小谷 進 不可解な終焉
「はぁい、私が一番。皆弱いのね。」
「結愛、何かズルしてない?」
「負け惜しみ?
「結愛ちゃんは引きが強いのかな。」
「運も実力ですよ。さぁ、もう一回もう一回。」
今日は雲行きが怪しい。朝からハッキリとしない天気が続いていた。学校が終わってから、雅人の家でババ抜き大会が開かれる。案を出したのは、さっきからずっと一位を勝ち取っている結愛ちゃんだ。ここまで勝ち続けられると、年上として示しがつかない。時計回りに明日香、結愛ちゃん、僕、雅人の順に座っている。目の前に差し出された五枚のカードと結愛ちゃんの表情をじっくりと物色する。ちょっとも表情が変わらない…心理戦は無理か。ならば己の引きに賭けるだけ。左から二番目のカードを全身全霊で引き抜いた…が、ババだ。
「くくくっ。」
結愛ちゃんが可愛らしく含み笑いをこぼした。
「あーその感じ怪しいなぁ。進、もらったな?」
「さぁね…。」
バレバレだった。雅人に表情を読まれ、結局そのまま誰の手にも渡らなかった。手の平に残り続けたババを憎たらしく思う。
「あーやめた、やめた。全然勝てないよ。」
「不貞腐れるなよ、少年君。」
「ふてくされるなよ、しょーねんくん。」
雅人にバカにされた上に、結愛ちゃんにも無下にされる。情けない。
「ちょっと休憩しよっか。飲み物でも持ってくるよ。」
「あ、私も手伝うよ。」
「わたしも、わたしも。」
雅人は槇島姉妹を連れて階下へ降りていった。窓から外を眺めると、まだ午後四時前だというのに薄暗く、今にも溜め込んだ雨が落ちて来そうなくらいどんよりとしていた。床に腰を下ろし、部屋を見渡す。片付いていて、綺麗に整理されている。僕の部屋とは大違いだ。人なんて呼べないくらい散らかった自分の部屋を思い浮かべると、ずっとこの部屋に居たいような気にもなる。他人の部屋に一人でいると、悪いと思ってもなんだか少し詮索してみたくなる衝動を押さえられない。どんな本を読んでいるのだろう。部屋の入り口付近に背の高い本棚が置いてあり、ビッシリと本が収納されている。目の前に立ち、背表紙を一つずつ順番に眺めてみた。難しそうな本ばかりで見たことないものばかりだったが、漫画は一つも置いていないことは理解できた。小説をはじめ、歴史書、文学書等が続いている。指で追いながら本を眺めていると、一番下の棚にいくつかのファイルが横に不自然に積み重ねられているのを見つける。手に取り、適当に開いてみた。中には古い新聞記事がファイリングしてあった。日付は一九七十年 四月…今から九年前の記事だった。一面記事の右端のタイトルには、「悲惨 鞍美台惨殺事件」と題している。内容に目を通そうとしたその時、部屋のドアが開いた。慌てて手にしたファイルを元の位置へと戻した。
「お待たせ。お菓子もどうぞ。」
何事もなかったかのように机に戻ったが、はたして平然とした態度が取れただろうか。心臓の鼓動が鳴りやまない。まるで悪さをした子供が親に隠す時の心情に陥る。
「進。」
雅人に呼ばれ、ビクッと背筋に電気が流れる。冷や汗も少し出てきた。
「遠慮なんかするなよ。好きなだけ食べて、飲んで。」
「あ…ありがとう。」
見られてなかったのかと少し安堵した。喉が渇いたのでコップに注がれたオレンジジュースを一気に飲み干した。
「おいおい、大丈夫か?そんな慌てなくても誰も盗りはしないよ。」
「すすむ、のみすぎー。」
「よっぽど喉が渇いてたのね。」
皆に笑われる中、僕も精一杯作った笑顔で答えた。午後四時半を回った頃だろうか。窓を雨粒が流れ、小さな音を立て始めた。
「雨、降りだしちゃったね。結愛、ひどくなる前に帰ろっか。」
「うん。」
「雅人、ごちそうさま。そろそろ帰るよ。」
「了解。また明日。」
流れに取り残されまいと、合わせて帰るようにする。今は雅人と二人きりにはなりたくない、とにかく離れたかった。
「じゃまた、学校で。」
それぞれ帰路につく。
帰り道の中、ずっとあの新聞の記事が頭に焼き付いていた。九年前、この鞍美台で何があったのか。そして何故あの新聞記事を雅人が持っていたのか。雨が少し強く降り始めたので、僕は走ることにした。
翌日の昼休み、昨日の天気は嘘だったように、今日はいつにも増して青く澄みきっている。昼食を済ませた後、雅人から屋上に来てほしいと声を掛けられた。間違いない。昨日の事がバレたのだ。どう謝ろうかと必死に考えながら、屋上への扉を開く。
「おう、進。こっち、こっち。見てみろよ。ここからの眺めは最高だぞ。」
村の高台にある学校の屋上だ。グランドからでも一望出来る。さらに上からの眺めは、それは最高だろう。初めて来た屋上に浮かれたい気分だが、それどころではない。
「あの…雅人。昨日は…。」
うまく言葉が続かない。
