25


「わぁ! コレットおねぇちゃんに、ヴィクだ!」

「なになに? お仕事もう終わったの?」

「おねぇちゃん、おかえりなさい!」

 孤児院につくと、二人は子供たちから熱烈な歓迎を受けた。まるで溢れるかのように教会から飛び出してきた子供たちは、ヴィクトルとコレットの足元に集まる。

 コレットは足元に駆け寄ってきた子供を抱きあげると、彼らをぐるりと見渡した。

「みんなただいま! いい子にしてた?」

「してたよ!」

「ばっちり!」

「嘘だ! オマエ、この前泣いてたじゃんか!『おねぇちゃぁん』って!」

「ばっ! 今言わなくてもいいだろ!!」

 真っ赤になって怒る少年にどっと笑いが起きる。

 ヴィクトルも足下にいる子供の頭を撫でながら、微笑んでいた。

「おねぇちゃん! これ何? これ何?」

 目聡い子供が石畳の上に置いた紙袋をのぞき込みながら弾けるような声を出した。その声に、他の子供達もその紙袋の周りに集まる。

「わぁ! クッキーだ! ビスケットもある!」

「これ、俺の欲しかった服だ!」

「おい! 独り占めするなよな!!」

 今にも喧嘩が始まりそうな子供達からコレットは紙袋を取り上げる。そして、手のひらでヴィクトルを指した。

「これは、ヴィクトルからの差し入れよ。喧嘩する前に、皆何か言うことがあるんじゃないの?」

 その言葉に、子供達は一斉にヴィクトルの方を見て歯を見せた。

「ヴィク、ありがとう!」

「絶対大切にするね!」

「コレットおねぇちゃんと違って、ヴィクはセンスが良いよねー! おねぇちゃん、いつもとんでもない服買ってくるんだもん!」

「ちょっと! それって、私のセンスが悪いって言いたいわけ?」

 眦を決するコレットに、その言葉を言った子供は飛び上がった。

「わぁっ! 鬼婆が怒った!!」

「こら、逃げるな!!」

 追いかけっこが始まったのを見ながら、ヴィクトルは肩を震わせながら笑う。

 彼の足下には同じように笑う子供達がいた。

 ヴィクトルは足下の彼らを見渡して、自分が持っている方の紙袋を差し出した。

「君たちの大事なお姉さんを借りているお詫びだからね、お礼は良いよ。買ってきた物は喧嘩せずに仲良く使ってくれると嬉しいな」

「これも、お土産?」

「開けてもいい?」

「良いよ。だけど、そっちは食べ物が多いからね。砂がつくといけないから、建物の中で開けた方が良いよ」

 ヴィクトルのその言葉に子供達の顔はぱぁっと明るくなる。そして、紙袋を持ち上げて駆け足で宿舎に入っていく。コレットに追いかけ回されていた子供も同様だ。

 建物の外にはコレットとヴィクトルだけがぽつんと残される形になった。

「結局、おねぇちゃんより、お土産の方が良いのね……」

 コレットが宿舎の方を見ながらふくれっ面になる。そんな彼女の頬を、ヴィクトルは人指し指でぶすっと潰した。

 ぶ。とう間抜けな音がコレットの唇から漏れる。

「そんなことないよ。皆コレットが帰ってきて喜んでたじゃないか。それに、元気なことが一番だろう?」

「まぁね」

 一つ息を吐いてから、コレットは袖をまくりあげる。

「それじゃ、久しぶりに子供達と遊んであげますか!」

「明日からまた忙しいだから、ほどほどにね」

「わかってるわよ」

 そう返事をした瞬間、中から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

 見れば、小さな窓から数人の子供が顔を出している。その子供達の口周りにはお菓子のかすがついていた。どうやらもうお土産に手をつけているらしい。

 そんな子供達に呆れながらも、コレットは後ろのヴィクトルに声を掛けた。

「行きましょ。早く止めないと今日で全部食べられちゃうわ」

「あぁ」

 コレットが歩くのと同時にヴィクトルも歩き出す。

 しかし、歩き始めて数秒もしないうちにコレットは足を止めて、彼に振り返った。その表情は恥ずかしそうに赤らんでいる。

「ねぇ、ヴィクトル」

「なに?」

「……おかえりなさい」

 視線を合わせずにコレットはそう呟いた。その瞬間、ヴィクトルの目が見開かれる。

「アンタ、ここに出資してくれているんでしょう? それなら、もうここはアンタにとって家みたいなものじゃない! 子供達も懐いているし、端から見たら私と同じ立場に見えるし!」

 何も答えないヴィクトルの態度をどう思ったのか、コレットは口早にそうまくし立てた。

 ヴィクトルはただただ驚いた顔でその言葉を聞いているだけだ。

「つまり、ウチが羨ましいなら、ヴィクトルもここを家だと思っても良いって言いたかったの!」

『正直、羨ましいぐらいだ』

 ヴィクトルの言葉を思い出しながら、コレットはそう言い切った。しかし、目の前の彼は驚いた表情を浮かべるばかりで、なにも答えてくれない。

 短い沈黙が二人の間に落ちる。

 コレットは少し俯いた後、少しだけ眉を寄せた。

「あー……ごめん、やっぱり失礼よね。さっきの言葉は忘れて! 孤児院が家とか言われても、王子様は困るわよね」

 コレットは頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 ヴィクトルのためにと思って出た言葉だが、彼にとってはただ迷惑なだけだったのだろう。

 コレットにとってはこの孤児院は立派な家だし、子供達は尊い家族だが、ヴィクトルから見ればそうではないのかもしれない。なんと言っても、相手は王子様だ。住んでいる世界が違う。

 なんとなく、悲しい気持ちになりながら踵を返せば、ヴィクトルは慌てたようにコレットの腕を引いた。

 急に後ろに引かれたコレットは、踏鞴を踏んで彼の胸板へ後頭部をぶつけてしまう。

 見上げる先にはいつもより少しだけ赤ら顔のヴィクトル。「ごめん。ちょっと、驚いちゃって反応が遅くなった」

「いや。答えにくいことを言っちゃったのは私だし……」

「違うって。本当に驚いただけで……」

 そこで、彼は言葉を切った。そうして、ふんわりと笑ってみせる。

「ありがとう、コレット。すごく嬉しい」

「ヴィクトル……」

「それに、ここが俺の家だっていうのは当たり前じゃないか」

「え?」

 いつもの王子様スマイルを見せながら、彼は自信満々にそう言った。その様子にコレットは少し引いてしまう。

「ほら、コレットと俺はいずれ結婚するんだし、コレットの家族は俺の家族にもなるんだろう? それなら、コレットの実家である孤児院も俺の実家で……」

「……なんか、ちょっと心配した私が馬鹿だったわ……」

 ヴィクトルの態度に、コレットは肺の空気を全て吐き出すような、深くて長いため息をついた。本当に、彼はよくわからない。

 そんな彼女の態度にヴィクトルは機嫌良くにこりと微笑んだ。

「それに、さっきのはちょっと惚れ直した」

 耳に触れるか触れないかの距離で囁かれたその言葉に、コレットは身を震わせた。

 一瞬で全身が熱くなり、肌が粟立つ。

 小さく悲鳴を上げて飛び退けば、彼はもう宿舎の方へ向かって歩き出していた。

(耳が熱い……)

 コレットは背中を向けるヴィクトルを睨みつけながら、耳を押さえる。

「も、もしかして、これってアレルギー……?」

 身体を内側から叩く心臓の音を聞きながら、コレットは自分の身に起こりつつある変化に頭を悩ませていた。

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