36
作戦当日の朝、コレットはいつものように男物の騎士服に着替えて準備体操をしていた。
これからコレットはステラを誘って二人で出かける手はずになっている。出かける場所は万が一のことも考えて森の中にある翡翠湖という綺麗な湖だ。そこでなら、まかり間違って誰かと戦闘になったとしても、辺りに与える被害が少ないからだ。あらかじめ予定を組んでいないのは、ステラ一人だけを連れ出すためで、コレットは作戦時に考えた誘い文句を頭の中で何度も反芻させていた。
毒を飲んだにもかかわらず、体調の方は万全に近い。
薬の影響もあるのだろうが、一晩寝て回復した今となっては、本当に毒を飲んだのかさえも怪しく思えてくるほどだ。
「ヴィクトル達、遅いわね……」
コレットは「作戦開始時には呼びに来るから」というヴィクトルの言葉を信じて部屋の中で彼らが来るのを待っていたのだが、彼は一向にやってこない。
時計の針が作戦開始の時刻を過ぎて、コレットは苛々したように立ち上がった。
「ちょっとティフォン、ヴィクトルの様子見てきてくれない?」
自分の足下に向かってそう言えば、いつものように小さな少年が顔を――……出さなかった。
コレットは困惑したような表情を浮かべる。ティフォンの名を何度も呼んでみるが、彼は一向に現れはしなかった。気配さえも感じない。
「……どうして……」
冷や汗が滲む。まさか《神の加護》が使えなくなったのかと、コレットは片足で地面を蹴った。すると、身体はふわりと浮き上がる。どうやら完全に使えなくなったわけではなさそうだった。しかし、いつもよりは力が弱い気がした。
「どうしてこんな時に……」
コレットが力が弱まったのは、決して初めてのことではない。騎士団に来たばかりの頃は力が不安定だったのかよく使えなくなることが多かった。腹を据えて騎士団の訓練をやるようになってからは、そういうことはなくなったが……
「どうしよう。……とにかく、ヴィクトルに相談しないと!」
幸いなことに、コレットがステラを誘ってから作戦はスタートする。なので、今ならまだ作戦の練り直しが可能なのだと彼女は考えていた。
コレットはヴィクトルの執務室へ向かう。ノックしても誰も出ないので、そっと扉を開けて中を確かめてみる。しかし、その室内には誰もいなかった。
「コレットさんっ!!」
その時、息を切らせながらポーラがコレットの元に駆け寄ってきた。そして、その場で崩れ落ちる。
「ステラ様が見当たらないんです! どこに行かれたか知りませんか!?」
その言葉に背筋が凍った。
ポーラは瞳に涙を溜めたままその場に崩れ落ちる。コレットはポーラを支えながら詳しい話を聞いた。
ポーラが言うには、今朝いつものようにステラの部屋を覗くと、そこはもうすでにもぬけの殻だったそうだ。ステラを警護していたはずの兵士達もどこかに消えていて、それから何時間とポーラは一人でステラを探していたらしい。
「まさか、もう作戦が……?」
「作戦?」
「大丈夫! こっちの話!」
ポーラを医務室へ運びながら、コレットは考えを巡らせた。ステラ一人だけがいなくなったのなら焦らなくてはいけない事態だが、一緒に兵士がいなくなったというなら話は別だ。作戦ではコレットがステラを連れ出した後、ステラを警護していた兵士は体調を崩した者を探す役割を与えられている。
「もしかして、私抜きで……」
「コレットさん!」
コレットが答えに辿り着こうとしたその時、医務室のベッドに横になったポーラがコレットの手を握った。そして、その手に指先が入る程度の小さな巾着袋をを握らせる。
「ステラ様を絶対に見つけてくださいませ! きっと寂しくしてらっしゃいます!」
賊に浚われたのだと思っているポーラは瞳に涙を浮かべたままコレットを見上げる。
「これは、私がステラ様に付いた時、彼女にいただいたお守りです。一生懸命、私のために作ってくださって……。これを私の代わりに」
「わかったわ」
小さなお守り袋からはポプリの香りがした。
医務室を出て、コレットは駆け出した。どう理由か知らないが、作戦はコレット抜きで始まっている。《神の加護》や弱まったとはいえ、コレットはそこら辺の兵よりは戦える自負があった。
(早く行かないと――)
コレットの足はステラがいるだろう翡翠湖に向いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます