった。向こうには、難しいと伝えておく」

「……!」

「攻略の難しい娘だから頑張って下さいと言っておくよ」

「勝手に進めないで!」

「それだけだ。じゃあ、頼んだぞ」

 電話が途切れた。陽子は、肩を落とす。

「ずっとずっと、幸せだったのに……これからもそうだと思ったのに……!」

 僕の胸の中で泣く陽子に、僕はありたっけの大丈夫だという言葉ともう一つ。

「陽子は、絶対に離さない」

 そう一言放つ。誰にも幸せを取られて堪るものか! これは、僕らの幸せだ!

 心の中で叫び続ける僕に。陽子は涙を拭い言った。

「大丈夫。二人なら負けないよ」


 僕は、陽子と結婚する為に、就職口を探していた。僕は、高卒で免許を持っていない。だから、就職口となると、この僕らの町では、厳しかった。バイトをしながら就職の内定を貰う為に面接を受ける。それでも学歴は良くても、免許がないと言うだけで、面接中笑われる日々。失笑が飛び交う中で、僕は我慢をし。二人の結婚と言う道の為に頑張っていた。

 そんなある日の事。ハプニングは起こった。陽子が自分のバイト先の友達伝いに紹介された男友達が、実は、正治さんの言う陽子の縁談相手だった。相手は、それを隠して接近。そして、二人きりになった所で指輪をチラつかせ。そして、陽子に迫ったのだという。あっさりと断ったらしいが、その後、ストーカーになったその男は、陽子に言葉もなく忍び寄り、陽子を監視していた。

 警察に言うだけの事を言って、一緒に出てきた所を、酒井に呼び止められる。

「あれ? お前らどうした? 警察とか」

妙な所で会うものだなと思った。酒井は話を聞いてくれる。そこへ、つぐみさんも呼ばれてやってくる。つぐみさんは、なるほどと言いながら、状況を把握したと言った。

「つまり、そのガチでストーカーになった男の撃退よな。でもまあ方法によるなぁ」

 警察に伝えた事は、既に全員知っている訳だが、警察はどう動いてくれるのかが分からない。担当の刑事を紹介され、内容を言って帰ってきた。

「まあ、でもそんだけじゃ心もとないよな」

「確かにね」

 相槌を打つ二人は、やがてつぐみさんを残して、酒井がその男を調べに行った。

「なあ勇人」

「え?」

 少し疲れていた僕は、言葉を聞けなかった。

「おいおい……どんだけ無理してるの……ちょっと休んだらどう?」

「いや、大丈夫……」

 僕は、そのまま倒れこむ。

「勇人君? 勇人君!」

 心配で叫ぶ陽子の声。確かに過労だったもんな……こんな所で倒れちゃ……。


「大丈夫です。二週間も休めば元気になりますよ」

 耳に入ってきたのは、何処かの病院の医者の声だった。意識が戻った僕に陽子は、手を握って、ただただ大丈夫だよと言う。そうだな。大丈夫だ。陽子に言われると凄く安心する。

「入るよ」

 つぐみさんが病室にノックをしてから入ってきた。

「はぁ。まあ、そこまで無理してるって知っちゃ、ぶっちゃけあの親父も勘弁してくれるだろうさ。入んなよ」

 目を疑った。そこには正治さんと、清美さんが居たのだ。

「……」

 正治さんは、無言で僕を見る。清美さんは、ごめんなさいと謝り続ける。

「あの、まだ陽子を……」

 その言葉を聞いて正治さんは言った。

「君は、どうしてそこまで出来る」

「?」

「何でそこまで真剣なんだ。この子は、陽子は、そんなに必要か」

 僕は、正治さんを睨んでいる陽子に気付いて、その分からず屋の義理の父に言い放つ。

「僕は、僕の幸せの為だけには、ここまで出来なかった。陽子が居たから進む事が出来たんです。僕は、そりゃあ貴方達からしたら、ただの若造だし……」

「もういい」

 正治さんは、そう言い放つと、その席を外した。居なくなる前にこう言われた。

「私も死ぬまで愛する事の出来る人を探したつもりで居た。浅はかだったよ」

 清美さんがその後を追う。病室は、陽子とつぐみさんと僕だけになった。

「なあ勇人。お前達がラブホから出てきた時な。私呟いたんだよ」

「やっぱり待ち伏せ……!」

 僕は、しっかり意識を持っていた。そして、その日呟いたという言葉を聞いた。

「涼子は、ずっとお前を見てるさ」

 僕は、どっと涙が出た。今まで姉の事でここまで泣いた事はあったろうか? 姉はきっと、幸せだったんだ。涙が止まらない。ずっと傍に居るからねと言いながら、陽子は僕の手を握りしめていた。つぐみさんは、知らない内に病室から居なくなっていた。その後、ストーカー男を見つけた酒井が、警察にそいつを連れて行った。事は、難なくを得た。こうして僕らは、結婚への道を認められて進む。


 誰にだって、守りたい小さな幸せがある。それを守る為に人は、生きようとする。僕も陽子も、そんな日々を誰にも邪魔されたくはない。だからこそ、僕は無理をしたんだし、それにそうやって無理をする僕を。いつも陽子の笑顔が支えてくれる。誰かが思うんじゃない。自分が思い、そして手に入れる小さな幸せ。それは、僕らにとっての掛け替えのない存在。


「ずっと、離さないよ」

「私も離さない」


 こうして、二年後。僕らは結婚した。

 つぐみさんと酒井が、凄く泣いていたのを覚えている。そしてそこには――

「完敗だ」

「正治さん」

「今日からは、お父さんだ」

「ホント調子がいいんだから、お父さん」

 陽子が笑っている。これからだ。僕らの小さな幸せは、またこれから始まる。


 追伸

 つぐみさんと酒井が歳の差結婚。世の中捨てたもんじゃないな。とは、酒井の言葉だ。


おわり

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小さな幸せ 星野フレム @flemstory

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