桜葉 零 新しい移住者

御魂川みこんがわのせせらぎが耳に入ってくる。目は閉じたままにしておいた。川の流れに逆らいながら上流を目指している魚が、苦しそうに幾度も跳ね上がり、音を立てているが、そのほとんどが力尽きて下流へと流されていく。人生には越えられない壁もあるんだと思い知らされる。我々人間も例外ではない。人生という長い川に立てた指標に高い目標を掲げ、それに向かってひたすら生きる者がいる。それが正しいのか、正しくないかは分からない。常に新しい発見を求め、自分の生きた証を残そうする。私利私欲、その為なら例えどんな代償があろうと他は関係ない。他人の後世にどんな影響を与えようと結果が全てなのだから。たどり着く場所は皆同じ、結局は死んでこの世から居なくなってしまう。何故人は犠牲を生んでもなお、越えられない壁に挑み続けるのだろうか。一方で、他人の人生を好き勝手に握られる理不尽なことが、何故許されるのだろうか。


今年もきっと…犠牲者が出てしまう。どうにか止めないと…。


御魂川へ繋がる階段の上で膝を抱えていた。川のせせらぎに混ざり、男の子の声が聞こえる。聞き覚えのない声だった。

「こんにちは。初めまして。」

新しく鞍美台に住むことになったこと、名前を小谷 進ということを言い残して去って行った。

小谷 進…何度も何度も頭の中で繰り返した。


その名前を忘れないように。


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