30

 その翌日、コレットはステラのことで思い悩んでいた。

 悩んでも、悩んでも、答えが出るはずもなく。最終的には、一人をとって戦争の危険性を高めるか、帝国に帰して戦争を起こらないようにするかのどちらかしかないのだという結論に達する。

 ヴィクトルともあれから二人っきりで会うこともなく、彼にステラのことを問いただせてもいない。

(まぁ、実際に『知っていたよ』とか言われたとしても、どうにも出来ないんだけどね……)

 コレットは深くため息をついた。

 仮にヴィクトルがそのことを了承済みでステラに国に帰って欲しいと願っていたのだとしても、コレットにはそれを怒ることは出来ない。

 戦争になればもっと多くの人が傷つくのだ。その判断はきっと最も危険性を排除した傷つく人が少ないやり方なのだろう。

 だからといって、コレットにはステラがどうなっても良いとは決して思えないのだが……

「コレット様、元気がないようなのですが、お疲れなのですか?」

 鈴の鳴るような可愛らしい声にコレットははっとした。今はちょうどステラの警護中だったのだ。こんなふぬけた状態では警護なんてままならない。

 コレットは巡らせていた意識を鋭く研ぎ澄ませ、辺りを確認する。幸いなことになにもおかしな様子はみられない。

 ステラはお行儀良く椅子に腰掛けながら、隣に立つコレットを見上げていた。

「すみません、少し考え事をしていました。疲れてはいません。大丈夫ですよ」

(こんな子供に心配掛けて本当にダメだな……。でも、ステラ様に直接『帝国に戻ったら殺されるの?』なんて絶対に聞けないし……)

 にっこりと微笑みながら、内心では頭を抱えるコレットである。誰かさんに似て少しだけ本心を隠すのが上手くなっているような気がする。

(ステラはダメでも、誰かに相談したいんだけど……)

 コレットは視線を巡らせる。

 相談の相手としては、この問題を知っていて、かつ、帝国に詳しい人が良いだろう。それならばやはりヴィクトルかラビ辺りしか浮かばないのだが、ラビはコレットのことをあまり良く思っていない様子なので相談相手には不向きだろう。ヴィクトルに相談するなら必然的にステラのことについて知っていたかどうかも聞かなくてはいけなくなる。

 そのことに関してはいつか聞かないとはいけないと思っているのだが、今は帝国の皇帝が本当にそんな残虐な人なのかと、ステラが帰ったらどのくらい殺される可能性があるのかを知りたかった。

 もしかしたらアルベールの思い違いという可能性もある。

 そんな時、コレットはポーラと目が合った。丸い眼鏡ごしだが、しっかりと。

 その大きな茶色い瞳の下には気苦労のためか濃い隈がみてとれた。それもそうだろう。彼女は四六時中ステラの側に立ち、暗殺者はいないかと周りに気を配っているのだから……。

 更に言えば、彼女はステラの毒味係もしているのだ。暗殺者に狙われている主人の毒味係というのは、想像しただけで精神をすり減らす役割だ。

 そんな彼女の精神的疲労を増やすのは申し訳ない。しかし、彼女はコレットの相談役にぴったりだった。

「ポーラさん! ちょっと二人っきりで話ししたいことがあるんだ。もし良かったら、少しだけ時間もらえるかな? 夜でも良いんだけど……」

「え?」

「えぇ!?」

 最初に反応した方がポーラで、次いで大げさに仰け反ったのがステラだ。ポーラは目を大きく見開いて驚いているだけだが、ステラの方は顔を青くしたまま瞳を潤ませている。

「あれ? ダメだった?」

「コレット様がっ! コレット様がっ!」

 震える声を出しながらステラが口元を覆う。そして、その綺麗な顔をくしゃりと歪ませた。

「やはり、大人の魅力がないからダメなのでしょうか!? 今はこんななりですが、きっと、きっと、魅力的な女性になります! ですからっ!」

「え? 大人の魅力? なんのこと……?」

 ステラの変化にコレットは狼狽えた。

 そんなコレットを後目にステラは立ち上がり、彼女に詰め寄った。

「ポーラはたしかに綺麗な女性です! でも、私だって負けるつもりはっ!」

「ステラ様、大丈夫ですよ。コレット様は私とお仕事の話がしたいだけで、特に話というのに深い意味はありません」

 興奮したステラを宥めるように、ポーラはそう言いながら彼女の肩にそっと手を置いた。

「そうなの?」

「えぇ、もちろんです。ね? コレット様」

「あ、そうです! ちょっとポーラさんとステ……じゃなかった! 仕事の話がしたいんです!」

 コレットがそう微笑むと、ステラは少し考えたあと一つ首肯した。

「そうだったのですか! 安心しました! いくらポーラといえども、ここは真剣勝負を申し込むところでしたもの!」

「真剣勝負って、何をされるおつもりですか?」

 拳を胸に掲げるステラにポーラは微笑みながらそう言った。

「何をしようかしら。……力比べとか? 腕相撲というのを見たことがあるのですけれど……」

「それは、きっと私が勝ってしまいますよ」

「あ、ダメよ! それはダメ! ポーラと対等に戦えるものが良いわ!」

 ぶつぶつと何かを呟きだしたステラに、それを優しく見守るポーラ。

 二人の微笑ましい様子にコレットは目を細めた。

「お二人はとても仲が良いんですね」

「はい! ポーラは凄く不思議な人で、とても話が合うんです! 友人がいない私にはポーラだけが唯一なんでも話せる人ですわ」

「ステラ様……」

 ポーラが嬉しそうに笑みを滲ませる。

「私もステラ様の側にいられて本当に幸せです」

 その言葉に、ステラは今まで見てきた中で一番良い笑顔を浮かべた。

 それから、コレットはステラを他の兵士に任せポーラを別室に連れ出した。ステラの側にいないポーラは無表情でどこか冷たい印象を受ける。

 そんな彼女にコレットはアルベールから聞いた話をかいつまんで説明した。情報源がアルベールだというのはもちろん隠している。

「……と言うことをある人から聞いたので、本当なのか確かめたくて……」

 コレットがそう説明し終わる頃には、ポーラは難しそうな顔をしながら地面を見つめていた。

 そして、数十秒の間を置いて重々しい口を開く。

「そうですね。その方の言ってることは概ね合っていると思います。本当に帝国側が暗殺者を仕向けていた場合は、という条件付きですが……」

 確かにそうだ。コレットもヴィクトルも暗殺者は帝国側が仕向けたものだという仮説の元に動いているが、それは単なる仮説に過ぎない。事実として確かなのはステラが何者かに狙われていて、それが戦争の引き金になり得るということだけである。

「ポーラさんは、暗殺者をけしかけているのは誰だと思いますか? ……個人的な見解で良いんですけど……」

「……私には、わかりません」

 声色を固くして、彼女はそう言った。その言葉にコレットは項垂れる。

「そうですよね。……すみません」

「……私には、何者がステラ様の命を狙っているのかはわかりません。しかし、コレット様。どんな方が相手でも、どうかステラ様をよろしくお願いいたします」

 深々と下げられた頭に、コレットは頷くことしか出来なかった。

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