桜葉 零 失われた家族

「小谷 進…。」


あなたが私の出会える最後の訪問者になる。私に残された時間はあと一年。再びこの地に戻る契りを交わして、十年の時を与えられた。今年で九年目…変えられない運命だったのだろうか。始めからこの村に巣食う悪事には敵わないし、私がどうこうできる問題ではなかった。仕方がないこと…決められた運命からは逃げられない。そう思えば諦めがつく。

でも…。本当にそれでいいのだろうか。このまま何ひとつ変わらず、無知な人々を見過ごすこと…それが許される世界で…本当に…。


あの日、私は死んでしまった…あの夜は私の四歳の誕生日、食卓にケーキを囲んで父と母と三人で食事をしていた。急に停電になり部屋の中は真っ暗になった。何も見えなくて怖くて、泣き叫んだのを覚えている。いつも私を守ってくれたお兄ちゃんは、その日に限って家には居なかった。その日、お兄ちゃんは友達とキャンプに行くと言って出ていたのだ。泣き叫ぶ私を母は優しく抱いてくれた。「大丈夫。大丈夫。」と何度も言われながら、頭を撫でてくれた。父はブレーカーを見てくると言い、玄関のほうに向かって行く。すると、どこかの窓ガラスが割れる音が家の中に響いた。次の瞬間、暗くて顔はよく見えなかったが、息を荒くした男達が家に乗り込んで来たのだ。両親は私を逃がそうと、二階に行くようにと告げると、私は暗い部屋の中を壁伝いに歩いた。涙を必死に堪えながらも階段までたどり着くと音を立てずに慎重に登り始める。二階への最後の階段を登った時、階下から母の悲鳴が響いた。私は振り返りながらも、恐怖で声も出なかった。急ぎ部屋に入ると、壁の隅に身体を寄せ、身を丸めた。耐え難い恐怖が身体を巡り、震えが止まることはなかった。しばらくすると、父の声も母の声も聞こえなくなり、代わりに物を壊すような音が聞こえ始めた。その音に混じって男の声が聞こえてくる。


「雅人くーん、どこですか?隠れんぼは終わりだよー。」


お兄ちゃんを探してる…。お兄ちゃんは留守だと伝えたら出て行ってくれるだろうか。そう思った矢先、階段の軋む音が段々と近づいているのに気が付いた。こっちに来てる…身体を小刻みに震わせながら、両手で耳を塞いだ。部屋のドアが勢いよく開き、目の前に黒くて大きな影が映り込む。一歩、また一歩とその影はどんどん大きくなって…。


それから先のことは分からない。

あの時、もしお兄ちゃんが居れば助かったのだろうか、何故あの男達はお兄ちゃんを探していたのだろうかと、いろいろな思いが頭を駆け巡っていた。その時、暗闇の奥のほうに一つの小さな光が現れ、それに近づこうと私は必死に両手を伸ばした。光に手が届くと辺り一面が真っ白に包まれた。気が付くと、どこか分からない山の中、目の前には見上げても全体が把握できないほどの大きな木が姿を露にした。桃色の葉を空一面に咲かせるほど大きな桜の木の下に私は居たのだ。御神木様…助かった…。その時私はそう思った。あの恐怖から逃れられたのだと。だけど…違ったのだ。両親を探しに家に戻って、現実を目の当たりにする。リビングを入ると父と母は、そこにいた。床に横たわって血だらけの姿に変わり果てていたのだ。犯人がまだ近くに居るかもしれない、そう思い最後に姿を見た二階へとかけ上がった。そこには犯人ではなく…私が居た。両親と同じく血を流し倒れている。訳が分からない…どうして私が二人…どうして倒れているの。左手首に切り傷を残した身体を揺さぶってみるがピクリともしなかった。その時、ガチャっと玄関のドアが開く音がして、廊下を走る音が聞こえた。様子を伺っていると、下の階から男の子の泣き声が静まり返った家の中を満たし始めた。聞覚えのある声だ…お兄ちゃん。無事だった、今すぐにお兄ちゃんに会いたい。会って抱き締めてほしい。そう思った頃には階段を降りきっていた。お兄ちゃんに向かって飛び付いたその瞬間、私は現実を知ることになる。温かいはずの兄の胸、優しく撫でてくれる兄の手、全て触れることも感じることも出来なかったのだ。「お兄ちゃん」と必死に呼んでみても振り向きもしてくれない。もう届かなくなっていた。私に見向きもせずに、どこかに電話をかけようとする兄の姿をじっと見つめた。私は、死んだのだ。この身体も仮の姿、いずれ消えてしまうのだろうか。何故私は死んでしまったのだろう。何故母も、父も…。何度も、何度も思ううちに、いつしか一つの思いが生まれた。許さない…。


桜の木が私に語りかけてくる。

(十年だけ時間を貸してやる。)

あれから九年…やっと出会えた。私の姿が見える人に。

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桜の舞う季節に、君は居なくなる 岸 冬真 @now_0111

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