第9話

 その様を見上げていたカディンは、地面から引き抜きかけた剣の柄から手を離し、それまで鋭かった目つきを緩め、肩の力を抜き息を吐いた。


「ひとまずひと段落か」

「おつかれさま」


 クラヴィウスがカディンに近寄って声をかける。


「ああ。二人をありがとな」


 彼は緊張をほぐすために背筋を反って蹴伸びをすると、苦い顔をしてあたまを掻いた。


「判断がちっと遅かったなー」

「そう?」

「いや、状況と結びつくのに手間取っちまってさ。あれ、ネフラリムだ」


 カディンがばつの悪い顔をしながら指差すのは、通路前に並んだ七色を放つ鉱石のかたまり。


「数刻前に雷の音みたいなのが上から聞こえただろ? あん時は雷雨でも来てんのかなって笑ってたけど、あれはきっと、誰かがあのネフラリムと戦ってたんだ。ネフラリムは撃退法さえ知っていれば、そんなに手こずらないヤツだからな」


 ネフラリムは黒い眼球の裏にある紅い斑点に強力な衝撃を与えるか、本体を凍結あるいは凝固させて鈍器で殴りつけ割り崩すのが一般的な撃退法とされていた。


「じゃあ、あのシラファは」

「ネフラリム寄生型のポルティッシュ(隠れん坊)で間違いねえだろうな。最近見かけるようになった種類のシラファだから、知らずに近寄ってやられる旅人プラネッタ隊商ヴェラバンが増えてるって話を聞くが。

 そう……だな。クラヴィウス、周辺を見回ってきてくれないか」


 カディンは広場の様子をクラヴィウスに任せると、足元に跪き、幼子二人を見つめ、溟族アミュヌの女児に手を伸ばし慎重に抱き上げる。


 そこへポートが駆け寄ってきた。


「師匠、お疲れ様です!」

「ああポート。わりいな、チャージ無駄んなっちまった」


 カディンは振り向いてポートを見上げ、その髪型を見つめる。

 普段は癖っ毛だらけの髪が、今は天を突くように逆立っていた。左のこめかみから伸びる捻れ模様のツノは帯電して、紫電色の光を帯び放っている。


「大丈夫です、適当に散らします」


 ポートはにこりと笑ってみせると、カディンが地面に刺した剣を抜き取り、鞘に収め、カディンの正面に屈んでその手元を覗く。


「まさかふたりに分かれるなんて」

「元々この二人が飲み込まれていたんだろうな。一見溟族アミュヌの容姿なのに耳が丸かったのは、この少年から模した特徴だったんだろう」

「その子たちは助かるんですか?」


 ポートの問いに、カディンはかぶりを振った。


「シラファに取り込まれたものは、生物だろうと何だろうと助からないし、大地にも還れない」


 手袋越しの引き締まった二の腕に優しく抱かれた溟族アミュヌの幼子と地に横たわる丸耳族短命種アルレヴェイラの幼子は、その言葉を待っていたように足元から黒く崩れだすと、泡のごとく大気へと溶けて消え始めた。


「シラファどもめ」


 わずかに怒気を孕むカディンの一言に、ポートは思わずたじろぐ。


「居たわ」


 ポートが背中越しに届いた声に振り向くと、くぼんた石壁の暗がりで、クラヴィウスが手を振っていた。

 空っぽになった腕を下ろして立ち上がったカディンは、ポートの逆立つ髪を軽く撫でると、槍を拾い上げクラヴィウスの元へ足を運ぶ。


「さっきシーザーが駆けて行ったのはここだったのね」


「そうか。シーザー、ありがとな」


 足元で伏せ、素知らぬふりをするシーザーを、カディンは手袋を外した手で撫でてやる。


 クラヴィウスが指し示す先には、四つの破損した遺体が、無造作に、広場から巧みに視認しにくい角度で積み上げられていた。

 そのうち一人は頭部しか見当たらない。


「シラファが肉体にしていたのは、この丸耳族聖型アルミネのものか」


 首だけの丸耳族聖型アルミネの表情は安らかに見える。


「この四人の他には?」

「いいえ、この人たちだけね」

「だとすると、この四人が犠牲者で間違いなさそうだな」


 カディンは丸耳族聖型アルミネから視線を外し、穿たれた天井から空模様を窺う。


「陽が暮れそうだがここに置いていくわけにもいかねえしな。とりあえず外へ運び出すか」


 カディンはクラヴィウスと相談し話をまとめると、早速行動に移った。

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