「見たんだろ?あれ。」
「ごめん。つい…。」
殴られる覚悟は出来ていた。雅人は溜め息をつき、こちらに顔を向けたが、その顔を直視はできなかった。
「謝まることはないよ。まぁ勝手に部屋を見られたのは、いい気分じゃないけど。別に気にはしていない。それより、知らなくていいことを進に見せちゃって。悪かった。あんな所に置いとくべきじゃなかったよ。あれは忘れたほうがいい。」
「ごめん。」
ただただ謝るしかなかった。だけど知ってしまった以上、あの記事に何が書いてあるのか知りたい。
「雅人、一つ聞きたいんだけど。あの記事の事件って…皆、知ってるの?」
「そうだなぁ。当時、村に居た人は誰もが知ってる、つまり地元の人なら。まぁでもほとんど地元の人も残っていないから知らない人のほうが多いかも。生徒の中だったら、僕と…今は進、君だ。」
「あの記事のことをもっと詳しく教えてくれない?」
「どうして?昔のことなんか知ってどうする?」
「うまく言えないけど…何か知っておかないといけない気がするんだ。」
少し悩んだ表情をしていたが、一つ溜め息をもらすと、僕の肩を優しく叩いた。
「まぁ隠す必要もないんだけどね。知りたいなら家に来なよ。」
屋上から見える景色は思っていた通り、最高だった。
帰り道の途中、雅人は一言も話さなかった。部屋に戻ると、本棚の下から例のファイリングした記事を机の上に広げて見せた。ファイルの中には、記事だけでなく、事件のことを調べているのか、資料やメモ用紙も一緒に挟まれていた。
「見てていいよ。飲み物とってくる。」
手渡された新聞を食い入るように見た。所々難しい漢字が記されていて内容があまり見えてこないが、「鞍美台 惨殺事件」とは、とある一家で起こった殺人事件のようで、事件は未だ解明されておらず、迷宮入りとなっている、というところだろう。あらかた目を通した頃、雅人は部屋に戻ってきた。
「どう?どんな事件か分かった?」
「九年前、この鞍美台で起きた一家惨殺事件で、未解決の状態だってことは理解できたかな。でも、所々読めなくて、あまり詳しくは…。」
「そう。」
「もう一つ聞きたいんだけど…どうしてこの事件のこと調べてるの?」
「…。」
コップの中に入れた麦茶を一口飲むと、雅人が僕にゆっくりと問いかけた。
「誰にも話さないと、約束してくれ。」
そう言うと、事件の内容を詳しく話し出した。
今から九年前の四月…
鞍美台で、ある一家惨殺事件が起こった。部屋中に血痕が残された悲惨な現場状態から、この家族に対して恨みの強い者の犯行と推測された。被害者は三名。まず一人目は、桜葉洋一。当時34歳。死因は出血性ショックによるもので頚部を刃物で切られていた。二人目は桜葉瑞季。当時32歳で桜葉洋一の妻。死因は洋一同様。三人目の被害者は、桜葉零。当時4歳、桜葉洋一と桜葉瑞季の間に産まれた長女。死因は、左手首の切断による失血死。物的証拠も何一つ残っておらず、調査は難航。ついに犯人にたどり着くことが出来なかった。だが一つ疑問点が浮上する。桜葉洋一と桜葉瑞季の間には、子供は二人居た。長女の桜葉零、それと長男…桜葉雅人。長男は行方不明。ここまでが記事に書かれている内容だという。
「この後、事件解決に向けて様々な捜査活動が行われたんだけど、何故か急に打ちきりになって、メディアでの放送も無くなったんだ。まぁ僕にとっては、そのおかげで助かったのかもしれない。ここまで説明すれば、分かるだろう。何故僕がこの事件を探っているのか。」
震えが止まらなかった。
「僕は今は小柳雅人だけど、以前は桜葉雅人。養子に貰われたんだ。九年前のあの事件だけは忘れられない。あの時僕は、丁度キャンプに出ていて家にはいない…という設定だったんだ。妹の誕生日でね、驚かせてやろうと思ったんだ。それが間違いだったのかもしれない。頃合を見計らって帰ってきたら、あの有り様。夢でも見てるんじゃないかと思った。涙が止まらなかったよ…夢じゃなかったんだ。床で動かなくなった両親を…目が閉じたままの妹を…。必死に名前を呼び掛けた。何度も。まだ間に合うかもしれないと思い、電話で救急車を呼ぼうとした時、背後に人の気配を感じたんだ。その後僕も殺される、そう思って必死に逃げた。村の外まで走って。そして、気がつくと病院で、退院すると伴に今の両親に引き取られたんだ。」
あの事件の当事者が目の前に居るのだ。何も言えなかった。まだ震えが止まらない。雅人は事件の真相を探るためにこの村に戻り、復讐を考えているのかもしれない。
時刻は、すでに午後六時を回っていた。
「遅くなっちゃったね。続きは、また今度ゆっくり話すよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます