27

「この札を使う!?」

 コレットがそう声を荒げたのは孤児院から帰ってきた翌日のことだった。閉めきられた彼女の部屋で、コレットとヴィクトル、ラビとティフォンが作戦会議をしていた。

 人払いは厳重にしてあるし、万が一廊下で聞き耳を立てていても声が漏れることはないのだが、コレットのその大きな声にラビとティフォンは思わず人差し指を口元に立てた。そして、同時に「しー!」と注意する。

 そんな二人を後目に、ヴィクトルは足を組み直すと、ニヤリと口元だけの笑みを作った。

「そう。コレットの話で思いついたんだけどね。この札を一度に全部使うと術者にはものすごい反動が返ってくるんだろう? それを利用して、この札を使った直後に体調を崩した者を捕まえる」

「確かに言ったけど、それは私の場合なだけであって、他の人の反動までは保証できないわよ!? 《神の加護》の術者が皆、私と同じとは限らないんだし!」

 コレットは焦ったようにそう口にする。

 確かにコレットが同じことをやろうと思えば、とんでもない生命力を消費して倒れてしまうと想像できる。しかし、それはあくまでも“想像”なのだ。他の人が絶対にそうだとは言い切れない。そもそも能力が違うのだから、消費するだろう生命力もそれぞれで違うのだろうし、コレットの言葉だって経験においての言葉というだけで確実性があるものではない。

 コレットの言葉にヴィクトルも一つ頷いた。

「それも少し考えたんだけどね。コレットはどうして敵はあの森に札を残していったんだと思う?」

「それは、作戦が失敗したから……」

「それなら、札も回収するんじゃないのかな? わざわざ証拠を残していく理由がわからない」

「そんなこと言われても……」

 敵の気持ちなどコレットにはわからない。そもそも隠れて誰かを殺そうなどと思ったことはないのだ。

 コレットはかつて戦姫と呼ばれるほどの騎士だったけれど、暗殺などは一度も指示されたことがなかった。指示されても正々堂々戦うことを好むコレットはやらなかっただろうし、彼女の能力が隠れるのには向かなかったから、だれもそう言う指示を出さなかったのだ。

「これは俺の想像だけどね。たぶん術者はあの森にはいなかったんだ」

「どういうこと?」

「別のところで大蛇と鷲を操っていた。俺はそう推測しているよ。コレットだって言っていただろう? あの木の上からは全体が見えるわけじゃないけど、操るだけなら出来そう、って」

「……そうね」

「だけど、考えてみてくれ。今度こそ暗殺を成し遂げようとする連中がそんな不確かな場所で能力を使うかな? それに、コレットは《神の加護》があったからあの木の上に上れたけれど、普通の人間はあんな風に簡単には上れないはずだ。相手が《神の加護》を使う者だとしても、これから沢山の力を使うという時に、のんきに木登りのために力は使わないだろう?」

「そう、よね」

 ヴィクトルの説得力のある声にコレットも思わず頷いた。あまり深くは考えていなかったが、確かに言われてみればそうだ。自分が暗殺者の立場なら、なにがなんでも状況を完璧に整えるものである。しかも、それが失敗できない状況なら尚更だ。

 ヴィクトルは続ける。

「恐らく、術者はあの大通りが見渡せるどこかに潜んでいたが、暗殺は失敗。鷲たちだけでも回収しようとしている時に途中で倒れてしまった。そして、《神の加護》が解かれたあとの札が、森の中にばらまかれた。……つまり、これを一度に使えば術者には大きなダメージになる」

「それなら、早く試してみた方が良いのでは?」

 今までだんまりを決め込んでいたラビがそう声をかけてきて、ヴィクトルは首を振った。

「いや。ただ問題なのは、これを俺や他の者が安易に使えるのかどうかだ。それと、使った際にその鷲がこちらに攻撃をしてきたり、ステラ様を狙うという可能性があるのかどうなのか。その辺をティフォンに直接確かめておきたいんだ。答えによってはこの作戦は実行できない」

 その言葉に、ソファーで寝ころがっている少年に視線が集まる。ティフォンは気だるげに顔を持ち上げると、難しい顔で「うーん」と唸った。

「あのねぇ。ボクにだってわからないことはあるんだよー。ヴィクトルだって、会ったことがない人の得意なこととか苦手なこととかわからないでしょう? それと一緒だよー」

「そう、だね……」

「でもまぁ。わかるだけのことは教えてあげるよ」

 にこりと笑ったティフォンはソファーの上から飛び降りると、コレット前に置いてある巾着から札を一枚取り出してじっと見つめ始めた。

「これはたぶん、影の子の力だねー」

「影の子?」

「うん。ボクは風の子って呼ばれることが多いよ。それで、影の子のことはあんまりよく知らないんだけど、確かそんなに警戒心が強い子じゃなかったと思う。札に能力を移すのなら、札の保持者には許可を与えていると思って大丈夫なんじゃないかな?」

「呼ばれるとか、警戒心が強いとか。まるで、君たちが生きてるみたいなことを言うんですね」

 ラビが眼鏡を押し上げながら剣呑な声を響かせた。じっとりとした視線を受けて、ティフォンは頬を膨らませながら宙に浮く。

「生きてるよ! しっつれいだなぁ! 君たちが観測できないものを存在しないとするなんて、人間は本当に頭が固いよねぇ!」

「じゃぁ、あなた以外にも《神の加護》はそれぞれ意思を持っていると?」

「当たり前でしょう! 僕たちのことを馬鹿にしてるのかな? かなかな!?」

 宙でくるりと一回転しながらティフォンはラビに詰め寄った。ラビはそんなティフォンから冷や汗を垂らしながら一歩引く。

「前々から思ってたんだけど、君たちは一体何者なんだ? 《神の加護》の正体は……」

 ヴィクトルのその声に、ティフォンはなんてことない口調で答えを述べた。

「呼び方は色々あるけれど、僕たちは精霊だよ。万物の中にある小さな意識の集合体みたいなものだ。たぶん君たちが神様と呼ぶのは僕らの大元にあたる精霊のことだね。まぁ、人間なんかには太刀打ちできない力を持っている点においては“神様”と呼んでも遜色はないけどねぇ。あれでしょう? 人間って得体の知れないものを“神様”とか“化け物”って呼ぶでしょ?」

 その無邪気な声にラビとヴィクトルは固まった。この国の誰も知らない秘密の一端に触れたのだ。それも無理はない。

 コレットだけは前に聞いていたのか、なんてことない顔を浮かべていた。

「まぁ、そんなことより話の続きだけど。二つ目の襲ってこないのかっていう点については『わからない』って答えるしかないかなぁ。ボクらは力を貸しているだけで、実際に何に使うのは術者が決めることだからね。ただ、どういう経緯であれ、その術者の生命力を糧に力を使うのなら、術者の命令が一番だ。それ以外は二の次だよ。だから、この札を使ったときに近くに術者がいれば、術者の思うがままにその影たちは動くと思う」

「つまり、使うことは出来ると思うが、襲ってくるかもしれないということだね」

「そーだね」

 ティフォンは説明は終わったとばかりに、一人コレットの寝台の方へ歩いて行く。そして、寝台に飛び込むとそのまま幸せな顔で眠りについてしまった。

「……精霊というのは、自由な存在なんですね」

 その行動にラビが頬を引きつらせながらそう言う。

「で、ヴィクトル。作戦は実行できそうなの?」

「そうだね。いろいろ考えなくてはならないことはあるけれど、とりあえず俺たちにも札が使えそうってところで一つ目の関門は突破かな? 暴れる可能性がある鷲たちをどうするのかっていうのもあるけど、それは檻の中で札を使うとか。まぁ、いろいろやりようはあるだろう」

 彼女の言葉にヴィクトルは流れるようにそう答える。コレットにはよくわからないが、彼の中ではある程度どうするのかはもう決まっているのだろう。

「まぁ、あと一月もかからずに鼠を捕まえることが出来ると思うよ」

 そう告げる彼の黒い笑顔にコレットは思わず身震いをした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る