28
「なんでまだここにいるのよ。私、今からステラのところ行かないといけないんだけど」
作戦会議も終わり、ラビも部屋から出て行ったところで、コレットは未だソファーに座ったままのヴィクトルにそう声を掛けた。
彼はまるで自室にいるかのようにくつろいだ様子で、長い足を組みかえながら彼女のことをじっと眺めている。
コレットは先ほどまで背中に流していた長い髪を頭上で器用に結わえながら首を傾げた。
「なに? 何か用事? それとも何か顔についてる?」
ヴィクトルの視線の先をたどるように頬を触るが、何もついている様子はない。ついでに鏡で身なりを確かめるが、いつもと変わらない騎士姿の自分がそこに立っているだけだ。
ヴィクトルはコレットのことを上から下まで眺めると、思案げな顔で顎を撫でた。
「いや。どうしてコレットが女の子に見えないんだろうと思ってね」
「え? なに? 喧嘩売ってるの?」
頬を引きつらせながらコレットはヴィクトルを睨みつける。
コレットだって自分が淑女然としているとは思っていない。しかし、女性らしくないと断じられてしまうほど、女を捨ててはいないとも思っていた。
確かに、鏡に映るコレットは男性の騎士そのものだ。中性的ではあるものの、女性よりは遙かに男性に見える。だが、そんなものは着ている男性ものの騎士服と、高く結い上げた髪のせいだ。
そうに違いない。そうだと思いたい。
コレットは視線を鏡に戻しながら自分の頬を撫でた。
「そりゃ、貴族のお嬢様と比べたらアレかもしれないけど、私だってそれなりの格好をすれば、きっとそれなりに見えると思うんだけど……たぶん」
自信がなさそうにそう言って、コレットは鏡の自分をじっと見つめた。
(いや、ヴィクトルの周りにいる貴族の女性に比べたら、確かに女性らしくないかもしれないけどさ……)
そう思いながら、コレットは唇を尖らせた。なんとなくふて腐れてしまう。
コレットの様子にヴィクトルは目を瞬かせたあと、ようやく思い至ったとばかりに柏手を打った。
「あぁ、言い方が悪かったかな。俺が言いたかったのは、どうしてあのお姫様がコレットのことを女性だと気付かないのかなってことで……」
「一緒じゃない」
「一緒じゃないよ」
にっこりと微笑んで、ヴィクトルはソファーから立ち上がった。そうして鏡の前に立つコレットの後ろに立ち、陽だまりのような長い髪の毛を手のひらで梳いた。
「コレットはどこからどうみても可愛い女の子なのに、ってこと」
「なっ……」
コレットの全身の毛が逆立つ。頬を桃色に染めて、彼女は後ろを睨み見た。
「アンタって本当に凄い軟派野郎よね……」
「嘘じゃないよ。本当にそう思ってる。コレットは自分が思っているより可愛いし、魅力的だよ。……最近特に、ね……」
最後の囁くような声はコレットの耳には届かない。
ヴィクトルはコレットの後ろから彼女の前方に手を伸ばし、手のひらを開いた。すると、そこには小さなガラスの入れ物がある。
「……なにこれ」
「プレゼント」
「はい?」
顔を上げれば、深いサファイヤがゆっくり細められた。
「ほら、この前買ったヤツ」
この前、というのは孤児院に帰った時のことだろう。
つまりあの時買ったのは、他の誰でも無くコレットに贈るためのものだというのだ。
ヴィクトルはそのガラスケースを開く。中には淡い赤色の固まりが敷いてあった。口紅だ。
「今持ってるのが無くなりそうだって聞いたからさ」
ヴィクトルはその表面を小指で撫でるとコレットの下唇にそれを指した。
唇の中心がほんのりと赤く染まる。
「ほら、こうすればもっと可愛いよ?」
その瞬間、コレットは飛び上がり、ヴィクトルから距離をとった。顔をこれでもかと真っ赤に染めて、壁に背をつける。
「なっ、なにするのよ!! しかも、今からステラ様と会うのにこんなのつけてたらダメでしょうがっ!」
「あぁ、そうだったね」
なんの遠慮もなしにヴィクトルはコレットに近づき、その口紅のついた下唇を親指で拭った。
その行動にコレットは爆発したように全身を真っ赤に染めて、ヴィクトルを突き放した。そして、部屋の隅に逃げると膝を抱えて縮こまった。
「ヴィクトル! 本当に悪いんだけど、しばらく近づかないで!」
その叫ぶような拒絶の声にヴィクトルは固まる。瞳を不機嫌に細めると、いつもより少しだけ固い声色を響かせた。
「なんで」
「さ、最近、アレルギーがすごくて……」
「凄いって?」
ヴィクトルの疑問にコレットは自分の身をかき抱く。
「動悸とか、息切れとか、変な汗も出るし、顔が熱くて……。しかも、さっきみたいにちょっと触られただけでぞわって寒気がするし!! 熱いのに寒気よ!? 絶対身体がおかしくなったんだと思うの!」
「……」
「ヴィクトルが悪いわけじゃないから! 私の体質のせいだから! でも、このままだとちょっと本気でヤバそうだから、距離置かせて!! たぶん、しばらく顔を合わせたり近づいたりしなかったら平気になるから!! だから、ごめん!!」
そう言った瞬間、コレットは瞬く間に部屋から出て行く。それはまるで脱兎のごとき勢いで、ヴィクトルには止める隙もなかった。
勢いよく閉められた扉は、壊れるのかというほどの音を彼に残していく。
一人部屋に残されたヴィクトルは、口元に手をやったまま固まっていた。その手のひらから覗く頬はほんのりと赤らんでいる。
彼は「あー……」と小さく呻きながら顔を覆い天を仰いだ。
「マズい、ちょっとこれは……」
溢れ、零れるようにその言葉は口をついて出た。
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