39

先ほどまでの甘ったるい空気もなくなり、コレットは丸くなるステラの背中を撫でながら洞窟の外を眺めていた。木で覆われたその場所はまだ誰にも見つかってはいないが、あの人数で探されたらそれこそ時間の問題だ。今この時見つかってしまってもおかしくない状況である。

 コレットは自分の手のひらを見つめながら呟くような声を出した。

「力、取り戻さないとね」

「コレット……?」

「正直、さっきまで『《神の加護》なんてなかったら……』なんて考えちゃってたけど、ここから皆で無事に生還するためには必要な力だものね」

 決意の籠もった瞳にもう迷いは見て取れない。

「それに、ティフォンに会えないのも寂しいし!」

 そう言って頬を張る。気合いは十分だ。

「……そういえばヴィクトルって、ポーラが黒幕だって気付いてたの?」

 コレットがポーラに向かって飛び出していった時、ヴィクトルは彼女のことを止めていた。ちょうどその時のことを思い出したのだろう。

 コレットの問いにヴィクトルは真面目な顔をして「まぁね」と言う。

「……といっても、ポーラが黒幕にしては何個かおかしな点があるから、確信していたわけじゃなんだけれどね」

「おかしな点?」

「そう。最初の暗殺、馬車が爆発した件については城の外にいた者達が爆発物を仕込んだんだろう。二番目の差し入れに毒が入っていた件と三番目の狼は状況的に見て、犯人はポーラだ。これらは恐らく間違いがない。問題は四番目の大蛇、そして、捕まえた者達の暗殺は誰がやったのか、という点だ」

「ポーラじゃないの?」

 コレットの驚いた声にヴィクトルは首を振った。

「大蛇が出た日、あの日ステラはずっとポーラと一緒にいたんだ。つまり、あの大蛇を出して操ったのがポーラなら、彼女はわざと騙されたフリをして、あんなに多くの力を使ったことになる。これは不自然すぎる」

「そうね」

 確かに、騙されたふりをするだけにしてはリスクが大きすぎる。疲れる程度に消費した生命力ならば一日寝ていれば回復するが、倒れるほどとなると一日やそこらでは回復が難しい。それはコレットが一番よく知っていた。

「そして、牢屋での暗殺の件だけど、ポーラは地下牢の位置なんか知らないはずだ。そもそも暗殺者を捕まえたことも、俺たちが行った作戦の内容さえも知り得る立場にない」

 ヴィクトルの声色は更に固くなる。

「そして、最も納得がいかないのがコレットに毒を飲ませた件だ。これは手口からみて実行犯はポーラだ。ステラの二番目の暗殺と一緒だからね。だけど、その毒とチョコレートはリッチモンド公爵の名義で準備されていたんだ」

「じゃぁ、あの公爵とポーラが手を組んで?」

「いや、それはあり得ない。ステラ様達が来ているのは彼は知らないはずだ。それに、彼の性格と立場でステラ様が来ていることを知っていたならば、必ず政治に利用しよう賭していたはずだ。……つまりどうやってもポーラとリッチモンド公は繋がらない」

「つまり?」

「もう一人、黒幕がいる。リッチモンド公の名義で毒とチョコレートを用意し、それをポーラに渡した人物がいる」

 その言葉にコレットは息を飲んだ。

「もう一人の黒幕……」

「そして、それができる人物を俺は一人しか知らない」

 意味深な言葉でヴィクトルは言葉を切る。その時、小さな洞窟に不気味な声が響き渡った。

「みーつけた」

 語尾が跳ね上がった異質な声にコレットとヴィクトルは身体を硬くする。声をした方を見れば、木の間から誰かが覗いていた。コレットはその顔に見覚えがあった。

「アルベール……王子?」

「コレット、もう一人の黒幕だよ」

 囁かれた声に全身が逆立った。

「コレット、蹴って!!」

 その声に反射的に足が出る。ステラはもうヴィクトルが背負っていた。コレットの蹴りをもろに食らったアルベールは真後ろに飛ばされる。その隙に三人は洞窟の中から飛び出て走り出した。

 しかし、すぐに黒の兵士が辺りを囲う。黒い虎も後に続いた。

「……逃がさないよ」

 アルベールが腹部を押さえながら立ち上がる。

 そして、彼は足を踏みならした。すると、コレット達を中心に炎が円上に燃え上がる。

 彼の《神の加護》である。

「本当はこのまま焼き殺してもいいんだけれどね。それだと私の犯行だとバレてしまうから、それはよろしくない。山火事ってことにしてもいいんだけどね。まぁ、少なくとも皇女殿下だけは誰かに殺されたようにしておかないと……」

 そう言いながら彼は綺麗な顔を歪めて腰から剣を抜いた。不思議なことにポーラの能力であるはずの黒い虎たちもアルベールの指示に従っているようだった。

 ヴィクトルは眠っているステラを木の根元に降ろすと胸元から銃を取り出した。

「兄上……」

「あぁ、やっぱりヴィクトルは私に気付いていたのかな?」

「リッチモンド公の名前を利用できうる人間なんて、同じ強硬派である兄上ぐらいしかいませんからね……」

 苦虫を噛みつぶしたような表情のヴィクトルにアルベールはただただ薄ら笑いを浮かべるだけだ。

 アルベールは全く話を聞く気がないのだろう。にじり寄りながら剣を片手で楽しそうに操っている。

「まずは、邪魔な方から殺しておこうか……」

 そう言ってアルベールが地面を一蹴りした瞬間、彼の持っている剣の切っ先がコレットを襲った。《神の加護》でも使ったのだろうか、それは異様な速さでコレットの反応も追いつかない。

「コレット!!」

 ヴィクトルはコレットの背中を押す。

 まっすぐに伸びた切っ先が彼の肩を裂いた。

「ヴィクトル!」

 コレットの頬に血が飛び散る。

 アルベールはこれを予想していたのだろうか、にやついた笑みを浮かべ、肩を押さえるヴィクトルに二撃目を食らわせようとする。

 その光景に、コレットの何かがぷつりと音を立てて切れた。

「いい加減、出てきなさいっ! ティフォン!!」

 そう怒鳴った瞬間、コレットを中心に凄まじい風が吹き荒れる。それは辺りを囲っていた炎を一瞬で消し去り、木々をなぎ倒した。

 頬を張る風の勢いにアルベールも少し驚いたように目を見張っていた。

 そして……

「おっまたせー!!」

 元気な声とともに一人の少年が弾けるような笑顔を浮かべて飛び出してきた。コレットは持っていた剣をその場に落とす。すると、ティフォンが白銀の剣に姿を変えてコレットの手元に収まった。

「ヴィクトル、少しの間だけお兄さんは任せるわよ。私はあの黒いの全部倒してくる」

 コレットの真剣な声色にヴィクトルは一つ頷く。

 そして、彼女は彼の銃に自らの手を這わせた。

「好きに使って良いから……」

 そう言い残して彼女は一瞬にしてその場からいなくなった。

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