キュレイスの檜扇

七辻ヲ歩

第0話

 無彩の闇。


 それは色に例えることを許さない。

 その目で捉えることも認めない。

 人の子が本来紛れるものではない。


 だから彼は目を閉じた。

 目を閉じれば、まぶたの裏で広がる視界は漆黒を成す。

 色に例えることの出来る闇ならば、視界に捉えようと心配はない。


 闇の中ではどの感覚も役に立たないが、

 服の擦れる感触、

 まぶたを閉ざし続ける筋肉の動き、

 手荷物を担ぐ腕にかかる重み、

 手袋越しに感じる槍の柄の冷たさ、

 足を踏み出す感覚は確かだった。


 彼の足取りは、急ぐわけでも迷うわけでもない。

 一定の速度で闇を進むその口元は綻んでいる。


 靴底が澄んだ足音を奏で始め、彼は目を開き歩みを止めた。

 手探りで火口箱を取り出し、火種をつけてあたりを照らす。

 左右の壁はひと尋に満たないほど狭く、天井も彼の背丈なら簡単に手のひらが着く。

 後ろを振り返り、奥へとつづく暗がりを見つめ、彼は自分が果てしない闇を抜けて元の場所へ戻ってきたことに気付く。


 近くの燭台を灯し、石壁に寄り掛かって今一度手荷物を確かめた。紙束八冊と中身の無い水筒三本、予備の筆記具と、細々こまごまとしたものが一揃い、さして変わりはない。

 手荷物を締めて背に回すと、つられて回り込んだ外套の裾を引く。ついでに手袋を留める革紐の緩みを締め直して、石壁に立て掛けておいた槍を手に取った。


 灯火の明かりで夕陽のように色付く金の髪が、大気の流れをわずかに捉えて揺れる。


「さて、と」


 彼は灯火に目配せをする。


「出口まで宜しく頼む」


 すると、語りかけられた灯火は彼の頼みに呼応するように燭台を離れ、瞬く間に十歩先の燭台へと飛んで行った。しばらくして彼が追いつくと、またさらに先の燭台へと飛び、その繰り返しで後から来る彼を導く。


 半刻も満たぬ距離を歩くうちに出口の薄明かりがぼんやりと見え始め、灯火の動きが止まると、彼は役目を遂げた灯火に礼を述べて、それをそっと吹き消した。

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